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柊高校物語  作者: 萌葱
56/61

棘2

いつもよりちょっと、長いです、分割も短縮も難しくすみませぬ

 なんでこんな事に……。

 私、香川 佳純はホカホカとした御前汁粉を手に軽く固まっていた。

「どうぞ?」 

 目の前の楠さんは勧めてくるけれど、こんな古い小さな店のお汁粉など本来なら口にしたくも無い……だけど

「無理なら残して帰ってもいいぜ? 口を付けてない状態なら俺が食っとく」

 憧れの人が聞いたこと無いほどぞんざいに、でも今までで一番近い距離感で私に声を掛けた

 

 加賀 裕一郎さん、子供の頃から両親に連れられて何度も集まりには参加していたけれど、時々お姿を見られるこの人は、私の憧れだった。

 子供の頃から何度も開催されてたそれに、いらっしゃるかは気まぐれで……けれど、その1度1度は、殆ど言葉も交わせないままどうしようもないほど私の胸に刻み込まれた。 

 同い年でありながら、加賀の次期後継者とも評判の高い貴文さんと肩を並べ、私のお父様達と対等にお話をしていて、海外からのお客様とも通訳の力も借りず楽しげに冗談を交わし合い……そして、ダンス。

 決まった相手はいらっしゃらなくて、いつも年齢も身長も国籍までも異なる様々な方々と踊っていて、その見事さは有名だった。

 私はいちどだけ、その手を取って貰えたことがある。

 

 通う学校も路線も駅も違うのに、私の横を自転車ですり抜けて通り過ぎたあの日は眠れなかった。

 何処かに用事があるらしく、真っ直ぐにあっという間に走り去ってしまって、それからは本当に時々、そんなふうにすれ違うようになって、何度目かで気が付いた……同じように自転車に乗った女の子が一緒な事に。

 それから暫くしての集まりで、塾の話をしているのを小耳に挟み、意外に感じた。

 私も私の友達も家庭教師を自宅に呼ぶのが当たり前で、加賀家の方々も同じだと思っていたから。

 もう少しお側に行きたい……その思いを諦めきれず、お父様にその塾を聞いて貰うことに成功して、短期的な体験という形ではあったけれど通うことが決まった時は、本当に嬉しくて。

 初日の教室に入ってこられた時は息が止まってしまうんでは無いかと思った。

 ……思わず見つめてしまう私の視線を受け止めた彼は、あれ? と、思うように目をわずかに見開いて、気が付いてくれたと判った。

 軽く会釈をした私にそれを返して下さるのに、どくりと心臓は音を立てて………けれど、そのまますっと離れていった。

 諦めきれず追った視線の先で、親しげに前の方に居た女の子に声を掛けていて……初めて見た、あんな砕けた笑顔と言葉。

 背が高くて黒髪のショート、その姿にハッとした、あの時スカート姿で自転車を漕いでいたあの子も、確かそんなだった。


 塾内で会えたのはあの一度、理由は加賀の姫が来日中と言う事で察しは付くと共にタイミングの悪さに歯噛みをしたけれど、暫くしてこれはチャンスなのでは? と気がついた。

 貴文さんに姫、あの人にふさわしいのはそんな方々、なのに当たり前の顔をしてあの人の側に居るあの子……近づいて、相応しくなければ身の程を教えて上げるべきなのでは無いか? って

 

「食わねーなら貰うけど? 冷めたら勿体ねぇし?」

「っ! ……あっ!」

「っちゃぁ……駄目だよ、加賀、急かせたら火傷しちゃうでしょ?」

 声を掛けられて、慌てて口を付けたら、思ったより熱くて吃驚してしまった……でも

「え? ……美味し、い?」

 習っているお茶の席で頂く和菓子と遜色のない、雑味の無いすっきりとした小豆のうま味としっかりとした甘さ、思わずこの庶民的な店内を見回してしまう。

「はっ、味分かんじゃん」

 途端、いたずらっぱく破顔されたのに目が釘付けになる。

「良かった」

 けれど、誘ってきた楠さんが私を見てくすりと笑うのにやはり体が固くなる

「美味いだろ? ここの」

 憧れの人の近距離笑顔と楠さんからの声かけでジェットコースターみたいな心地で居ると

「俺、いつもの買ってくるわ」

 素晴らしい速さでお汁粉を食べ終わった、加賀さんはすっと席を立って入口近くにあった販売コーナーに行ってしまう

「あ……」

「あのね? 香川さん?」

 ふたりきりになって、真っ直ぐに見つめられ固唾をのむ

「今日は付き合ってくれてありがとう、あの日帰ってから気がついたの、ご馳走して貰う理由がないなって」

「……」

「だから、お返しをね、したかったの……貴方はそんなもの欲しくは無いかもしれないけれど」


 何度か話しかけてみたけれど、取り立てて特徴の無い普通の子、としか思えなかった。

 頭が良いわけでも無く、美しくも無い……加賀さんが側に居る理由は只の物珍しさで、それならば早く目を覚ますのがお互いの為でもあるって。

 だから、あの場所で釘を刺せば、少なくとも分不相応なことは判るかなって、思ってたんだけど……。

 予想に反してあの日の彼女は服装こそパーカーにジーンズだったけれど、すっと背を伸ばし、私の言葉に激高するどころか、いなすようにはいはいと頷きながら、素晴らしい速度で目の前のアフタヌーンティーセットを空にすると

「ごちそうさまでした、お呼ばれしたけれど、貴方は私と居たいわけじゃないようだから帰るね」

 そう言って、席を立ってしまった。

 最後の抵抗のやせ我慢……そう自分を納得させてたんだけれど。


 初めて正面からふたりが並ぶ姿を見て、……気がついてしまった。

 加賀 裕一郎さん、長い間焦がれて、憧れ続けた人。

 パーティではいつも人に囲まれて、快活に場を盛り上げ、人懐こい笑顔を振りまく姿をずっと見つめて居たのだけれど。

 ……この人を見つめるときのような切ないような優しい笑顔も、心をさらけ出すような砕けた態度も見たことは、無かった。

 結局、私がしていたことは、折角追いかけてきたあの場所でも一緒には居られなかったことへの八つ当たりと、いつも近くに居るこの人への嫉妬だった……って。

 

  

次作来週月曜日頑張ります

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