第46話~壁~
翌日からも春香とマリアーノの修行は続いていった。
「春香ちゃん、何かあった?昨日より顔が明るいって言うか前を向いて見えるって言うか...。」
「実は昨日、陽介が私の部屋に来たんです。そして彼は私にこう言ったんですよ。『いつまでも自分の心の中に残るんだ。』って。その言葉が私を押してくれたような気がして少し前を向けたんだと思うんです。あとここからは自分次第なんだって思えたら少し気が楽になったんです。」
「あら、陽介が...。あの子も言うようになったものだわ。」
マリアーノは陽介の精神的な成長に驚いた。特に春香との特訓に付き合い始めてから陽介に会うことがほぼなかったため、陽介の話が聞けて少し嬉しくなっていた。
「まあそれで春香ちゃんが元気になれたのならそれはそれでよかったわ。昨日は少し私もなかなか難しい話をしたからね...。それでもこうやって前向いて来てくれた。それなら私も最大限の協力をするわ。」
「それはありがとうございます。そして今日は何を...。」
「今日も精神修行が続くわ。相手の精神を掌るならその前に自分の精神を完璧にコントロールしなけれえばならないのは分かるわよね。自分の苦しい過去を乗り越えなきゃいけないの。それでも過去に潜るのに私と一緒にではあまり意味を成さないわ。それでこれを使ってもらうわ。」
少し歩いた先に出てきたのは何やら大きな門の様な建物だ。横には高く長い壁が連なっており、国境の様な雰囲気がある。
「ここはエクスパンドライズに設けられた北側の壁よ。この壁の向こうには危険な魔獣が暮らしてるから安全のための壁になってるわ。それであの門は一応向こうに行けるためのものだけど、向こうからの訪問者を退けるための結界が張ってあるの。でも結界の向こうに行けるものは限られているわ。それが圧倒的な力を持つ能力者かこの門の中で行われる精神修行を突破した者のみ。この精神修行を突破したならばもう本格的に現世へ戻ることができる可能性が生まれるわ。」
一通りマリアーノから説明があったようにこの場所より北側には魔物や魔獣が多く住みつく大森林があり、そこには想像ができない様な世界が広がっている。そのため常人には踏み入ることができない様な場所となっている。ちなみに東側は崖があったり平地があったりする、アンドロメダ皇国と衝突した場所である。西側は山とその麓の平野に覆われた地域で、その向こう側にはまた別の国がある。南側には港があり、アンドロメダ皇国への上陸作戦を行った際にアルザードとステピックムーブが出航した場所である。西側地域は奇襲を受けた地域でもあり大きな損害が出ているため、現在進行形で復旧作業が精力的に行われている。
「でもどうしてこの外がそう言った扱いをされているんですか...?圧倒的な能力の使い手が立ち入ることができるのは何となく理解はできますけど、それと試練を突破した者との差は何処へ...。」
「その差って言うのが多分これから体感することになると思うんだけど、簡単に言えば結界を自らの手でこじ開けられるか否かよ。能力者でいうと、それこそ私、もしくはそれ以上の能力者しか合致しない。個の力だけで結界を破壊できるだけの火力とそれに伴う能力、センスが大事だわ。試練を受けた人はここを抜けるためには相当な精神力が鍛えられるわ。試練の中で得た力は大きくって、最初に試してみた結界を張るっていう能力の応用から、ある程度の精神攻撃まで、かなり広範囲に生かすことができるわ。」
「でもどうしてわざわざこんなところを作ってまで結界の外に出ようと...。」
「それは前も話したことあると思うんだけど、無能力者に精神魔術を覚えさせるのに全員を一気に鍛えられるようにするためよ。それで何か目標があったほうがいいかな~って思ってこんな感じにしてみたの。建物でやるのと私がやるのは全く同じものだからどっちでやってもいいんだけど、できる限り私の力の消耗を抑えるため、くらいの感覚かしらね。それに試練には何時でも何度でも挑戦できるわ。まあとりあえず一回行ってみたらいいんじゃないかしら。」
マリアーノの言う通り春香は一度試練に挑戦することとなった。
一度でクリアしたいという気持ちを心の中で押さえつけながら、春香は前を向いて門の内部へとゆっくり歩いて行った。
門の内部には複数の空間があり、目の先には結界の外の森林の様子が見える。内部には照明はなく、外から入り込む日光が唯一の明かりだった。
春香はまず一つ目の空間に脚を踏み入れていった。全身が入ると体が浮いているような感じがし、視界にはテレビの砂嵐の様なものが360度全てに見えた。そして少し寒くなっていき、手足を自由に動かすことができなくなっていった。
「第一ノ試練ヘヨウコソ、春香未来。お前ニハ己ノ過去ニ向キ合イ、葛藤シ、乗リ越エル。ソレガ第一ノ試練ダ。」
少しカタコトな日本語が空間上部から聞こえてきた。それによると、第一の試練は自分の過去を乗り越えることだという。
その内容で春香は少し疑問があった。それはマリアーノにも過去を見せられたからである。マリアーノがこの試練の製作者だと自分で語った以上、その内容は把握しているはず。ならばなぜ自分に試練の前に見せてきたのかが理解できなかったのだ。
そんなことを考えていたら砂嵐から視界が徐々に切り替わり、何やら病室の様なものが見えた。その病室には赤ちゃんとその子を抱くその子の母親の姿があった。春香は少し離れたところから親子のことを見ていた。
「あら~。未来ちゃん。起きちゃったの~。お腹すいちゃったの~。」
その母親が赤子に向かって話しかけていた。それを聞いて春香も思わず反応していた。その女性の顔を春香が見るとその声の主は母親だった。
「お、お母さん...なの...?」
次元が違う所に存在している自分の声は届くことはないのに、そんなこと春香は知らなかった。それでも目の前にいる母親に向かって声を掛け続けた。
「ねぇ...。お母さんなんだよね...?私はここ...ここにいるの。その子じゃなくて私はここに...。ねぇ、どうなってるのこれ...。」
春香は今自分が何を見ているかもわからないし、いくら話しかけたところで母親に声が届くことは決してないということには気付かなかった。ただ目の前にいる女性が母親であることはその誰よりも優しい口調からわかっていた。
少し気持ちを落ち着かせてから春香は今いる状況を整理した。
まず今自分の目の前にいる女性は自分の母親であり、その母親に抱かれている赤子が春香未来、自分自身その者であるということ。つまり自分自身の過去を俯瞰しているということ。そして自分の声は届かないということと、向こうから自分の姿は見えないということを理解した。ただしこの世界では自分の好きなように身動きが取れるということだ。
春香は暫く母親と自分のことを見つめていた。時には母親のすぐ近くでその温もりを感じながら、時には少し離れてその景色を目に焼き付けようとした。
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