いや、無理
特に章分けをしては居ませんが、ここより新章となります。
よろしくお願いいたします。
「いや、無理」
加奈子から放課後話があると言われて、LHR終了後連れて行かれたのは演劇部だった。
様々な舞台衣装などが並ぶ部室の端に、備品なのか舞台装置なのかよく判らない小ぶりのテーブルセットがあって、勧められるまま腰を掛けるなり、目の前に立つ演劇部部長から、今年の文化祭への出演を頼まれた。
桜井さん、確か1年の時加奈子の口から時々名前を聞いていた演劇部の人だったと思う、2年なのに部長なのは聞いていたとおりの熱心さ、とは思うけど、つるっと出るのは断りの言葉、でもよく考えたって答えは同じだと思う。
「桜井、説明が足りない、この子はね? 幼稚園以来やってきたのは、木の役、石の役……1番人に近づいて村人Aだよ? 普通の役なら引き受けないよ」
「加奈子、それを知ってて何でここに私を連れてきた?」
幼なじみは伊達では無い、私も今まで加奈子のやってきた役は大体覚えている。
だけどそんな事をここで披露しても仕方ないし、日頃情緒が無いと言われる私が演技に向いてないなんて誰より知ってるはずだ。
「ああ、そっか、悪い、どうも私は言葉が足りない、楠さんに頼みたいのはスタントマンって言うのかな? 台詞は無い」
スタントマン? 台詞が無い?
「映画でも作るの?」
「いや、舞台なんだけどね……。」
今回の文化祭の主役は男装の麗人だそう。
見目麗しい彼女は、けれどドレスを身にまとうことは無く、常に剣を振り回し馬に乗り男物の服を身にまとい……っていう、どこかの王道少女漫画で見たようなお話。
「ありきたり、だと思うかな? だけどね、短い時間でエンターテインメントに徹するにはこれくらい判りやすい方が良いんだ、今回はコンテストではなくお祭りなんだから、お客さんには楽しんで欲しい」
まぁ、良く小劇団で上演されるような小難しい物は、少なくとも文化祭でやることでは無いというのは賛成。
コンテストの入賞も多い格式と伝統ある演劇部なのに、一般生徒の集まる文化祭ならば優先すべきはエンターテイメント! という心意気も小気味好いもので……いや、でも私がやったらぶち壊しになるよ?
「岬先輩、準備出来ました? 大丈夫ですね? ……多分説明するより早いと思うから、ちょっとこれ見て欲しい」
その言葉に準備室の扉から出てきたのは、栗色の巻き毛に緑の瞳、白地に金で縁取られた華やかな軍服っぽい服を着た……男装の女性? 彼女が目の前のソファーに座ると落とされた部屋の電気と、入れ替わりに灯るスポットライト。
「ひらひらとした蝶のようなシフォンのリボン、ライム色の薄い生地を花びらのように重ねたドレス……あの日まではそれが私の宝物だった」
呟きながら、背もたれにかかっていたドレスを手に取る
「今……さら、か? もう、着方すら覚えてないというのに?」
「母上の耳元でキラキラと光るイヤリング……この髪を結い上げる頃には私にも贈られると聞き、心密かに憧れていた」
胸元まで伸びた長い髪を苛立たしげに握りしめると
「けれど、この髪はどれだけ伸びても結い上げる日など来なかった!」
深く、重いため息
「勝手なことを言う! 今更? ああ! すべては今更! だ! 女に、戻れ、などとっ」
不意に感極まったように手元のドレスを投げ捨てようとし……けれど、彼女はふとその力を緩め、そっと、そのドレスを胸にかき抱くと
「ならば何故? あの時私はこれを着て……あの人の前に立つことを……諦めねばならなかった……?」
それが何か恐ろしいものでもある様に小刻みに震える手で、そっと撫ぜると
「ふっ……馬鹿なことを、もう、忘れた、はず」
瞬間スポットライトはぱっと消え、やがて部屋の電気が付いて、
ああ、そういえば私相談受けてここに居たんだった。
「どう?」
してやったりのどや顔の部長の顔にはちょっとイラッとしたけれど
「良いね、思わずのめり込んだ」
「でしょ? でも怪我しちゃったんだ」
「え……?」
言われて目をやれば、目立たないながらも踝のあたりに強く巻かれた包帯、言われてみないと気がつかなかったけれど、そういえば彼女は演技中、殆ど移動はしてなかった。
「文化祭までの日数では歩くのがやっと、でも、幸か不幸か先輩が動くのは剣劇シーンのみ、……だから、楠さん、お願いできないかな?」
心を打つ演技は彼女がどれくらいの間練習してきた物なのだろうと思えるもので……幸いうちのクラスの文化祭は展示がメインで、前日の飾り付けと持ち回りの受付をこなせば余り出番は無い。
何より、最後まで彼女がこの劇をやり遂げるのを見てみたいと思ってしまったところで、私の負けなんだろう。
「で? 具体的には私は何をしたら良い?」
大好きです、王道少女漫画。
ここより暫くの演劇編、お楽しみいただければ嬉しいです。
続きは次週月曜日となります。




