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1.魔女は叫ぶ

「……たかが人間ごときが、わたくしをはめるなんて!! 助けてやった恩を忘れたの!!」


 王宮の一室、そこでわたくしは叫んでいた。怒りに打ち震えながら。


 たくさんの人間たちが、わたくしに向かって手を突き出し、何事かつぶやいている。彼らは集団で、わたくしに魔法をかけているのだった。


 その手からわきだした黒い煙のようなものがわたくしにまとわりつき、わたくしの動きをしっかりと封じてしまっている。


 いくら油断していたからとはいえ、普通の人間なんかに捕らえられてしまうなんて。屈辱だわ。


「もうお前に用はない、魔女レティフィオ。お前のおかげで、我が国は救われた。だが、これ以上お前に居座られると迷惑なのだ!」


 醜悪な笑みを浮かべた王子がわたくしの前に立ちはだかり、勝ち誇ったように言い放つ。その笑みは、彼がこれまで見せていた表情とは、まるで違っていた。


 自分の甘さを呪いながら、これまでのことを思い出す。


 わたくしは『氷雪の魔女』。わたくしはずっと一人で、人里離れた高山の隠れ家に住んでいた。たった一人で、若く美しい姿のまま。とても静かに、穏やかに。


 ところがある日、この王子が手下を連れて隠れ家を訪ねてきた。そうして彼は、我が王国を救ってくれと頼んだのだ。何度追い返しても、懸命に食い下がってきた。


 しまいには、未来の王妃の座を差し出そうとまで言い出した。わたくしの手を取って、熱く懇願してきたのだ。我が国には、私にはあなたが必要なのだ、と。


 その熱意に負けて、わたくしは彼の望みをかなえてやることにした。あくまでも、一時の気まぐれとして。


 わたくしは、長い長い時を一人で生きている。そんなこともあって、時々暇になってしまうことがあるのだ。そう、数十年に一度くらい。


 王国がどうなろうと興味はなかったけれど、彼を手助けするのは、いい暇つぶしになりそうだと思ったのだ。


 そうしてわたくしは山を下り、王宮へと足を運んだ。様々な魔法を使って、王国にはびこる問題を片付けていった。たまにはこういうのも悪くないわねと、そう思いながら。


 一年が経ち、二年が経った。王子はいつもわたくしに優しかった。わたくしは長き時を生きる『氷雪の魔女』。けれど彼は、そんなことは気にしていないようだった。まるでごく普通の令嬢と同じように、わたくしに接していた。


 ……久しぶりに、居場所を見つけたような気もした。もっとも彼もじきに老いさらばえて、わたくしの前から消えていってしまうのだけれど。


 けれどその時が来るのが、少しでも先であればいい。そんなことを思うくらいには、わたくしはほだされてしまっていた。


 ところが、先刻。


 王子はわたくしを、この部屋に呼び出した。そうして部屋に足を踏み入れたとたん、わたくしは魔法をかけられて動けなくなってしまったのだった。


 どうにかしていましめを逃れられないかと身じろぎし、歯を食いしばる。ああもう、不意を突かれたとはいえ、魔女ともあろうものが普通の人間に後れを取るなんて。屈辱だわ。


「魔女ごときに王妃の座を与えるわけにはいかないからな。王国のためとはいえ、お前の機嫌を取るのは大変だった」


 そうやってあがいているわたくしを見て、王子が満足げに言った。ああ、わたくしときたら、こんな男にあっさりだまされるなんて。『氷雪の魔女』の名が泣くわね。


「だが、お前がこの国のために尽くしてくれたのも事実だ。だから私は、お前に情けをかけてやることにした」


 ふん、どの口がそんなことを言うのかしらね。あなたがこれまでわたくしにどんな甘い言葉をささやいてきたのか……体さえ自由なら、魔法で再現して聞かせてやるのに。


 そんなことを考えていると、頭がぼんやりしてきた。しまった、これはおそらく、魔法の眠り……。


 一刻も早く逃れなくては、そう思うのにやっぱり体は動いてくれない。悔しさに歯ぎしりをしたところで、ぷつんと意識が途切れた。


 気を失う直前、あの忌々しい王子の高笑いが聞こえたような気がした。




 ……体が痛い。どうやら、ごつごつした床に寝かされている。真夏の日差しが、肌を焼いている。


 目を開けたら、赤土と岩ばかりの不毛の荒野が見えた。身を起こしてぼんやりと辺りを見渡す。少し離れたところに森があるけれど、王宮どころか、家の一つも見えない。


 どうやらわたくしは魔法で気絶させられて、この荒野に捨てられたらしい。野垂れ死にでも狙ったのかしら。でも、おあいにくさまでした。


「あたくちにはまほうがあるのよ……えっ?」


 つぶやいた声の幼さにびっくりして、思わず自分の手を見る。目の前にあるのは、とってもちっちゃな手。


 よくよく見てみれば、手だけではなくて体も小さくなっている。お気に入りの瑠璃色の細身のドレスが、ぶかぶかになってわたくしの体にまとわりついていた。


 一瞬ぽかんとして。そうして、自分が置かれた状況を悟った。怒りに震えながら、腹の底から叫ぶ。


「……あのさいあくおうじ、あたくちにのろいをかけたわね!!」


 普通の魔法では、こんなことはできない。大人のわたくしを、無力な幼子に変えるなんて芸当は。


 けれど、魔女と呼ばれるほどに魔法について習熟したわたくしには分かる。これは間違いなく、呪いのしわざだ。


 この世界には魔法とは別に、『呪い』と呼ばれるものが存在する。もっとも、多くの者はその存在すら知らないけれど。


 呪いは魔法よりもずっと取り扱いが難しく、しかしその分、より恐ろしい結果を引き起こせるのだ。


「どうにかちて、のろいをとかないと……まずはのろいをぶんせきして、それからすこちずつ……ああもう、『ち』じゃなくて『し』よ!」


 ぶつぶつつぶやいたはいいものの、その声のたどたどしさに思わず頭をかきむしる。銀色の髪がくしゃくしゃになるのもお構いなしに。


 その拍子に、かろうじて肩に引っかかっていたドレスがずり落ちる。あわてて布を引っ張り上げて、体を隠した。


「そのまえに、ふくをどうにかしないと……」


 まだきちんと分析していないからはっきりとは言えないけれど、この呪いを解くにはかなり時間がかかりそうだ。ひとまず、そこの森にある木々から新しく服を作ろう。


 手を差し伸べ、風の魔法を使う。木の枝が切り刻まれて細かな繊維になり、それを風が織り上げて新しい服ができあがる……はずだった。


 しかしわたくしの手から放たれたのは、ただのつむじ風。周囲の石ころを巻き上げながら森のほうに突っ込んでいって、そのまま消えた。


 まずい。急に小さくなったせいか、魔法をうまく制御できていない。この感じだと、単純な魔法はどうにか使えそうだけれど……複雑なものは、しばらく無理そうだ。


 かくなる上は、このドレスを魔法で切り裂いて縫い合わせるしか……でもこれ、お気に入りなのに。ああもう、あの王子め!


「……うう……さいあくのきぶんだわ……」


「子どもの声がした気がして、やってきてみれば……君、親とはぐれたのかな?」


 そのとき、やけにのんびりとした男の声が背後から聞こえてきた。

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