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11.親子の問題

 それは、ある日の朝食後、すぐのことだった。


「アリエス、フィオ。よければ二人も、ついてくるかい? 今日の仕事は、また薬草集めなんだ。手は多いほうがいいからね」


 どうやら昨日のうちに依頼を受けていたらしく、ルーセットが外出の支度をしながらそう言った。


 彼の言葉を受けて、少し考える。


 昨晩雨が降ったから、畑は放っておいても問題ない。


 それにどうせなら、町と草原、林以外の場所にも足を運んでおきたかった。いざというときのために、周囲の地形をきちんと把握しておくのは大切だから。


「ええ、あたくちはついていくわ。アリエスはどうするの?」


「ぼくは……そうですね、フィオが心配なので一緒に行きます」


 アリエスの言葉を聞いて、ルーセットがふんわりと笑った。……幼い兄妹の微笑ましい一幕を目にしたって顔ね。うう、むずむずする。


 ただ、それはそうとして。


「……あたくち、ひとりでもだいじょうぶよ? しんぱいなんていらないわ」


 思いっきり声をひそめて、アリエスにささやきかける。彼もまた、ひそひそと返してきた。


「ええ。でもきみのそばにいると、色んなことが学べますから」


「……ほんと、まじめね。おやこそろって」


 そんなことを話しながら、ルーセットのそばに集まる。そうして、三人一緒に家を出た。




 町の人たちにあいさつしながら、町の外の森に向かう。わたくしが捨てられていたあの荒野へと続く、あの森だ。


 森につくと、ルーセットは慎重に、しかし熱心に薬草を探し始めた。わたくしとアリエスは、ルーセットが探しにくい木々の隙間を調べる。


 じきに、面白いことに気がついた。視線が地面に近いおかげで、薬草が見つけやすいのだ。かがみ込んでやぶの隙間に頭を突っ込むと、面白いように薬草の群れが目に入る。


 ルーセットに見つからないようこっそり魔法を使って、次々と薬草の葉っぱをむしっていった。わたくしが魔法を使えることは、まだ彼には内緒だから。


 ……わたくしが魔法を使えるなんて知ったら、悪気なしに、わたくしのことを言い回りそうだし、彼。そうしてわたくしのことが噂になり、あの下種王子に見つかって……ありそうで怖い。想像したくもない。


 寒気がするような考えを追いやるように、さらに薬草をむしっていく。集まった葉っぱはスカートの膝のところに載せておいて、と。こんなに楽に薬草が見つかるのなら、前もってざるか袋を借りておくのだった。


 普段は、魔法で適当に宙に浮かせていたから、薬草を集めるのがこんなに大変だなんて思わなかったわ。


「フィオ、葉っぱがこぼれていますよ」


 ふと、隣からそんな声がした。わたくしと同じようにかがみ込んだアリエスが、わたくしのスカートから落ちた葉っぱを拾ってくれている。見ると彼は、大きな布の上に薬草の葉っぱを載せている。


「こちらに載せますか? それでは歩きにくいでしょう」


「そうね、おことばにあまえるわ」


 膝をついたまま、葉っぱを慎重に布の上に移していく。アリエスが布の隅をゆったりと結んで、袋のようにした。


「かなりの量になりましたし、一度お父様に渡しにいきましょうか」


 その袋を抱えて、意気揚々とルーセットのもとに向かう。もっさりとした茂みに悪戦苦闘していた彼は、わたくしたちが手にしていた袋を見て目を丸くする。


「ほらルーセット、もうこんなにあつめたわ!」


 ちょっぴり得意になってそう言うと、ルーセットはぱあっと顔を輝かせた。な、なによその反応。


「そうか、二人ともすごいなあ! 薬草集めの達人じゃないか! 私はどうも、こういうのは得意じゃなくて……」


 彼が示したかごの中には、申し訳程度に葉っぱが入っているだけだった。わたくしたち二人が集めた量の、十分の一にも満たないかも。


「ねえ、そのしげみのむこうのやくそうを、つもうとしていたのよね?」


 そのあんまりな結果に頭を抱えつつ、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「だったら、そのこしのつるぎで、やぶをなぎはらってしまえば?」


「それもそうなんだけど、私たちはあくまでもこの森にお邪魔させてもらっている立場だからね。不用意に木々を傷つけたくないんだよ」


 袋の中身をかごに移しながら、ちょっぴりあきれた口調で返した。


「……もしかしなくても、いつもはかなりくせんしてたのね?」


「うん。これだけの量を集めるのに、五時間くらいはかかってたかな」


「ちょっとルーセット、そこのところはもっとしっかりしなさいよ!」


 のほほんとした彼の発言に、思わず声を荒らげてしまった。


「あなたがそうやってぼんやりしごとをしているあいだ、アリエスはずっとひとりで、あなたのかえりをまっているのよ!」


「フィオ……いいんです。ぼくはそんなお父様のことを、誇りに思っていますから。それに今ではきみがいてくれます。だから、寂しくなんてありません」


 ルーセットはお人よしだ。森の木々のことを気にして、作業が遅れてしまっている。たぶんこの感じだと、他の依頼でも同じようにお人よしを発揮して、あれこれと手間取っていそうだ。


 そしてアリエスもお人よしだ。父親が自分の信条を通した結果として、彼は寂しい思いをしている。なのにそれを我慢して、いい子にしている。今日ルーセットに誘われたとき、彼はとっても嬉しそうな、年相応の顔を見せていた。


 そんな二人を見回して、胸を張って言い放つ。


「ああもう、わかったわよ!! いいえ、まえからわかってたわ。あなたたちがとんでもないおひとよしだってことは」


 二人が何か言う前に、さらにたたみかける。こうなったら、勢いで押し切ってやるんだから。


「だからこれからは、あたくちたちもあなたのしごとをてつだう! そうすればルーセットはこうりつよくしごとがかたづくし、アリエスはさびしくない」


 すると、二人が同時にぽかんとした。先に口を開きかけたアリエスに、びしりと宣言する。


「はたけはいいかんじになってるから、ちょっとならほうちしてもだいじょうぶ」


 あの紫の草たちは、もうすっかり大きくなった。あれだけ大きくなっていれば、多少世話の手を抜いてもすぐに弱ってしまうことはない。


 次に、大いにとまどっているルーセットに視線を移す。


「それに、あなたがうけてるいらいに、きけんなものなんてないでしょう?」


「ま、まあ、そうだね……そもそもギルレムの町は田舎だけあって、とても平和だから。私の仕事も、ちょっとした困りごとを解決するとか、そういった感じのものばかりだし」


「じゃあ、きまりね! アリエスも、もんくはないでしょ?」


 すると二人は顔を見合わせて、それからそろそろとうなずいた。よし、この問題も解決ね。まったく、ほんっとうに、手のかかる親子だこと。


 ……もっとも、そんな二人にいちいちおせっかいを焼いているあたり、わたくしもあまり人のことは言えないのかもしれない。


 元々のわたくしはもっと冷静で、人間にいちいち心を動かされはしないのだけど。……まあ、あの外道王子にしてやられたことは認めるわ。あれは失態だった。


 それはそうとして、彼らのことがやけに気にかかってしまうのは、きっとわたくしが子どもになって、そして彼らに保護されたからだと思うのよ。


 きっと、体の大きさに心が引っ張られているのね。だから普段のわたくしより、ちょっと感情的になっている。そんなところよ、たぶん。


 そう結論づけて、また口を開く。


「それより、やくそうはじゅうぶんにあつまったでしょう? はやくかえって、いらいにんにとどけましょう」


「ああ、そうだね。アリエス、時間が空いたから一緒に何かしないかい? 遊びでもいいし、勉強でも」


「一緒に勉強したいです、お父様!」


 そんなことを言いながら、二人は笑顔を見かわしていた。




 薬草をたっぷりと載せたかごを抱えて来た道を戻り、ギルレムの町を目指す。みんなで和やかにお喋りをしながら、周囲の風景をのんびり眺めながら。


 と、茂みの中でちょっと面白いものを見つけた。


「あらめずらしい。このやくそうが、こんなところにあるなんて」


 茂みに隠れるようにして、柔らかな黄緑色の草が生えていた。葉っぱには白い模様が入っていて、なんとも可愛らしい。


「それも、薬草なんですか?」


 興味深そうに聞いてきたアリエスに、笑顔で答える。


「ええ。はるゆきくさっていうの。このはっぱは、いいくすりになるのよ。ねつをさげてくれるわ」


 この黄緑色の草……春雪草もまた、時の流れとともに忘れられていったものの一つだ。理由は簡単。草丈が低いうえに、こんなふうに隠れて生えていることが多いので、とにかく探しづらいから。


 それに、それに似たような効果の、もっと見つけやすい薬草は何種類もあるから、みんなわざわざこれを探そうとは思わなかったらしい。……ただ、効き目でいったらこの春雪草が抜群なのよね。


「とってもよくきく、めずらしいくさなの。せっかくだから、ねっこごともってかえりましょう」


 そう語りながらも、内心困惑していた。さっきまで目をきらきらさせていたアリエスの表情が、どんどん暗くなっていったのだ。


「……お母様も、その薬草があったら助かったのかな……」

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