13.子どもたちの集い
「おーい、アリエス! フィオ!」
そんな明るい声とともに、三人の子どもが駆け寄ってきた。
「二人とも、今日は暇か? だったら俺たちと遊ぼうぜ!」
「わたしも、あそびたいな……」
「うん、ぼくも」
三人とも、ギルレムの町の子どもたちだ。わたくしも何回か顔を合わせたことがあるから、一応名前くらいは知っている。
最初に叫んでいた一番体の大きな男の子がジェスで、その後ろに隠れている女の子がその妹のメル。そして、物静かでひ弱そうな三人目がマーティ。
それぞれ、七歳と五歳と六歳。おとなしく家で留守番しているには大きすぎ、でも町の外をふらふらするには幼すぎる、そんな年ごろだ。
すると、ジェスが一歩進み出てきてアリエスに声をかけた。
「フィオが来てからお前、付き合い悪いぞ」
「ああ、それはその……畑を作ったり、色々忙しくしていたから」
いつも丁寧な口調を崩さないアリエスだけれど、さすがに同世代の子ども相手にはちょっと砕けた感じになる。微笑ましい。
……ただ、わたくしに対しては相変わらず敬語なんだけど……彼、わたくしのことをなんだと思ってるのかしら。
「……でも、きょうはひま……だよね?」
恥ずかしがりのメルは、アリエスのことがちょっと気になっているらしい。兄の背中に隠れつつも、ちらちらと期待に満ちた視線をこちらに向けてくる。
このギルレムの町で暮らすようになって、すぐに気づいたことがある。ルーセットとアリエス親子は、町の人たちに慕われている。
ただ、ルーセットのほうは『いい人なんだけどちょっぴり抜けていて、どうにも世話を焼かずにいられない』という評価で、一方のアリエスは『親一人子一人なのによく頑張っている、とってもいい子』という評価だ。
そんなこともあって、アリエスは大人にも子どもにも大いに人気だった。ただ最近は、畑やらなんやらで、わたくしが彼を独占しているも同然だった。
たぶん子どもたちは、それが寂しかったのだろう。だからこうして、わざわざ彼を誘いにきた。ふふ、可愛いったら。
「だったら、みんなであそんでいらっしゃい。あたくちはいえにかえるから」
そう言って家へと向かおうとしたわたくしを、焦ったような声が呼び止める。
「フィオも遊ぶんだよ。いっつもアリエスと一緒だし、俺たちとも遊んでくれよな!」
「ええっ、あたくちも……? でも、ちょっと、それは……」
「フィオ、普通の子どもは、みんなで仲良く遊ぶものなんです」
ちょっぴりおかしそうに、アリエスが耳打ちしてきた。思いっきり声をひそめて、さらに付け加えてくる。
「……そのほうが、目立ちませんよ?」
目立たないように、普通の子どものふりをするためには、多少遊びなんかにも付き合う必要がある。他の子どもと一切付き合いを断っていたら、それはそれで目立ってしまう。そういうことなのね? ああ、面倒……。
「……わかったわよ……ただし、すこしだけなんだからね!」
しぶしぶそう言うと、子どもたちは嬉しそうに笑ったのだった。
それからわたくしは、年甲斐もなく子どもの遊びに興じるはめになってしまった。ボール投げ、かけっこ、おままごと。……長く生きてはいるけれど、こんなことになったのは人生初だわ……。
引きつりそうになる顔に必死に笑みを浮かべながら、子どもたちの相手をしてやる。しかしわたくしのふるまいは、彼らには大変好評だった。これって、喜んでいいのかしら。
草原に腰を下ろして一休みしながら、アリエスが笑いかけてくる。
「ありがとうございます、フィオ。きみって、遊ぶのもうまいんですね」
「べ、べつに。これくらい、どうってことないわよ」
「……わたし、フィオちゃん、すき……わたしよりちっちゃいのに、おねえちゃんみたい……」
メルはわたくしの隣で、花冠を頭に載せてはにかむように笑っている。こんなもの編んだの、何百年ぶりかしら。
「ぼくも。はなしていて、たのしいから」
マーティもちょこんと座って、へにゃりとした笑みを浮かべている。彼は知的好奇心が旺盛みたいだから、知っていることをあれこれとかみ砕いて話してあげたのだけど……予想外に気に入られたみたい。
「やるな、フィオ。アリエスなんかのところに置いておくのは惜しいな」
ジェスがちょっぴり悔しそうに、そんなことを言っている。
「ルーセットおじさんのところだと、貧乏で大変だろ。辛くなったら、俺の家にきてもいいんだぜ」
その言葉に、ぷっと吹き出してしまった。まだ三十一歳のルーセットが、おじさん、って。この子、わたくしの本当の年齢を知ったら、なんて言うのかしら。おばあちゃんなんて呼んだら、ただじゃおかないんだから。
そんなことを考えながら、もう少し子どもたちの相手をしてやる。しかししばらく遊んでいたところで、さすがの彼らも飽き始めたようだった。
さて、そろそろ解放されるかしらと思ったそのとき、最年長のジェスがとんでもないことを言い出した。
「なあ、このへんで遊んでるのも飽きたし、あっちの森にいってみようぜ」
「駄目だよ、ジェス。子どもだけで遠くに行ってはいけないと、きつく言われているだろう」
そんな彼を、すかさずアリエスがたしなめている。けれどそれが気にさわったらしく、ジェスが露骨にむっとした顔になる。
というかジェスは、大人びていて人気のあるアリエスを、一方的にライバル視しているふしがある。男性って、そういうところがあるけれど……こんなに小さくても、男なのねえ。
「でもアリエスは、あちこち出歩いてるんだろう? 俺より年下なのに」
「出歩くっていったって、お父様と一緒に薬草をつみにいくくらいで……それに、あの森には行ったことがないよ」
「ともかく! この町の近くは安全だから、大丈夫だって。木の実を拾いにいったんだってことにすればいいさ。本当に何か持って帰れば、母ちゃんたちも喜ぶって」
そう言うなり、ジェスは妹のメルの手を引いて、半ば強引に歩き出してしまった。マーティがあわてて、そんな二人を追いかけている。
「待って、三人とも! ……フィオ、どうしましょう……」
「しかたないわね。いきましょう。ひととおりぶらぶらしたら、なっとくするでしょうし」
子どもたちはああ言っているけれど、しょせんは町のそばの森だ。さほど危険はないだろう。しばらく見守ってやれば、じきに満足して戻ってくるはずだ。
しかしそんなわたくしの予想は、見事なまでに外れることになった。
森に入って少ししたところで、わたくしたちはいきなり大きな黒い影に出くわしてしまったのだ。よりにもよって、熊だ。
こういうとき、叫び声を上げると相手を興奮させてしまう。それに、野の獣は背中を向けて逃げると追いかけてくる。だから黙ったまま、しっかりと見すえるのが正解だ。
わたくしはそのことを知っていたし、驚いたことにアリエスも知っているようだった。彼はこわばった顔ながら、まっすぐに熊に向き合っていたのだ。すごい精神力ね。
ところが残り三人の子どもたちは、当然ながらそうもいかない。彼らは熊の姿を見るなり、悲鳴を上げて走り出したのだ。よっぽどあわてていたのか、森の奥のほうに向かって。
「あっ、こら、まちなさい!」
「そっちじゃありません!」
自然とわたくしとアリエスも、三人を追いかける形になってしまう。
じきにわたくしたちは、大きな木の前に追い詰められてしまっていた。というか、子どもたちがどんどん逃げた結果、ここにたどり着いてしまっただけなのだけれど。
「おにいちゃん、こわい……」
「大丈夫だ、俺がついている!」
泣き出しそうなメルを、ジェスがしっかりと抱きかかえている。しかしそのジェスも、一目で分かるくらいにがたがたと震えていた。
「こわいよう……帰りたいよう……」
そして彼らに寄り添うようにして、マーティが丸まっている。彼は途中で腰を抜かしていたので、こっそり魔法を使ってここまで引きずってきたのだ。みんな混乱しているし、ばれないでしょ。
で、困ったことに、わたくしたちから少し離れたところで熊が立ちふさがっている。熊は熊で、律儀にここまで追いかけてきたのだ。
変ね。あの熊、やけに気が立っているわ。子どもたちの叫び声のせい……にしてはちょっとおかしい。
小首をかしげながら、冷静に熊を観察する。やがてその理由に気がついて、うげ、と声をもらしてしまった。
「……なんでこんなところに、ておいのくまがいるのよ……」
熊の腰のところには、小ぶりの矢が二本突き刺さっていた。質素極まりないから、兵士とかが使っているものではない。たぶん、狩人のものか……。
「しばらくたえれば、たすけがくるかもしれないけど……それよりさきに、おそってきそうね」
三人に聞こえないように小声でつぶやくと、隣のアリエスが熊を見すえたまま言った。
「フィオ……その、いいですか? ぼくが魔法を使えば、追い払えるかも……」
「だめ。あなたはまだ、せいぎょできていないから」
彼の魔法なら、熊を追い払うことはできるかもしれない。ただ、周囲に被害が出ないとも限らない。もっとも、そちらについてはわたくしが防いでやれる。しかしそうなると、わたくしが魔法を使えることがばれてしまうし。
そのとき、熊が大きく腕を振りかぶってきた。よりにもよって、わたくしに向かって。小さいから狙われたのかも。
「危ない、フィオ!」
「もう、なにするのよ!」
悪態をつきつつ、魔法の障壁を出して防ぐ。幸い、アリエス以外の三人はすっかりおびえてしまっていて、わたくしのほうを見てはいなかった。
ああもう、こうなってしまったからには、わたくしが動くのが一番早いわね。
「……めだちたくなかったのだけど」
舌打ちしながら進み出て、さらに魔法を使おうと手を伸ばす。そのとき、熊の叫び声……悲鳴? がとどろいた。




