第54話~別れと後悔~
二人がチャペルに着くと、そこには今まで見たことのないような数のシスターが祈りを捧げていた。
それはまるで何か不吉なことが起こる前兆かのような雰囲気を醸し出しており、正直近づきがたいようなそんな場所だった。
ただそこに設けられていた席は春香の席で、今までの邪念を払う儀式が行われるのだという。
マリアーノに導かれ十字架の前の一つだけ孤立していた席に腰を下ろした春香だった。
そしてシスターの先頭にマリアーノ自身が立って全員が下を向き両手を絡めて祈りを始めた。
ただこれは魔術的儀式ではなく、教会としての形式的な祈りに過ぎないので魔法陣が出てきたり詠唱があったりはしないのだ。
厳かな雰囲気で行われている儀式に意味があるのかどうかは分からないが、ただこのようなお見送りや大きな戦の前ではシスターが祈りを捧げている姿がよく見られるという。
今回はマリアーノが呼び集めたのだが、それだけ困難な道がこの先に待っているという意思の顕れで、マリアーノなりのエールや送り出す側の覚悟というものが感じられる。
マリアーノが考えるこれからの春香の道先はこうだ。
これからすぐに現世に戻るための術式を完成させること。
そしてその術式をただひたすら成功するまで繰り返すという至って単純なものだ。
そのためいつ別れの瞬間が来るかは全く分からないのだ。
陽介が部屋で別れを惜しんでいるのもきっと正式な別れの時が分からないからという理由もあるのだろうか。
祈りは意外と長く続いたが、それでも微動だにしないのが流石のプロのシスター集団だ。
マリアーノの教育が隅まで行き届いている様を見ると、エクスパンドライズという場所のレベルの高さが垣間見える。
エクスパンドライズが成立したのは他の国や教会自治区に比べれば比較的新しくて規模もそれほど大きいわけではないが、それでも大国を凌ぐほどの実力を持ち合わせるのはこういった細かい部分の積み重ねなのかもしれない。
そうして長く続いた祈りも終わり、また春香とマリアーノは例の芝生の前へと向かった。
一方陽介は、暫く布団に包まったままずっと枕を濡らしていた。
別れというものがそれほどまでに堪えたのか、言葉にできないようなくらいしわくちゃになった顔でただひたすらに泣いた。
陽介の中で春香の挑戦、夢を応援している側面と離れてほしくないという感情が互いにぶつかり合っているのが大きな要因であり、それが陽介をさらに沈み込ませている原因である。
ただ、マリアーノは陽介が元々図太い精神力の持ち主である以上、こんなことではへこたれずに一日もあれば必ず吹っ切れて戻ってくると信じていた。
ー なんて言ったらよかったんだろうか...。
陽介はあの部屋での出来事を思い出しては本当の自分の気持ちを伝えられなかったことを後悔しながら考えていた。
これが本当の別れになるのならばきっと伝えるべきことはもっとあったはずで、心の中に想いを留めるべきではなかったと陽介は思っていた。
建前では応援しているだとか、離れても心は繋がっているだとか色々言っているが、本音は寂しいだとか、行かないでだとか、普通の人が別れの際に思うような感情を抱えるに違いない。
それもそのはず、この世界は負の感情で成り立っているのだから。
陽介はいつになったら上を向いて進んでいくことができるのだろうか。
周りからその様子が分かるような雰囲気はなく、ただそこには暗くて重い雰囲気が漂っていた。
そうしてまたまた戻ってきた春香とマリアーノは二人で術式を完成させるがために動き出した。
ある程度はマリアーノと恭介によって完成されているということだが、その魔法陣が術式としてしっかり機能するかどうかや正しいか否かは実に使ってみなければわからない。
これこそがこの術式の難しいところで、実際に使うまでわからないのにテストすらもできないといったなんともやりにくい術式なのだ。
もしこの術式が誰でもテスト可能ならば、マリアーノクラスの実力者ともあれば3日で完成できるだろう。
ただ向かう先は未知なる世界。
それだけ困難な道であるということだ。
さらに実はここに来るまでに方向転換もしていた。
当初の予定では春香自身が魔法陣を展開し術式を使用して現世へと戻ろうという算段だったが、春香だけの魔力では圧倒的にエネルギー不足で複数回の試行というのが難しいという問題があったため、マリアーノが魔法陣を展開し、その中に春香が入り込むことでターゲットを確定させ、マリアーノが術式を使用するという形になったのだ。
このような形にしたことによってマリアーノ自身には魔術関係の多くがのしかかり、その間春香はただ立っているだけでいいという何とも言えないような状況になってしまった。
ただ、それこそが最大の近道であり、マリアーノにとっても春香にとってもいい方向へとシフトしていくのではないかと考えられた。
実際にマリアーノが行ったシュミレーションでは春香が全行程を行った際の成功確率は13%で、マリアーノがその行程を行うとその成功確率は38%まで推移するという。
さらに転生者や召喚者がこの世界に来た時に神の声が聞こえたように、現世に戻る際もこのような精神世界を通っていかなければ行けないと考えられている。
そのため春香が行っていた精神修行自体に意味がなかったわけではないのだ。
今回使用する魔法陣はそれぞれ魔法の神官クラスの実力者以外使用が困難な召喚術式を組み替えたものである。
精神系魔術の魔法陣にはいくつか確定的な要素が含まれている。
例えば、使用相手やその魔術に使う魔力量の設定、詠唱をカットするために組み込まる術式など複数あるが、それさえ整っていれば魔法陣はいくらでも書き換えが可能であるということだ。
そしてマリアーノは今回、召喚術式に必須事項の引き抜き先の設定を逆にすれば送りこめるのではと考えていた。
あとはどれだけの魔力量が必要になるかや最小のエネルギーで行くためのコストカットを術式の中に組み込むだけだという。
これほどまでの術式をいとも簡単に組んでしまうとはやはり世界トップクラスの実力者は格別だ。
ただ一つ、召喚術式と精神系魔術は違うことを知っておいてほしい。
可視化できないが為に頭の中で全てイメージしなくてはならなかった精神系魔術とは違い、召喚術式や今回使用する術式というのは別に精神系魔術を習得していなくても使用でき、さらに通常の魔術と同様に可視化されるため、使用に応じた魔力量さえ手に入れられれば誰だって使用可能であるということだ。
一回の挑戦では成功することはないと思っているマリアーノは早速魔法陣を展開して、春香を中へと誘導した。
一回やればだいたい分かるからというマリアーノの言葉に釣られ春香は魔法陣の中心へと足を踏み入れた。
「それじゃ行くわよ!」という掛け声とともにマリアーノは半身になって、前にした右手を振り上げて魔法陣を指した。
すると魔法陣から出たエネルギーが天へと昇っていき、少し遅れてから春香も浮いて徐々に上昇を始めた。
しかしすぐに割れるような音がして魔法陣が崩れて春香も地面へと戻されていった。
「そんな簡単に行くわけないわね~。」とマリアーノは笑いながらどこか楽しそうな表情をしながら話した。
そしてマリアーノは今わかったことを冷静に分析し始めた。
失敗の原因は想定していた魔力量とその魔力の使いどころだという。
転移術式と同じで動かす人の魔力量が高い程、それにかかる魔力量が多くかかるのだ。
その適量を徐々に使う魔力量を上げていって最適を測ろうという作戦だ。
そうして暫く同じことを繰り返していた。
挑戦してもずっと同じような感じだが、一つ変わったことがあるとすればそれは春香が上昇する高さがだんだんと出てきたことくらいだった。
だがそれが魔力量の指標になるとマリアーノは少し息を切らしながら語った。
使用する魔力量が上がれば上がるほど、その使用者にとっての疲労に代わるのは当然のことではあるが、エクスパンドライズで最も神に近しい存在である彼女がこのような状態にいることは非常に珍しいことだ。
それでもどれだけ息が上がろうとも関係なく挑戦は続いていった。
数十回繰り返してもほとんど変わらない状態だったので、春香は違う方法を模索した方が早いのではないかとも考えてたが、そう言うわけにはいかない理由があった。
基本この世界に来るのは一方通行で、この世界へ来た以上もう戻ることはできないとされていた。
しかし、その常識を破りに行ったのがこの春香未来とアスケル=マリアーノの二人だった。
一方通行ならば逆走するようなこの術式は大間違いのようにも感じるが、この世に存在する魔法陣を利用する形を選ぶのならばそれ以外の方法は無いのだ。
また、新しい術式の魔法陣の構築には長い時間を要する為、そう簡単にこの作戦を放り出すわけにはいかなかったのだ。
だから原因が分かっている以上、こうやってただただ繰り返すほかになかったということだ。
また暫く繰り返している時、マリアーノに若干の手応えが残るようなタイミングがあった。
もうあと少しで辿りつけそうな境地に来たような手の感覚があり、少し右手がジンジンとしていた。
ここまで調整のために考えてばかりで無言だったマリアーノが少し神妙な面持ちで春香に語りかけた。
「春香ちゃん...、もうすぐその時が来るわ。覚悟はできているね...?それならば最後にこの魔水晶の中に今の想いを入れ込みなさい。」
そして春香はマリアーノが差し出したハンドボール程の透明な魔水晶に向かって話し始めた。
話を留め終わったところで春香はマリアーノに準備ができたことを知らせた。
マリアーノはそれに応じて今まで以上に大きな魔法陣を展開させてみせた。
まるで春香の覚悟に応えるかのような大きさの魔法陣を展開させたマリアーノは少し涙目になりながらじっと春香の方を向き、その時を待っていた。
試行錯誤によって算出された使用魔力量は最初の約50万倍にも膨れ上がったためこの大きさになったのだが、それにはマリアーノの魔力量でも少し時間を置かなければならないほどの使用量であった。
魔法陣の真ん中に立つ春香は上を向いて目を瞑り、ゆっくりと深呼吸を繰り返して気持ちを安定させていた。
ここまではマリアーノの力だが精神世界に入った瞬間に己の精神力だけで補わないといけないことを予めマリアーノから言われていた為、そのことで頭の7割ほどが占められていた。
想いや悲しみ、寂しさは全て魔水晶の中に閉じ込めてこの場所で立派に立っている春香の姿はとても勇敢に見えた。
「もう思い残したことはないね...?じゃあ行ってらっしゃい...。」
マリアーノが涙声で春香に言うと春香は小さく頷いて目を開けた。
「じゃあね...。」というマリアーノの声とともに振り上げられた右手はプルプルと小刻みに震えているのが見えた。
その掛け声に応じてまた膨大な魔力が天に向かっていき、それに釣られて春香も高く上昇していった。
そして10メートルほどまで上昇した後に魔法陣が狭まって閉じていき、それに吞まれるような形で春香はこの世界から姿を消した。
魔法陣が完全に閉じ切って消滅したことでマリアーノは春香を現世に送りこむことへの成功を実感し、魔法陣の中心だった場所へと向かって歩いて行った。
一仕事終えたことによる疲れからか、緊張から解放されたからか大きな溜め息をついて下の芝生を触った。
魔力量がとても多かった為芝生は黒く焦げ、辺りには乾燥した空気が流れていた。
マリアーノは座ってそこにある芝生を優しく撫でながら色々と思い出していた。
ハピダルが召喚した際に出会った時、同じ召喚者同士で師弟関係になった日、共闘した日々、現世に帰りたいと言った瞬間などただの領主と部下の関係値以上のものを築き上げてきた日々を思い出していた。
それでも魔水晶の中はみんなの前に行くまで見ないと心に決めていたため、魔水晶をまるで春香の生まれ変わりかのように撫でながら教会へと歩いて行った。
そしてマリアーノは春香と親交の深かったアルザードのメンバーをチャペルの奥にある部屋へと呼び出した。
アルザードのメンバーはマリアーノの前に置いてあった水晶を見てすごく不思議そうな表情をしてた。
もちろん布団に籠りっぱなしだった陽介もここにはいるが、どこか浮かないような表情をしていた。
マリアーノの合図で急に魔水晶から音がしたと思ったらすぐに春香の声がしてきた為、一同何事か分からないような表情を浮かべてその声に集中した。
「あ、あの、春香未来です...。今の想いというかそういうものをここに残したいと思います。まず急にいなくなってしまってごめんなさい...。本当はもっとみんなとお話ししたかったし、いつまでも楽しく過ごしたかった...。せめて最後に一言交わしたかったけど、そんなことすると私はここから出られなくなってしまう。だからこうやって残させてもらってます...。これを聞いているということは私の新たな旅が始まったということだと思います。旅立ちが正解だったのか、それはまだ分からないことですが、私は私なりに向き合って、立ち向かって頑張って生きていこうと思います。そして別れに必要なのは涙ではなく感謝だと私は思うのでそれを伝えさせてください。まずはマリアーノ様、貴女のおかげでこうやって私は夢への第一歩を踏み出せたこと、感謝しています...。振り返ればマリアーノ様とはこの世界に来てからかなり深く関わらせてもらって色々とお世話になりました...。こんな私を受け入れてくれて、導いてくれてありがとうございました...。次に恭介さん...。ここ数カ月は私と結構一緒にいた時間長いと思うけど、精神系魔術の細かいアシスト、ありがとう。エリス、イザベラ、碧依ちゃん...。貴女たちとはそれほどまで深くは関わってないけど楽しい毎日をありがとう。最後に陽介...。貴方には勇気を貰ったわ...。前に進むその姿勢こそが貴方が強くなる理由だし、それこそが最大の武器よ。インテグラリッシュ王国で出会ったあの日からどんどん成長していく姿は私にも進む希望を持たせてくれたわ。貴方が強くなるには悩んだ時、落ちこんだ時、もう少し人に頼りなさい...。心が強くなることがこの世界でもっと強くなる秘訣よ。私の弟子でいてくれてありがとう...。この世界から旅立ったからにはここには後悔はないと私は思います。なのでみんなも自分の人生に後悔のないように生きてください...。特に今、私についてのことで後悔している人もいると思います。ね、陽介...。私の教えを忘れずに今から前へ進んでいてください。本当にみんなありがとう!...。」
柊とエリス、イザベラは周りの空気感を気にしていて、恭介は何も言葉が出なくてただただ呆然としていてマリアーノは感心して笑みを浮かべており、陽介は下を向いてまた涙を流していた。
「以上よ。」とマリアーノが落ち着いた声で言うと魔水晶を自室の机の上に差布団を敷いたその上に優しくそっと置いた。
部屋を離れる一同だったが陽介だけは動けずにそこへ留まっていた。
しばらくすると様子を見に来たマリアーノが陽介の隣に座り、陽介に話しかけた。
「相当落ち込んでるようね...。やっぱり別れって言うのは堪えるよね...。私は数えきれないほどの別れをしてきたわ。その中には春香ちゃんみたいな送別もあるし、ハピダルみたいな死別だってある。でも数こなしたからって慣れるもんじゃないし、慣れたくもないものよ...。最後に自分の想い。伝えられなかった...?確かにそれは自分を悔やむね...。でもね、春香ちゃんはずっと下向いてたのに最後にはちゃんと前向いて進む決断をした。その姿は凛としていて、戦士の佇まいを残したままいつまでも強い娘だったわ...。それならば、あの娘の弟子である貴方はその意思を継いで、胸張って前進していくのみよ。後悔なんてすぐに切り替えられないとまだ一人前には程遠いわよ...。」
そういって陽介の背中を励ましの意味を込めて叩いたマリアーノは背伸びをしながら部屋を後にした。
マリアーノの言葉で踏ん切りがついたのか、陽介も一呼吸おいてからゆっくりと立ち上がり教会の外へ気晴らしの散歩へと出かけた。
陽介の頭の中は未だに整理できてはいないが、師匠が旅立ったことだけは記憶としてはっきりと脳裏に刻み込まれた。
後悔しても師匠が悲しむだけだと思い込むようにして、自分も前を向いて進んでいこうと思いを固めながら歩いた。
「この場所で、自分のために生きるんだ」と。
これは始まりでもなければ終焉でもない。
ただ自分の思うがままに。
全ては己の魂のために。
自分の過去は脱ぎ捨てて、ただ前に進めばいいのだ。
ご覧いただきありがとうございます。
こちらの作品は不定期更新となっております。
また作者の語彙力のなさなど思うところはたくさんあるかもしれませんが、温かく見守っていただけると幸いです。
また、本作品はTwitterでの投稿告知を行っておりますので是非「蒼翔ユウキ」(@sosho_yuki)で検索していただけると助かります。
今後ともよろしくお願いします。




