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10.注目の的

 ちょうど昼食の真っ最中だったわたくしたちは、突然の来訪者たちにぽかんとすることしかできなかった。


「あ、ああ。私に何の用かな? 何か、困りごととか……」


 食事の手を止めて、ルーセットが立ち上がる。そのまま、礼儀正しく女性たちに向き直った。


「いやあ、別に困ってるってわけじゃあないんだけどねえ」


「というか、食事の邪魔をして悪かったね」


 女性たちはそう言いながらも、食卓の上をまじまじと見ていた。


 今日の昼食は、ベーコンと紫の草の炒め物。添えてあるイモは、ゆでてから刻んだ香草をまぶしたものだ。この香草は、魔法の練習のついでに林でつんできたものだ。


 遠慮のない視線にとまどったらしく、アリエスが助けを求めるようにこちらを見た。わたくしはお構いなしに、炒め物を優雅に口に運ぶ。


「フィオ、その草、見たことがないけど……食べて大丈夫なのかい?」


 わいわいと騒いでいた女性たちの視線が、わたくしに集まった。みんな、とても真剣な表情をしている。


「だいじょうぶよ。くせがなくて、おいしいんだから」


 悠然と微笑んで、さらにもう一口。ちょっと厚みのある葉が、肉の噛みごたえによく合う。


「……本当に、大丈夫みたいだねえ……」


 ぽかんとしている女性たちに、こちらも大いにとまどった様子のルーセットがそろそろと声をかけた。


「あの、ところでみなさんは、どうしてここに?」


 すると女性たちはくるりとルーセットに向き直り、我に返ったようにまくしたてた。


「いや、それがねえ」


「最近アリエスとフィオが、妙な草を持って帰ってくるのをちょくちょく見るようになってさ」


「初めのうちは、子どもたちが遊んでるのかと思ったんだけど……」


「あんまり量が多いから、まさかあれを食べてるんじゃないかって」


「ルーセットの稼ぎが少ないから、仕方なくそのへんの草を……なんて、さすがに見過ごせないだろう」


 思わぬ言葉に、吹き出しそうになるのを懸命にこらえる。


 彼女たちはわたくしたちのことを心配してやってきたみたいだけど……正面切って『稼ぎが少ない』と言われてしまったルーセットが、この上なく申し訳なさそうな顔になっている。同情すればいいのかしら、笑えばいいのかしら。


「その……この草は色んな料理に使えるし、腹持ちもいいし……とても助かっていてね」


「おやあんた、料理なんかできたっけ?」


「何度教えても、うまくいかなかったじゃないか」


 容赦ない言葉の数々に、とうとうアリエスまでもが笑いをこらえ始めた。


 実のところ最近では、わたくしとアリエスの二人が料理を担当しているのだ。


 ルーセットは相変わらず焦がすし塩加減を間違えるし、食材に申し訳ないのでもう台所には入れないことにした。


 アリエスはちゃんと手加減して魔法を使えるようになったから、食材を切るのもかまどに火を入れるのも、魔法で楽々こなせる。


 とはいえ、彼もまだまだ修行中の身だから、わたくしのいないところで魔法を使ってはいけないと、そう約束させている。


 いつの間にかアリエスが魔法を使えるようになっていたことについて、ルーセットは特に尋ねてくることはなかった。ただ嬉しそうに微笑んで、台所で働くわたくしたちを眺めているだけで。


 ちなみに彼は、魔法も苦手なのだそうだ。だからなのか、魔法を使うアリエスを見つめる目は、この上なく幸せそうだった。アリエスが照れてしまうくらいに。


 そんなことを思い出しながら、アリエスと二人こっそりと顔を見合わせる。一方のルーセットは、しどろもどろになりながら女性たちに弁明していた。


「あ、ああ、その……ゆでるとか、炒めるくらいならなんとか、ね……」


 幼子のわたくしが料理をしているなんてことが周囲に知られたら、ルーセットは人でなし扱いされかねない。四歳と六歳が料理をする家って、ねえ。


 だから本当のことは絶対に内緒にして、ルーセットが頑張って料理を覚えた、ということにしてあるのだ。


 人の中にまぎれて暮らすためとはいえ、いちいち面倒くさい。せめて体が元の大きさだったら、もう少し楽だったのに。


 思えば、あの屑王子の頼みを聞いて隠れ家を出るまで、たっぷり数十年は一人きりだった。だから、人の中の暮らしがこんなにも面倒だなんて、すっかり忘れていた。ただ、不思議なことに、それが嫌だとは思えなかった。


 わたくしがそんなことを考えている間も、女性たちはルーセットを質問攻めにしていた。そうしてようやっと、彼女たちも紫の草はおいしく食べられるものなのだと理解したようだった。


 さて、こうなると次の流れは……。


「ねえルーセット、どこでこんなものを手に入れたのか、教えちゃあもらえないかい?」


「うちの子も育ち盛りでさあ、少しでも食費を浮かせたいんだよねえ」


「ああ、もちろんあんたたちの分を横取りするつもりはないさ。ただちょっと、生えてる場所とか、探し方とかを教えてもらえるとありがたいなあって」


 やっぱりね。まあ、あの草原にはまだまだ紫の草があるし、あれはきちんとした土に植えかえてやればどんどん増えていくから、分けてやることに異論はない。


 ただ……怪しまれずに、育て方を説明できるかしら。


 ルーセットは「イノシシがほじくりかえしたあとをみつけたから、アリエスとはたけごっこをしてあそんだのよ」と言ったらあっさりと信じた。「みずをたっぷりやったら、すぐにそだったわ」という言葉も、素直に受け入れていた。


 いつものことながら、彼は本当に、心配になるくらいに人がいい。


 で、そんなルーセットはともかく……この女性たちは、わたくしたちの苦しい言い訳を信じるかしらね。


 食事をしつつ様子をうかがっていたら、ルーセットがそろそろと答えた。


「あ、ああ……教えるのは構わないんだけれど、実は私もあまり詳しくはないんだ」


 その言葉に、女性たちが同時に首をかしげる。


「実は、その……最初にこれを見つけてきたのは、アリエスなんだよ」


 一気に注目を集めてしまったアリエスが、ぽっと頬を赤く染める。あら可愛い。


「ええっ!?」


「アリエスが、これを!?」


「いったいどういうことなんだい?」


 あっという間に女性たちに囲まれてしまったアリエスが、恥ずかしそうにうつむきながらぼそぼそと説明した。ルーセットに話したのと同じ、わたくしたちの作り話を。


「……なんだか、とんでもない話だねえ……」


「たまたま植えた雑草が、おいしいものだった……すごい偶然だねえ」


 あら、こちらも信じたわ。もっとも、ルーセットほどあっさりではないけれど。


「ねえアリエス。だったら、あたしたちにも教えてもらえないかい?」


「そうそう。その紫の草の畑、作ってみたいからさ」


 するとアリエスが、助けを求めるような目でこちらを見た。にっこり笑って、うなずきかける。打ち合わせどおりに話しなさいねと、そんな圧力をかけつつ。


 アリエスはしどろもどろになりながらも、紫の草の特徴と育て方を語っていく。女性たちは真剣な顔で、彼の話に耳を傾けていた。




 ひとしきり話を聞いた女性たちは、満足そうな顔で帰っていった。邪魔したね、ありがとう。そんなことを言いながら。


 そうしてアリエスは、椅子にぐったりと腰かけていた。かなり疲れた顔だ。


「……緊張しました……」


「頑張ったね、アリエス。でも、これでこの町にこの草が広まっていくんだろうね。もしかしたら将来、この町の名物になるかもしれないな」


 ルーセットが笑顔で、アリエスに声をかけた。こちらはちょっぴり浮かれている。


 すっかり忘れられたこの紫の草が、この町の名物に。それはちょっと、面白いかもしれない。しかもこのままいくと、発見者はアリエスだ。


 彼の名はきっと、この紫の草とともに語り継がれていく。遠い未来、色んなものが変わってしまっても、またわたくしは彼の名前に出会えるかもしれない。


 そう思ったら、とっても愉快だった。大きく笑みを浮かべながら、皿の上に残っていた炒め物の最後の一口を、ぱくりと食べた。

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