どうしよう?
もうすぐ出かけなきゃなので、早いですがupしておきます
「楠さん! あぶない目に合ったって? 大丈夫?」
この先の会話はあまり人数を増やさない方が良いだろうと言うことで、表向きは休憩時間として、準備室に籠もったのは、私、楓君、加賀に加奈子、それに部長と部長が安全確認を兼ねて呼んできた岬先輩の6名だった。
「はい、幸い動く前に気がつけたので大丈夫です、先輩はどうでしたか?」
「私の方はなにも、でも、これはどういう事? 最初は私、その次は私のスタントである楠さん……」
「それは多分、靴に近づいた人間から導き出せるんじゃ無いかな? 加賀君その3人って誰?」
「楠本人とヒルダの母親役の道下、衣装係、だな……因みに道下は、体の陰に入ってたから絶対とは言えねーけど、自分の靴取りに行っただけと思うぜ?」
「衣装係? 先輩の靴に用があってもおかしくは無いですが」
「あぁ、俺も紐の確認でもしてんのかって………もっと早く止めときゃ良かった」
私を見る加賀は、見てたのに止められなかったことが悔しげで困ってしまう
「そんなことないよ、見守っててくれたなんて知らなかったし」
「衣装係……加賀君、髪型は?」
固い声にその顔を見ると岬先輩の顔は青ざめていて握りしめた手はかすかに震えている様に見えた。
「ポニーテール」
そして、加賀のためらいの無い返答に岬先輩は顔を覆ってしまった。
その後部長はすぐにその『ポニーテールの衣装係』である竹下さんを部屋に呼びに行き、準備室に入るときはもう観念していたのであろう彼女は、私たちが特に何も言わなくてもつるつると経緯をしゃべり出した。
彼女は、加賀も私も衣装係のひとりと思っていたけれど、本当は脚本がメインで衣装係は兼務だったそうで、今回の作品の前は彼女の作品を上演したらしい。
彼女の描く脚本は、見る方にも下地が必要とされる難解さが売りで完成度は高いけれど、エンターテインメントと言う側面になると少し弱くて、演技好きの集まる定期公演やコンテストには向いているものの、不特定多数が集まる文化祭となると人を選ぶのではないかと言うことになり、文化祭については以前上演されたことのある脚本の中から人気の高かったものを選んだらしい。
彼女はヒルダの物語はありきたりすぎると反対だったらしいけれど、部員同士の話し合いで決まったもののため、表向きは受け入れ……けれど、彼女のこだわりは密かにもうひとつ有った、らしい。
今回岬先輩はヒルダ役だったけれど、本来は部内では男性役をすることが殆どで、その姿のファンも多く居るのだとか。
確かに岬先輩は背も高くヒルダの制服も男物の軍服、役柄は『男装の麗人』で有ることを考えても、男役は様になるだろうと思えた。
ただ、彼女は岬先輩の『女性としての役柄』がそもそも認められず、陳腐なシナリオに恋心に振り回される女性役、どちらも受け入れられなくて、とうとう小石を仕掛けた。
……主役のどちらかが怪我をすれば、例えば岬先輩なら彼女の女性役は見ないで済むし、楓君であれば岬先輩がジェラルド役をする可能性も出て来る。
……けれど、実際に大好きな憧れの人を怪我をさせてまで得た結果は、私という代役を得て、岬先輩の出演は変わらずという最悪なものだった。
結果、彼女からみれば紛い物でしかない私が直前で怪我をすれば、この劇をもう見ないですむと、とうとう靴に蝋を塗ってしまった……と
「ごめんなさい! どんな風にも謝るわ、どうすればいい?」
けれど、話が終わった途端、私と楓君の前に膝を折ろうとしたのは、岬先輩で
「……っ! やめて下さい、足に負担が掛かります!」
慌てて押しとどめる。
竹下さんは、そんな岬先輩を涙を流しながら呆然と見つめていて
「ああ、やっぱり私は言葉が足りなかったみたいだ……本当にごめん、竹下を蔑ろにしたつもりは無かったのに」
私の未熟さが招いたと、部長まで苦しげに呟いて、私たちに深く頭を下げ
ふたりは後輩である竹下さんを守ろうと、土下座の勢いで謝り出すから慌ててしまう。
そして、何だか切なくなってしまった、多分この人達は演劇も演劇部も大好きで、でもちょっと行き違ってしまったんだろう
「ねぇ、竹下さん? このふたりを見てどう思う?」
残酷な問いかけかもしれない……だけど彼女はこの現実をしっかり受け止めるべきだと思う。
「ごめん、なさい……私、もう私の居場所は演劇部には無いって思ってしまって、見たくないものばかりで……もう、消えちゃえ……って」
ごめんなさいと繰り返しながら、その場に泣き崩れる小さな姿にため息が漏れる
「どうしよう? 楓君」
どうやら最初に狙われたらしいのは楓君らしいから、相談するつもりで視線を合わせると
「僕は結局無傷です、ターゲットだった事すら知らなかった……ただ、先輩に関しては怒りますよ?」
「え?」
「靴に蝋を塗るなんて、本当なら大怪我をしてもおかしくなかった、たとえ怪我をせずにすんだとしても、そこだけは許せないです」
ギュッと拳を握りしめて、震えて泣く小さな竹下さんを睨み付けるのに驚いてしまうと、楓君はふうってため息をついて
「……とはいえ、先輩が許したいのなら、僕はこれ以上は言いません」
その姿から視線をそらし、さっきの激しさをふっと消してくれた
「言って置くが、俺もお前が怪我しかけた事、怒ってはいるぜ? 栗田もだろ」
「私も怒りはある……だけど、優穂がこの役続けたいって言うなら……どうする?」
加賀も加奈子も私を真っ直ぐ見て聞いてくる、から私も3人の顔をじっと見る、みんな私を見る目は凄く優しくて
「心配掛けてごめん、感謝してる、だけど、私はやり遂げたいから……もうちょっと、付き合って貰っても良い、かな?」
我が儘な願いだと思う、危険があると聞いてすぐに帰ろうとした加奈子に、出演を止めた楓君と守ってくれた加賀。
なのに私はこの劇を諦めたくなくて、我が儘を言ってしまった、結果彼らの心配したとおりになってしまった、のに、この期に及んで今も投げ出すことはしたくなくて。
呆れてるよなぁって、覚悟してたのに、私を見守るみんなの瞳に、思わず息を呑んだ。
それは……判ってるって言ってくれるように、優しくて。
初めて私は、彼らにとても甘やかされているのかもしれないって……思った。
長かった演劇編、もう少しで終わりです。
お付き合い頂きありがとうございました。




