第44話~2015年、とある夏の日。~
マリアーノが差し出した手を春香が握ると体に電気が走ったかのような痛みを感じ、視界が渦を巻いているような感覚がした。そして浮遊感を感じ、意識が遠のいていくような気がした。
しばらくたって目を覚ますと、そこには見慣れないような景色があった。
道路を走る車、道行く人が皆手に持っている小さなスマートフォン、街頭ビジョンに映る謎の老人、春香の知っている世界とは非常に乖離した世界があった。
「...。あれは、時計...?今は、7時35分...。まだ朝早いのね...。」
皆の朝は早い。慌ただしく駆け巡るスーツを着た多くの人、学生服のような服を着ている人、絶え間なく来る鉄道にパンクしそうなほど走っている車の姿が見える。
「春香ちゃん、私はここよ。」
「マ、マリアーノ様...。ここはいったい...。」
春香は困惑しているがそれを見せないようにしている。不思議そうな顔をしてマリアーノの顔を見つめている。
「ここは2015年7月21日、火曜日の東京、渋谷。でもこれは実体をもって私の過去に飛んだわけじゃない。私の心の中にある記憶の中に飛び込んだ、って言うのが正解かしら。つまり私視点での世界を覗いているわけ。過去に干渉できるわけじゃないし、好きに移動できるわけでもないわ。」
「2015年...。私が生きたのは2857年...。東京はもう人が住めるような状態じゃなかった。東京は腐敗した建物に植物が根付いて森のような感じになってた...。電車なんてここ東京には走ってなかったし、車は全部空を飛んでた...。文明の違いはこれほどまで...。」
「そうみたいね...。私にもあんまり記憶はないけど時々こうやって過去を覗いて人生を振り返ってるのよ。現世で過ごしたのはたった16年。それでもこの世界への後悔もあったわ...。この高校にも通ったのは一年だけ。その先の世界も体験したかったって言えば噓ではないわ...。」
沈黙の二人を背に鳴り響くセミの声。教室の中で校庭の様子を見ている記憶の中のマリアーノ。徐々に賑やかになっていく教室。それでも外を眺め続ける彼女であった。
「マリアーノ様、もしかして...。友達って...。」
「私に友達なんていなかった...。それが答えかしら。それでもこの先の世界を見てみたい、生きてみたいって思ったのよ。高校では出だしが悪くてさ...。気づいたら一人だった。そんな時の夏休みに私はこっちの世界に来たの。正直私の過去なんて見ても何にも面白くなんかないわ~。」
春香はマリアーノの過去を見て、少し悲しいような切ないような、そんな気分を味わった。笑顔で過去の苦しいことを打ち明けるマリアーノの姿を見て、どのような表情をしていいかが分からなくなっていた。それでも気になることはただ一つであった。
「記憶の中に入り込む...。それはいったいどうやって...。」
「これは転移魔法の応用だわ。でも前も言った通り、これには精神の鍛練が必須。自分の過去を乗り越えなければ記憶の中に入り込むことだって、過去に干渉するのだって不可能。手順を踏んでいかなきゃいけないのよ。」
記憶を覗くのが過去を振り返る術式において、一番簡単なものである。その次が過去に干渉することである。しかし過去に干渉する際に、矛盾が発生した時点で世界から消滅することになる。そして最後に現世に戻るということだ。
「今日のところはこれくらいにしておきましょうか。私はもう何回も見た景色。今でもたまにこうやって過去を振り返るようにしているのよ。親とも急な別れをしたし、未練がないわけじゃない。でも次のステージに立たなきゃいけないのよ...。初心を忘れちゃいけないけど、引きずりすぎもよくないわね。時間は流れ、過ぎ去っていく。その中でできることはいかに未来を明るくしていくか。なんじゃないのかしら...。」
「マリアーノ様は離れてもう800年程度たっているからあの...。もう前を向いていられるのでしょう。ですが私はまだ数年。現世で過ごした時の方が長い。簡単に未練を捨てられることはないのだと...。」
「未練を捨てる必要はないわ。それに貴女の目標は現世に帰ること。それなのに未練もなかったらそれは何のためなのかしら。心残りがあるからそういうのがあるんじゃないの?何か成しえたいものがある、何かを叶えたいから、そのために頑張ろうってなるんじゃないのかしら。私にだって未練はある。でも...。私にはその未練以上に大切なものができたからこの世界で頑張ろうと思ってる。人はね、ただゴールするだけじゃいけないの。その先にある目的のためにゴールを目指すのよ。スポーツでもそうよ。私がいたあの頃はちょうどラグビーが流行ってたかしら...。ゴールが得点を入れることだったらそれは何のためにやってるの?試合に勝つ、そしてその喜び、感動を共有したいからよ。だからそのゴールまでの努力を怠らないのよ。」
ー ちょっと言い過ぎたかしらね...。でも私の言ってることは決して間違ってるわけじゃない。私にだってもちろん未練はある。でも春香ちゃんみたいにもし戻れてもってことなのよね...。
二人が目を開けると記憶の世界から戻って来ていた。春香は少し何とも言えないような表情をしていた。やる気に満ちているといえばそう。少し悲壮感が漂っているといえばそれもまたそうである非常にわかりにくい複雑な表情だ。
「さて、じゃあ何から始めようかしら。」
マリアーノは得意げな顔をして春香の顔を覗き込んだ。そして顔を近づけていきじっと目を見つめている。
「私の...私の記憶も見て欲しい...って言うかなんと言うか。って私何を言って...。」
春香の目から零れ落ちる数滴の涙。それを見て感じ取ったマリアーノがゆっくりと口を開いた。
「そう言えば私も春香ちゃんの過去は知らないわね...。2800年代の世界って言うのも見てみたいし、記憶の中、入っちゃおうか。これも精神修行の一つよ~。私もだけどしっかり心に刻んでおくことね...。」
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