転
強引に手を引かれ早足になりながら雪子は疑問に感じた事を聞き出そうとした。
「あ、あの!」
「ん?なんだ?身のない会話ならお断りだぜ?」牽制がすかさず入ってきた。
「......えと...なんで大星さんは私にここまでして下さるんですか...?初対面ですし...なんなら私は大星さん...いえAKABOSHIを知らなかった...アイドルのあなたにとって...侮辱行為に値すると思うんです...」
身のないかなんて分からない。でも、聞きたかった。下手な嘘などつかれず真実のみを教えてくれる、そんな気がしたから。
「んー、お前にここまでするのはオレにもよくわかんねぇんだよな!」
「...ふえ?」
「確かにお前はオレにとって...アイドルにとって侮辱をしてるな!それは間違ってないや!」
「すみません...」
「でも、オレは今からオレたちが今から開催するライブをお前...雪子に見せないといけない...そんな気がしたんだよな!」
「つまり...直感......ですか?」
「そうなるな、直感なんて曖昧なもの本当は頼りたくないんだけど...結論を言うと雪子を誘ったのは直感だな!よかったな!オレのお眼鏡にかなったな!良い心地だぜ!」
「そう...ですか...」
「ん?何か言いたげだな?」
「いえ、ありがとう...ございます...答えて頂いて...」
なんだろうこの気持ちは。
「どういたしまして!さぁ、そろそろ目的地に着くぞ!」
よくわからない。けど、ほわほわして温かい。今までに感じた事のない...居心地の良い...そんな気持ち。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ。
都合がいい解釈をしてもいいのかな...
雪子は気持ちを反芻していた。
「えっと...ここでライブ?をするんですか?」
連れて来られたのはライブをするであろう舞台が見える仮設テント。
素人の、ましては雪子が見てもあまりにもその舞台は簡素過ぎた。大きい台が道にドンっと置かれてるだけなのである。装飾などは何もない。
「この舞台シンプルだよなぁ」
「とっても簡素ですね...」
「ま、舞台の土台の良し悪しはオレには関係ねぇや!」
「...え?」
「雪子、アイドルにとって重要なものってなんだと思う?」
「えと、えーっと...」
「ぶっぶっぶー!はい!時間切れ!
残念〜やっぱりオレを知らなかった雪子にこの問題は難し過ぎたな!仕方ねぇな!無知なんだもんな?」
いきなりクイズを出されしかもシンキングタイムも3秒弱、更にはサラリと嫌味を言われ雪子はちょっと虚しくなった。
「はう...すみません......」
「素直だな、雪子は
機嫌がいいから特別に答えを直ぐに教えてやるよ!正解は...」
「あーーー!やっと見つけた!カイくん!すぐどっか行っちゃうんだから...も〜...本番前なんだからちゃんとしてよね?」
そよ風を運んでくるかのように柔和で穏やかな声が聞こえた。
「ん、その声?朱鷺か!」
「朱鷺...?」
「あれ?その子は誰?ここは関係者以外立ち入り禁止だよ?」
「あと...えっと......」
「オレが連れて来た!だから関係者だろ?」
「カイくんが?も〜、勝手な事されたらこまるよ〜
でも、ここでつまみ出すのも可哀想だし...なによりカイくんがご機嫌ナナメになっちゃうよね」
「そうそう!オレの事を分かったつもりでいんだな!「モブ男くん」...☆」
「もしかして既に機嫌が悪かったりする!?」
「オレと雪子の会話を中断したからな!そんな朱鷺には...えいっ☆」
「いたたたた!!な、なんで手の皮を抓の!?痛いよもう...痕になったらどうするつもり?」
「ははっ!顔じゃなかったことに感謝するんだな!」
「う〜...なんか不憫...いや、不憫なのは慣れてるけどね!?」
涙目になってる「朱鷺」と呼ばれる青年はブツブツと小言を垂らし始めた。
「あの、大丈夫ですか...?」
雪子は持っていたハンカチを朱鷺に渡した。カバンにペットボトルと一緒に入っていたので少しひんやりしている。
「わぁ!ありがとう!
あ、紹介が遅れちゃったね、俺は紫 朱鷺
って言いうんだ、AKABOSHIでリーダーをやっているよ♪」
鳥が住みそう...って言ったら失礼だろうか
癖の強い金色の髪に人あたりが良さそうで優しい虎目石のような目。
紫 朱鷺と名乗る青年は丁寧にお辞儀をした。
「ご丁寧にありがとうございます...!私は音無雪子と申します、歩鳥山高校の1年生です」
「歩鳥山高校...あぁ!聞いたことあるよ♪山の上にあって眺めがとってもいいんだよね〜俺の後輩もそこに通ってるんだよ」
「ご存知なんですか!?アイドルって仰る方たちですからきっと私なんかが通ってる平凡な学校なんてご存知ないと思いました...」
「そんな事ないでよ!俺はアイドルって言ってもそこそこ普通...だしね♪」
「アイドルがそこそこ普通ってなんだよ...
つーか、朱鷺ばっかりずりぃよ!オレも雪子と話たいんだけど? 」
カイが我慢出来なくなって無理矢理会話に入ってきた。
「む〜、会話を遮るのは良くないよ?カイくん」
「最初に遮ったのは朱鷺だがな?! 」
「も〜、そうやって揚げ足をとるんだから...」
雪子はそんな2人の会話を聞いていると
一瞬だが背後の空気が変わったかのような錯覚を覚えた。
「......?」
「おや?どうした?」
「い、今何かを感じた気がして...」
「何かって...忍者...?あ!」
朱鷺が声を上げた方を見るとそこに「何か」の正体があった。正確には「居た」のである。
「朱鷺くんそろそろリハーサルを...っとカイくんも戻ってたんだな
...ん?それと見た事の無い子がいるな?迷子か?」
『空気が変わったのはこの人が来たから...』
色白...いや、どちらかといえば顔色が優れない。儚い...?いや、諦めてる?そんな雰囲気を纏っている。
長身痩躯で空色の髪、前髪は少々目に掛かり全てを見透かしたかのように血の様に赤い瞳が雪子をみた。
「参ったな、関係者以外はここには来てはいけないんだが...あぁ、それとも迷子を装って私らに近づいたのか?」
先程も朱鷺から同じ事を言われたので雪子は耳が痛かった。いや、朱鷺に言われた時よりも明確な敵意を感じた。
「綺羅!そんな意地悪な聞き方をすんじゃねえよ!オレの大事な客 なんだからよ!」
意外な事にカイが直ぐに雪子のフォローに入った。
「大星さん...」
「なんだ、カイくんの連れだったか、それなら仕方ないな...♪」
「綺羅」と呼ばれた青年の言葉は雪子を煽るように、勘繰りをするように落ち着いた声で
発せられている。
「...ん、君の顔どこかで......」
「...?」
「いや、何でもない、すまない。女性の顔を覗き込むのは流石にマナー違反だな。
初めまして私は名前は赤城 綺羅、エフェクトプロダクション所属、アイドルグループAKABOSHIとして活動している。君の名前はなんて言うんだ?」
「わ、私は音無雪子と言います...」
「...音無さんだね、よろしく」
「は、はい...」
『初対面の人にこんな事思ったらいけないんでしょうけど...この人は...』
「そう身構えなくても大丈夫だ、取って食ったりはしないからな♪」
『怖い』
「音無さん...?大丈夫?少し顔色が悪いよ?」
「...え?」
「あれれ、本当だ、さっきまで天狗みたいに紅潮気味だった顔が今や化け物と出会ったかのように真っ青になってるな...」
「カイくん?化け物って私の事を言ってるのか...?」
「オレは一言も綺羅のことを化け物って言ってねぇけどな!自意識過剰過ぎるぜ!」
恐怖に見舞われながらも雪子はこの2人の仲がそんなには良くないことを感じ取れた。
「...ともあれ、音無さん
私はここで君を追い返すつもりは全くないから安心してくれ、寧ろ私たちのステージを間近で見れるんだ、今日という日を忘れないで欲しい」
「は、はい...!」
「うん、いい返事だ」
にっこりと笑った綺羅の顔は「怖さ」なんてものはなかった雪子の目には無邪気な少年のように見えた。
『...やっぱり、錯覚...?だったんですかね...?』
そんな事考えてたら違う視線を感じた。
視線の方に目をやると「ぷー」と、言わんばかりに頬を膨らませてる綺羅が目に飛び込んできた。
「綺羅くんどうしたの?そんなに頬っぺたを膨らませて...」
「別にぃ?何でもないけど?」ぷいっと、そっぽを向いた。
雪子は自分と会話できないことに不満を感じてると思い、すかさず声を掛けた。
「お、大星さん...!」
「...!どうした雪子?」嬉しそうに返事をした。笑顔も眩しい。
「えっと、そ、そういえばクイズのお答えを頂いてなかったと思いまして...」
「おっと、そうだったな!答えだったな!答えは...」
ガラ、と扉の音がし誰かが入ってきた。
「......?全員います?
ん、おかしいです、見た事ない人が居ます」
「れいり!」
「れいりくん!ここに全員いるよ!それにれいりくんが見た事ない子もいるよ、だから大丈夫だよ♪」
「...それは、よかったです、はい。」
「あ、れいりくん、衣装に着替えてる...って飾りが少し曲がっちゃってるよ〜今直すね〜」
「...ありがとう、すみません、不慣れで。」
「れいりくん、水分補給してるか?君は放っておくとそのままで過ごすだろ?」
「...あ、はi」
「綺羅!!れいりの事を知った風な口を叩くなよ!」
「カイくん...君はれいりくんの家族...兄弟なのは知っているが...でも、家族と言っても姑に当たるけどな...☆」
「カッチーン...!綺羅でもこればかりは許せねぇな!」
「...あの綺羅、カイ、ボクの為に、争わないで」
突如現れた「れいり」を3人がとても大切にしているのが捉えて見えた。(今はオロオロしてしまって少し可哀想である。)
しかし、雪子の目には「れいり」と呼ばれた「存在」を、人の様に思えなかった。
「荘厳」「美麗」「幻想的」...
どの言葉を持って「れいり」という「存在」を表現すればいいのであろう。
作り物のように一本一本丁寧に手入れをされている漆黒の長く美しい髪。
この世の全ての美を凝縮された芸術品のような顔立ち。
そんな「れいり」に雪子と唯一の共通点があった。
「あれ?よく見るとれいりくんと音無さん...瞳の色が同じなんだね♪」
「「...え?」」
朱鷺に言われてれいりと雪子は思わず顔を見合わせた。
雪子はこんな綺麗な「存在」と自分に同じ所があるなんて信じられなかった。『綺麗な...お人形さんみたいです...あ、本当だ...瞳の色が同じ.........』そんな事を考えながら見惚れていると
「...本当だ、一緒ですね?」
れいりの方から声を掛けてきた。
「!?」
「驚きましたか?すみません、ボクは他者の感情の機微を、読み取るのが苦手で」
「い、いえ大丈夫です...!少しびっくりしました...瞳の色が同じ方に出会った事が無かったので...嬉しいです...」
「...それは、よかったですね?」
「うふふ、はい♪」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ親近感が湧いて幸せな気持ちになれた雪子。
「おうおう!仲良くなるのはいい事だな!良い心地だぜ!」
「カイくん…だから、人の会話を邪魔しちゃダメだって...」
「れいりも来たことだし、そろそろリハーサルだぜ!」
「はぁ、やっとカイくんがライブに目を向けてくれたな...」
「綺羅...何か言ったかな...?」
「あ、こら!二人共!ダメだよ!喧嘩は!お客さんもいるんだからね!」
朱鷺は雪子に目線を送った。
『あ、そうでした...私は大星さんに連れられてライブを見に来たんでした...』
雪子はAKABOSHIの面々のやり取りを見ているうちに当初の目的を忘れていた。
「んじゃ、オレ達は着替えにいくから...朱鷺行こーぜ」
「綺羅くんは...っと、着替えてるよね
では、俺たちが戻り次第リハーサル...でお願いね!」
そう言って2人は着替えに出て行った。
「...」
「...」
「...」
綺羅、れいり、雪子はその場に取り残された。
取り残されたという言い方はおかしいがこの異常な空気は『き、気まずいです...』
綺羅とれいりの2人は良いとしても、雪子は先程出会ったばかりである。話題など簡単に見当たる筈がない。オロオロしてしまっている「...ふふっ」
「!?」
「あぁ、すまない、君がオロオロしててあまりにも面白かったから...ふふっ」
「綺羅、なんでそれが面白いんですか?」
「おっと、れいりくんが食いついたか、そうだな…小動物を眺めてるみたいで微笑ましいなって思ってな」
「小動物ですか、彼女が?」
「見えない?」
「よく、分からないです」
「私もよく分からないです...」
「なに?二人とも分かってくれないのか...ましては音無さん本人も...」
「えっと、申し訳ないですけど、そのような事を言われたのは一度もないと思います...」
「じゃあ、私が始めての表現者という事だな♪」
得意げな顔の綺羅、雪子は綺羅の事がますます分からなくなり困惑は進む一方である...。
・15分後・
「お前ら!待たせたな!」
「お待たせ〜」
カイと朱鷺が入って来た。
着飾った彼らの衣装は綺羅とれいりとデザインベースはほぼ一緒で装飾品などが少し違っていた。
衣装をまじまじと見ると赤を基調とした軍服風インナー、白と各カラーだと思われる赤、黄、青、緑ごとの格子模様のロングジャケット。金や空色で色を溺れさせないように調整された刺繍、クラシカルかつ大胆な衣装...。
呉服屋の娘として衣装をまじまじと眺めてしまった。
そして、雪子はこの二人を見て一気に安堵した。
『よかった...』
「ん?雪子!今、安堵したな?そんなにオレに会いたかったのか!?」
「カイくん、図々しいにも程があるぞ」
「綺羅!いちいち茶々を入れんじゃねぇよ!」
「はいはい〜、二人共〜リハーサルに行くよ!」
「そうだね、行きましょう」
「れいり!?行動的だな?さてはテンションあがってきたかぁ?♪」
「白川さんも来るんだ、この場所は一種の休憩所みたいなものだからな」
「は、はい...!」
AKABOSHI一行と共に少し場所を移動する事になった。
リハーサルはショッピングモールの関係者しか入れないような場所で行うとのこと。
『...なんで、わざわざ移動を繰り返すのでしょう...?』
「...今、疑問を感じたか?」
「えっ?」
「わざわざ移動して〜とか思ったりしたろ?」
「凄いです...!まさに疑問に思っていました!」
「素直なんだな、音無さんは」
「確かに移動が多いよね〜...(小声)音無さん、周りを見てみて?」
小声で朱鷺が問いかけてきた。
「周りを...?」
ザワ ザワ
「えー?何々?めっちゃイケメンなんだけど」
「あれってAKABOSHIじゃない!?」
「嘘ッ!?もしかして、ライブやるのかな!?」
「...!」
「(小声)宣伝だよ、オレたちを見てもらうためのな?」
「(小声)ここは俺たちのホームだから反応があるんだよ、でも、全く0からの所だとザワつきすら起こらないんだよね...
だから、ホームの一番人が集まる所...つまり、ショッピングモールで古参の人と新規層を一気に狙ってるんだ」
「(小声)なる...ほど......」
彼らの言葉を前提にし、客観的に衣装を着た彼ら、そして周りの反応を雪子は見た。
『アイドルは...知名度、話題性...そして...』
「大星さん」
「なんだ?」
「先程のクイズの答え...わかった気がします」
「んー、多分雪子が今思ってる事だと半分しか正解じゃねぇかな?」
「...!そうなんですか?」
「あ、着いたよ〜リハーサル会場」
「おっと!連れてきておいてなんだが、雪子はここで待っててくれ」
「ん?いいのかカイくん?一番見せたがってたじゃないか」
「カイ...?」
「ええ!?ここまで来て可哀想じゃない?」
なんとなく、雪子はカイの言葉の本当の意味が分かった気がした。
「分かりました、私はその間皆さんの事を勉強させて頂きます!」
そう言って借り物の雑誌を取り出した。
「おうおう!勉強して偉いな!綺羅も見習って欲しいもんだねぇ〜!」
「いちいち私を引き合いに出さないでくれるか...?」
そういいながら、カイを除く3人はリハーサルルームに入っていった。
「雪子!」
「はい?」
「本番...楽しみにしてろよな♪」
耳元で囁いてカイはリハーサルへとむかった。