第49話~存在意義~
私は何を見ていたのだろうか。
これまでとは全く違うシチュエーションだったことに春香は驚いていた。
目が覚めた時にはうっすらとしか記憶はないが、過去の自分と話ができたことだけは鮮明に覚えていた。
ー あの時の私は何を思って生きていたのだろうか。 ー
何が何だかは正直分からないし、あの時の自分が何を言いたかったのかは正直記憶がない。
脳に情報が急激且つ大量に送られたため、脳内がパンクし、倒れてしまったためある程度のことしか記憶がないのである。
ー 私は私のことをどう思ってたのかな...。結局私ってどういう存在なのかな...。 ー
過去の自分に会ったことで、春香の心の中は吹っ切れていたが、頭の中ではあらゆる思いが駆け巡っていて、ぐちゃぐちゃとした心情である。
正直、意識だけで上手くいくほどこの世界は甘くはない。
どんな魔術を扱うにも一番大切なのは頭の中のイメージだったが、メンタリティだけは頭の中でコントロールできるものではない。
だからこの精神修行が一番大変なのである。
自分の心を折にくる過去の自分やそれを取り巻く環境によって自らに嫌悪感を覚え、それが続くことで精神崩壊を起こすものも少なくはない。
お寺のお坊さんの修行だったり、高校野球強豪校の追い込み練習だったりと比較しても圧倒的な精神的疲弊を浴びることになる。
これに耐えうる者のみがその強さを手にするというまさに鬼門の具現化のようなものだ。
もうしばらく春香は部屋に帰っていなかった。
毎日毎日門の前の芝の上で夜空を見ながら寝るという言わばルーティン化された日々をただただ送っているからだ。
睡眠が唯一のリフレッシュタイムなのかもしれない。
そうしてまた繰り返しの日々が始まっていくのだった。
そして迎えたある日のことだった。
いつも通り試練に向かう春香だったが、今日はいつもと違う世界に来たようだった。
目の前には母親の姿があり、こちらに近づいてくるのが分かる。
母親を前にした春香は非常に驚いており、体が固まってしまったようだった。
頭が真っ白になり、何も考えることができずにただただそこに立ち尽くす春香に母は優しく抱きしめた。
「未来...。ずっと会いたかったわ...。しばらく会わないうちにこんなに大きくなっちゃって...。」
「体はそんなに成長してないはず...。胸が大きくなったことくらい...。」
「そうじゃなくて。心というかなんと言うか、少し大人になったな~って感じたのよ...。」
母はいつもそうだ。
常に明るくて春香たち家族を優しく包み込むような存在なのだ。
溢れ出す母性とその優しい笑顔に春香もすっかり身も心も委ねていた。
「未来、最近は何やってるのかしら?変なことはしてない?周りに迷惑はかけてない?」
「大丈夫だよ...。私は私のやりたいように生きてるだけ。もう一回本当のお母さんに会うためにね...。だから心配しないで...。」
「貴女が大丈夫って言うときは意外と上手くいってない時の方が多いのよ~。本当に大丈夫のとき貴女は”平気”っていうもの。もう何年会ってないかわからないけど、私はずっと貴女のお母さんなのよ。貴女のことなら何でもお見通し。そういうものなのよ...。」
春香は優しく抱きしめてくる母の胸の中で泣いていた。
その優しさはとても尊いもので、久々に味わった親の愛情に春香は堪えきれなかった。
「貴女の強がりは本当は脆く優しい心の裏返し。自分の弱いところを隠したくてついつい強がっちゃう...。昔からそうだったじゃない...。何をするにも強情で、涙一つすらほとんど見せてこなかった。お母さんはね...、貴女がこうして私の中で泣いてるところが見れて、貴女の成長を感じて嬉しかった。涙を見せることがダメだなんてことはないの。嬉しくて、悲しくて、悔しくてって色々な涙があるのよ。私は思うの。泣ける人は自分の素を見せられる人。泣けない人は自分の感情にブレーキを掛けてる人だってね...。だから泣きたいときは全力で泣けばいいのよ...。」
母の言葉を聞いて春香はより強く母を抱きしめ、さらに激しく涙を流した。
「うんうん、貴女はよく頑張ったわ...。でもまだやるべきことがあるんでしょ?」
「うん...。この試練を乗り越えて、そして転生魔法を覚えて。それから...。」
「まだこれから長い道が続いていくのね...。」
「それにまた会いに行けるかなんて分かんない...。前例のないことだし、成功する可能性の方が低いって...。」
「ならもっと頑張らなきゃじゃん。でもさ、大好きなケーキとジュース用意して待ってるからさ...。楽しみにして待っているわ。」
そういうと春香の目の前にいた母は消え、視界も真っ暗になり、気が付いたらいつもの門の中へと戻ってきていた。
「これがお母さんの温もり...。」
春香は全身で感じた母の温もりをじっくりと噛み締めていた。
そして壁にもたれかかりながら床に腰を下ろした。
もしこれが現実ならばどれほどの幸せを感じられたのだろうか、と春香は上を向きながらじっくり考えていた。
その目からは堪えきれずに溢れ出す涙もあった。
「私は何で...。何でこんな...。この世界に来てなかったらもっとお母さんと...もっと...。」
「それは違うんじゃないかしら...。」
門の外からマリアーノが歩いてきてそう声を掛けた。
「私はずっと見させてもらってたけど、この世界に来てなかったらお母さんの温もりにも気付けなかったんじゃないのかしら...。私の見てきた春香ちゃんは心も戦も強くて頼れる女って感じだった。でも時に彷徨ってさ。そういう時、自分に嘘ついて生きてきたんじゃない?今はさ、こうやって自分のやりたい事とか叶えたい事に真っ直ぐに向き合ってるけど...。」
「確かにそうかもしれませんね...。」
私は昔から誰にも弱いところを見せたくなかった。
誰にも負けたくないから、馬鹿になんてされたくないから、見下されたくないから私は私を強く見せるようにこの世界でも頑張ってきた。
嫌なことがあった時には夜な夜な一人で抱え込んで泣いていた日もあった。
ずっと反抗してたし、親からしたら本当に親不孝な娘だった...。
でもお母さんはそんな私でも見捨てずにいてくれた。
お父さんがどう思ってるかは知らないけど...。
そんな自分でも大事に思ってくれる人がいるなら私はそれで...。
上を向いたまま考えている春香に向かって神妙な顔つきをしているマリアーノが言った。
「でも私は諦めてほしくはない。春香ちゃんが現世に戻れたらそれは確かな希望になるわ。転生者は向こうで死んでから来てるから無理だろうけど、召喚者に一抹の希望を与えるような存在になれる。貴女に行ってほしくないって思いもまだあるけど、家族っていいなって私も思ったんだよね...。私はもうこの世界で800年生きる存在だから現世に家族がいるなんて考えられない。でも貴女は違うわ。幸せになってほしいって思うの...。」
改めて思うとマリアーノは非常に寛大な人物である。
他人の影響下にあった春香を受け入れたり、陽介らの転生者に対しての待遇も厚い。
これほどまでに情に深い首長はいたことかと考えさせられるくらいに懐の広い人物である。
以前マリアーノは言っていた。
「エクスパンドライズに住む全ての人が自分にとって財産である。」と。
つまりマリアーノにとって一番大切な存在ともいえる。
なのになぜ春香の夢を後押しし、自ら手放すようなことをするのか、それはまだ誰にも分らないようなことである。
マリアーノはまたすぐどこかに行ってしまったが、春香はそんなマリアーノも自分のことをしっかり気にかけてくれていると改めて確認することができた。
春香にとっては数週間ぶりの他人との接触であったが、この国の魔法の神官という存在を改めて確認することができた。
そもそも魔法の神官とはどのような存在なのか。
一般的にこの世界で魔法の神官と言えば、圧倒的な実力で国を興した王様のことを指す。
魔法の神官の中にはマリアーノの様な召喚者からハピダルの様な転生者、長くこの世界を支配してきた強力な魔物など様々である。
アルザードのリーダー・葉山恭介はマリアーノのことを”精神的支柱で完全なる統括者”と語る。
実際、マリアーノの仕事の一部としてシスター長の様な役割もあり、形式的だけでない精神的支柱という役割を果たしているといえる。
春香が触れたマリアーノの部分というのは恐らく興味の一片である。
元々、自分にできなかったことをしようとする春香に興味があったとマリアーノは言っているが、それにしてはやり方が少し極端すぎる。
誰に言わせてもマリアーノの考えていることは複雑かつ安直でよくわからないと言われている。
もしかしたらマリアーノのそういう所が人格を支えている可能性もあるだろう。
春香も少し考え事をしてから腰を上げ、その場を立ち去った。
ご覧いただきありがとうございます。
こちらの作品は不定期更新となっております。
また作者の語彙力のなさなど思うところはたくさんあるかもしれませんが、温かく見守っていただけると幸いです。
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