ぱちぱちと燃える焚火を見つめる狐憑きと管狐
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
まるで帝の御座所を御守りするかのように京の都の西に聳え立つ嵐山には、歴史ある寺社仏閣が幾つも御座いますね。
貞観の御世に建立された牙城大社という霊験あらたかな大社もまた、その嵐山に軒を連ねる御社の一つで御座います。
この「牙城」という物々しい神号は、牙城大社が優れた霊能力者の組織を抱えている事に由来しているのです。
今を去る事、千年以上前。
宮中を始めとする人々の間に御霊信仰が定着し、帝の御座所である平安京を御守りする為に霊能力に秀でた人々が集められたのでした。
神道や陰陽道を始めとする様々な秘儀に通じた彼等は、「帝の御膝元を守護する牙城とならん」という誓いの下に団結し、やがて京洛牙城衆と呼ばれるようになったのです。
そんな京洛牙城衆の総本山となったのが、この嵐山の牙城大社なのでした。
そう言う訳で、この牙城大社には不思議な力を持つ人々が沢山いるのです。
或る者は優れた霊能力で霊障に苦しむ人々を救い、また或る者は占いの技術で近い将来を予知して国難を未然に防ぐ。
そうした具合に帝の御座所である京の都は勿論の事、この皇国の全土を日夜守護されているのです。
そして勿論、悪と戦う為の力に秀でた人も沢山いらっしゃいます。
この深草花之美さんという普段は牙城大社の運営する学校に女学生として通われている年若い巫女さんも、そうした牙城大社の戦士の一人なのでした。
「朝に掃き清めたばかりだというのに、もう落ち葉がこんなに沢山…この時期は何とも厄介ですね。」
色白の細面の中で事更に際立つ赤い瞳を左右に泳がせながら、花之美さんは何かを思案するように軽く小首を傾げたのでした。
そして丹田に力を入れ、こう唱えたのです。
「天地玄妙、神変転身狐!」
すると次の瞬間には銀色に輝く花之美さんの御髪がサッと逆立ち、その頭頂部には狐のような三角形の耳がニョッキリと生えていたのでした。
そう、これこそが花之美さんの持つもう一つの顔なのでした。
狐憑きの家系に生まれた花之美さんは、先祖代々伝わる特殊な神道九字を唱える事で白狐の姿に転身する事が出来るのです。
そして白狐の姿に転身した花之美さんは、強力な霊能力を自由自在に使いこなせるのです。
「わざわざ箒を取りに行く程でもありません。この程度の落ち葉、これで充分…」
不敵な微笑を閃かせると、花之美さんは腰に差した業物の鯉口を切ったのです。
「はっ、たあっ!」
そうして迸らせた白刃を青眼に構えると、虚空に向けて数回切り結んだのでした。
すると不思議や不思議、今の今まで微風さえ吹いていなかったのが嘘であるかのように旋風が生じ、紅葉の植樹された庭園を縦横に行き来したのです。
その動きはあたかも、庭園のそこかしこに散らばる落ち葉を花之美さんの代わりに掃き清めようとするかのようでした。
やがて一箇所に集められた落ち葉が小山のようになった頃合いには、あの不思議な旋風は虚空へと消えていってしまったのです。
「よし、技の制御も良い感じですね。抜刀時に真空波を起こせる私なら、上手く手加減すれば物体を傷付けない旋風も起こせるはず。その見込みに狂いはなかったようですね。」
自身の腕前に満足そうな微笑を浮かべると、花之美さんは静かに太刀を鞘へ納めたのです。
「さて…お楽しみは、これからですよ。」
そして今度は着物の袂から紙袋を取り出し、中に入っていた栗の実を山と積まれた落ち葉の奥へと押し込んだのです。
どうやら花之美さんは、拾った栗の実を使って焼栗を作ろうとしているようです。
狐を神使とする御稲荷様は五穀豊穣を司る恵みの神様としてよく知られていますが、秋の恵みである栗の実は狐憑きの花之美さんにとっても好物なようですね。
落ち葉を集めて、栗の実を埋めて。
これで火をつけて焚き火をすれば、後は美味しい焼栗が出来上がるのを待つばかり。
後始末の水も汲んできましたし、もう準備万端ですね。
ところが袂の中に手を入れた花之美さんは、ギクッと顔を強張らせたのです。
一体、何があったのでしょう。
「ああ、これは為たり!私とした事が、まさかマッチを忘れるとは…」
どうやら花之美さんったら、焚き火に必要なマッチを用意していなかった御様子。
とはいえ、これも仕方ありません。
何しろ花之美さん、学校の帰り道にたまたま落ちている栗の実を拾い、たまたま落ち葉が沢山散らばっているのを見かけたのですから。
最初から焼栗を作る心積もりなら、きっと用意をしていたでしょうね。
「霊能力で狐火を作っても良いのですが、火加減を気をつけねばなりませんね。火事を起こす訳にはいきませんし…」
狐火で起こした清めの炎で悪霊を浄化した事もある花之美さんですが、焚き火位の小さな火を起こす機会なんて滅多に御座いません。
ちょっと不安が残るようですね。
とはいえ、じっとしていては焼栗は何時まで経っても出来ません。
果たしてどうした物でしょうか。
そうして思案に暮れていた花之美さんの目の前で、不思議な事が起こったのです。
青白い光の帯がサッと横切ったかと思えば、栗の実を埋めた落ち葉がぱちぱちと音を立てて燃え始めたのです。
その火加減は、焚き火として丁度よい塩梅でした。
「おお、これは…」
訳知り顔の花之美さん目掛けて、その青白い光は一直線に飛んでいきます。
そのまま鼻先スレスレまで迫ると、急に方向を変えて肩の辺りへすり寄ったのです。
そうして鎌首を擡げた青白い光の帯には、子狐みたいな顔がついていたのでした。
三角形の耳もあれば、つぶらな赤い瞳だって御座います。
その赤い瞳は、花之美さんに見つめられると得意気に細められたのでした。
「成る程…貴方が火を起こしてくれたのですね、白蔵君。」
全てを納得した花之美さんに、白蔵と呼ばれた青白い光は我が意を得たりとばかりに瞬きを繰り返すのでした。
この白蔵という管狐は狐憑きの花之美さんととっても仲良しで、花之美さんが御社の御務めで敵と戦う時にも何かと手助けしてくれるのです。
「今日もまた白蔵君に助けられましたね。これからもよろしく頼みましたよ。」
コクコクと頷く白蔵管狐を肩に乗せながら、花之美さんは栗の実を投じた焚き火に目をやるのでした。
耳をすますと、ぱちぱちと栗の実の燃える音が聞こえます。
白い狐の力を使う者達が美味しい焼栗を味わえるのも、もうすぐです。