いつも変な二人はいつも通り
今日のオタク女子が変だ。
朝から心ここに非ずな様子で、二時間目を終える頃には変だと確信した。
「朝の時点で確信して欲しかった!」
「日頃のおこないだろ?」
「酷いこと言ってないで助けてよ! どうやら、私は戦隊番組が存在しない世界線に迷い込んてしまったみたいなんだ……」
「……」
急に声を低くしてシリアスに言ったが、いつも通りかもしれない。
なので、とりあえず聞き流すことにした。
「イケメンの若手俳優の供給源でもあるけど、やっぱりチームで力合わせて悪と戦い、自分たちの弱点を補って幹部クラスを倒して行くのが楽しいんだ。それが無い世界なんて信じられない……だから、戦隊番組が存在する世界線に帰るのを手伝って欲しいんだ」
オタク特有の早口で、よくもまぁペラペラと噛まずに言えるものだと、黙って聞き流す中で感心した。
「無理」
「なら、せめて励ましてよ」
「嫌だし、勝手に立ち直れよ」
「何でそんな冷たいこと言うの!」
「ただのクラスメイトだからだろ。話は聞くだけ、簡単そうなら手伝うけど。それ以上でも、それ以下でもないからな」
「だったら気持ちが上がるように、お兄ちゃんに女の子になってもらえるようお願いしてよ!」
「は? なんで兄貴? しかも女装とか、一番嫌がるヤツだぞ」
「だってだってうちの県の性癖、去年がつるぺたで今年がフタナリだよ」
「だよって、何の統計だよ。恥ずかしい」
「ダウンロードサイトでの年齢制限作品ジャンルの国民投票結果だよ!」
「嫌な投票だな! 教室でする話じゃないだろ」
「つるぺたなうえにフタナリって、お兄ちゃんなら完全再現じゃん! 解釈一致でしょ?」
「何の完全再現だよ! 解釈一致って誰と? 話続けるなって。今でさえ兄妹なのが恥ずかしいのに、これ以上やられてたまるか!」
このままでは泥沼だし、バカみたいな会話を続けたくないので、手を伸ばして相手の頭をホールドする。
「ああっ! 暴力で黙らせる気?! 落ち込んでるクラスメイトをアイアンクローで黙らせるの!」
「落ち込んでるとかどの口が言う。十分元気じゃないか」
「それに『殺らない後悔より、殺る後悔』って言うしね」
横から友達が入ってきた。
長い黒髪に澄まし顔、もちろん涼火よりも背が低い。
「それだ」
「言わないよ!」
間違っていても納得する声に、オタク女子は異議を唱えて抗う。
「二人とも国語勉強し直した方が良いんじゃないかな! ね! ここは一旦お互い手を引くってことで許そ!」
「わたしより成績下の人に言われたくない。あぁ、ちょうどいいじゃないか。一度死ぬと異世界に行けるのが定番じゃないか」
朝月とそういう作品はチラッと目にしたことがあるし、もちろん目の前のオタク女子からも、ちょくちょく聞かされていた。
「私が行きたいのは異世界じゃなくて平行世界! アルファからベータみたいな世界線の移動がしたいの! 51番目の戦隊番組がある世界に!」
「だったらワンチャンあるかもよ。幽体離脱すると思念体? になるんでしょ? なら過去とか未来とか別世界だって行けるかもよ」
「このっ、にわかオカルト知識で適当言うな! アイアンクローの餌食になるのは私なんだぞ! ああっ! 今鼻で笑った!? 陽キャだからってオタクを笑うのは許されないんだからなぁあぁぁぁががぁがー!?」
別にオタクだからでなく、変わっているから笑われたオタクの喚きが、アイアンクローによって悲鳴に変わる。
「わぁ、ネオアメリカのファイターの頭部破壊みたいだ」
男子の中からどこか感動に似た声が聞こえた気がした。
「ヤバい……人妻に目覚めてしまった」
メガネ男子がまた変なことを口走り出した。
もちろん、朝月がかける言葉はない。
そっと距離を取るだけだ。
授業中、トイレに行きたかったので、無言で席を立ち教室を出る。
普通の神経の持ち主であれば、相づちも無く席を立てば察するだろう。
だけど、メガネ男子のメンタルはおかしいので、トイレまでついてくる。
「ネット見てたら、女児アニメの記事が回ってきてさ。人を襲う敵と戦う魔法少女なんだけど、この回は魔法少女の一人が風邪で寝込んでしまう話で。敵との戦闘で他の子がピンチのところに、内緒でしてた魔法少女の事情を偶然知っていた母親が『娘の代わりに私が戦うわ!』って現れるんだよ」
すると少女たちを魔法少女に変身させていたマスコットキャラが、選ばれた女の子しか変身して戦えないって言うけれど、風邪を引いて寝ている子の母親は『娘が変身出来て、私が変身出来ないわけがないわ!』と叫ぶのだと言う。
そして娘のアイテムを構えて変身ポーズを取ると、なぜか変身シークエンスが開始され、登場人物たちが驚く中変身を終えて、しかも勝利する。
「なんでも、有識者曰く。変身後のデザインは娘の衣装を踏襲しつつ、母親はアレンジで髪の長さが短く見えるようにされ、大人なのに体も一回り大きくなって、少女が変身すると体つきや成長したり、身バレ防止の変化も引き継がれていて良いらしい」
「……」
「しかも娘より布面積が増しているのに、なぜかエロくて大友には大ウケなんだよ。あ、大友ってのは大きなお友達の略な。アニメ以外にもバーチャル配信者の中でも、実の母親の方が娘より沸いてたするんだよな」
最近、視聴していたゲームの実況配信で、お礼を言われたいがためにコメント欄にアドバイスを送っていたけれど、アップデートでコナツモードが追加され、自分の役目は無くなったとメガネ男子は肩を落としていた。
そのモードが何なのか分からなかったけれど、要はかんたんモードらしい。
本来はあるゲームだけでさしていたが、一時的に今は伝わると教えられた。
結果かんたんモードの導入により、褒められる機会が奪われ、落ち込んでいられるよりはマシだけれど……
「もういい? いい加減に出てってよ!」
個室トイレの内側から、扉の外に立つメガネ男子に怒った。
用をたそうとして個室トイレに入ったのに、ずっと話しかけられているせいで、出る物も出なくて困っていた。
しかも一々説明が長くて鬱陶しさが倍増している。
早くしないと休み時間も終えてしまうし、次の休み時間まで我慢出来そうにない。
誰かに聞かれるかと思うと、恥ずかしいし出しづらかった。
お昼になり朝月はクラスメイトの男子グループに声をかける。
「ねぇ、お昼一緒に食べていい?」
「え? あ? あぁ……」
一人の男子が困惑と不意を突かれたような曖昧な反応を見せ、他のメンバーの顔を助けを求めるように見回す。
「別に構わないが、珍しいな。アイツと食べなくて良いのか?」
「別に約束なんてしてないから。いつも勝手に近くに来て一緒に食べてただけで問題ないよ」
「そうなのか?」
さっそく机を合わせる輪の中に入る。
「めちゃくちゃこっち見てくるけど」
「別に良いんだって。見てくるだけで、何もしてこないから」
陽キャの輪に飛び込む勇気もないだろう。
声をかけられないだけなので、放っておいても実害は無いはずだ。
トイレのせいで遅刻してしまったから、少しは反省すればいいと朝月は怒っている。
「私たちも混ぜてもらって良い?」
女子二人がやって来て聞かれた。
「良いか?」
朝月も含めて一人の男子が、他のメンバーたちに確認を取る。
朝月もそうだけれど、男子たちは皆当然のように頷き返す。
メガネ男子のように喜んだり、クラスメイトの女子に緊張したりしない。
「いーよ」
「ありがとう」
寄って開けたスペースに女子たちが加わった。
「おい、許してくれないか」
不意に声をかけられ、朝月は肩越しに相手を見やる。
「あっち行って。謝りもしないのに、許すもなにもないだろ」
「俺も遅刻したんだが?」
どうせ話せる相手が他に居ないから、喋りたくて待っていただけだろう。
「知らないよ。勝手にトイレから出てくるの待ってただけだろ」
「じゃあ、謝ったら許してくれるのか?」
「許さないよ。だって悪いと思ってないんでしょ? 悪いと思ってない謝罪ほど要らないし、人を怒らすんだからね。だから、謝ったところで許さないよ」
無視するつもりだったけれどつい相手にしてしまい、仕方なく許す気は無いことを伝えると、ざわめく教室内にポッカリと微妙な空気が生まれる。
お昼休みになり気が緩んだ喋り声が飛び交う中、二人の間には沈黙が落ちていた。
「……くっ、使いたくはなかったが! コレを見ろ!」
「?」
スマホ画面を見せられ、何か弱味でも見せられるかと思ったけれど、小学校とかでやったハイドロディップみたいな斑模様が映されていた。
「俺を許せ!」
「……………………許さないが」
「くっ! やはり現実ではダメか」
歯噛みするメガネ男子。
再び視線をスマホに戻すと、ミミズみたいな文字で、saiminーー催眠とローマ字が入っていることに気づいた。
五円玉を糸で吊って、顔の前で振り子のように揺らす催眠法の現代版なのかと朝月は思った。
要はアニメで見たことある、瞳に『ひ』みたいなマークの浮かぶ力みたいに、絶対遵守の命令で許してもらおうとしたのかもしれない。
「何あれ?」
女子片方が疑問を零すと、朝月以外の男子の肩が小さく震えた。
「な、何だろうな……」
一人が肩をすくめてみせると、他の男子も分からないといった反応を取る。
すると女子の中の一人が呟く。
「女の子に催眠かけて、エッチなことするアプリじゃん」
その場に居た男子は、メガネ男子を含めて肩を跳ね上げた。
「は?」
朝月は聞き間違いかと声を漏らす。
「もちろん、現実にそんなものないよ。歳の離れたお兄ちゃんたちのエッチなマンガの中に、そういうアプリの物があっただけで」
それを聞いた朝月は、メガネ男子に踏み込んだ。
「とっ!? 止まれ! そして俺を許せ!」
「残念だけど、僕は催眠術にかからないんだよね!」
昔、祝と涼火と一緒に五円玉と糸でやり合ったけれど、全く催眠術なんて無かった。
身体は自由に動くし、眠気もまるで感じなかった。
催眠術は効かないと腰だめにした拳を、捻りを戻しながら突き出す。
「ガハッ!?」
教室の床に両膝をついて崩れるメガネ男子。
朝月の身長的に真っ直ぐ腕を伸ばせば、鳩尾や腹部に当たる。
「さ、お昼にしよう」
痛がる姿を見もせず朝月が言うと皆椅子に座った。
「なぁ、人数も居てせっかくだし、食べたら体育館で3on3しないか?」
「やる!」
食い気味に朝月が明るい顔で答える。
たまにバスケ部やサッカー部など、混ぜてもらって遊ぶが、最近はそれもしてなかったので楽しみだった。
すると横からも返事があがった。
「良いね! じゃあ、女子対男子だね」
「え、女子足らないじゃん」
「だから、私ら二人と巽くんが女子チーム」
朝月の肩をガッと掴み、自身に引き寄せる女子。
重心を持って行かれながらも、朝月は男子たちに向けて手を伸ばす。
「ぼっ、僕は男の子だし」
「えー良いじゃん。一緒にやろーよ」
頷くまで離してくれなそうな女子だったが、一人の男子が口を開いた。
「俺はパス。人数足りてるし審判やるよ。未来の天才ベーシストとしては、突き指したくないし、避けられるリスクなら避けたいからな」
「んー、それなら練習してろよ。遊びの3on3に審判なんて要らないからな」
友達の気づかいに、未来の天才ベーシストは食い下がる。
「いや、それこそ審判は必要だろ。遊びと言えども、やってく内に熱くなって、反則かそうでないか言い合いになるんだから。別に、決して、部内バンドの先輩の練習から逃げたいわけじゃないからな」
「全部話すじゃん。勝手に」
サンドイッチをかじり女子が笑うと、もう一人が朝月を解放して追従する。
「誰かから聞いたけど、女子にモテたいから入部したんでしょ。文化祭のバンド演奏を見て、女子がキャーキャー盛り上がってたからさ」
「なぜそれを?」
自称未来の天才ベーシストは驚き、入部動機を知られていることに眉を寄せる。
「割と皆知ってるぞ」
「そうそう。何でモテないんだって愚痴ったらしいけど、文化祭の盛り上がりをモテるって勘違いしたのがいけないんだよ。あくまで文化祭のテンションで盛り上がってキャーキャー言ってただけで、楽器弾いて女子にモテてる男子なんてほんの一握りだよ。いとこのお兄ちゃんも、軽音部に入ればモテて彼女が出来ると思ってたって遠い目してたよ」
男子がヘルプで入らない限り、人数が居れば女子はガールズバンドを組んでしまう。
そのため結果として男子はボーイズ、女子はガールズと分かれてしまっていた。
「俺に残ったのは、男子の先輩から見込みがあるとおだてられてする毎日の練習だけだ。女子は女子で練習するから、余り接点がなくて見つめるしか出来ない」
「あー。それ、ダメだよ。会話してるわけでもないのに見つめられるの、女子は気持ち悪いから」
女子に指摘され、僅かに表情を曇らす。
「でも、先輩から見込みがあるとかおだてられてるんだろ? 期待されてるじゃん。すごいよ」
「俺はモテて彼女欲しいの! 先輩に期待されるなら女子の先輩が良いんだよ~」
嘆くクラスメイト。
すると一緒に机を囲む別の男子が、何かを気にしながら怪訝な顔で疑問を零す。
「なぁ、放っといて良いのか? すごい混ざりたそうな眼で見てきてるが」
朝月の後方を皆見るけれど、朝月は視線をお弁当に向けたまま、相手に聞こえるように答える。
「良いの。反省が必要なんだから」
「でも、大丈夫か?」
「大丈夫だって。いつも確認も取らず、一緒にお昼を食べる図々しさは持ってるんだ。混ざりたかったらもう声をかけてきてるよ。どうせこの輪に入りたくても、気が引けて無理だろうし、何もしてこないから問題ないって」
言って妹が当番のお弁当に箸をつける。
「いや、それはそれで……気になるだろ」
クラスメイトは戸惑った反応を見せるが、朝月は食後のバスケに向けてお弁当を持ち上げる。




