キッズサイズ
「はあ……若い女性の間でキッズサイズを着るのが流行りだしていると、羨ましい情報をテレビで目にしたが、正直ちびTなるものが再来しているとして、都会からその流行がこっちに来るのはいつになるか」
校舎に面した中庭から、男子の低いため息が聞こえた。
すると聞き慣れた声が、全く興味なさそうに答える。
「嘆いてないで昼飯食べな」
「夏になって女性がスカートやショートパンツ姿になるんだ。脚やお腹、二の腕を出した上にキッズ服で胸まで強調させるんだぞ。期待に胸が膨らむし、待ち遠しいじゃないか。物価高の影響もあって少しでも安いキッズサイズなんだろうが、全然昭和レトロとか平成レトロとか興味なかったけど、ここに来て見直したよ。リバイバルブームも捨てたもんじゃなぁっグォッフッ?!」
熱の入り出した演説が不意に中断され、強制的に止められた低い声が抗議の声を上げる。
「なぜ今殴った!」
「いや、涼火ちゃんで想像してたらぶん殴らないとって」
殴られたらしい男子の疑問に、さも当たり前かのように返す聞き慣れた声。
蚊の音がしたら潰すーー的な理論。
「疑わしいだけで友達を殴るのか!」
「クラスメイトだけど友達じゃない」
低学年の姿をした兄貴の辛辣な返し。
私は開け放たれた窓から腕を突き出し、転落防止の手すりに寄りかかっていたら、そんな雑談が耳にしたくなくても中庭から聞こえてきていた。
しかも、しょうもないお喋りは終わらず。
「そんな命がけするわけないだろ。七つあっても足らないぞ」
気を取り戻したらしい男子の言葉に、やはり興味なさそうに朝月の頷く声。
「そうか」
「しかし、ブームが来ても街で見かけるのは難しいな。休日に歩き回ってもそんな格好する女子なんて田舎は少ないだろうし、身体のラインが強調されたキッズサイズから浮く下着の線は、しょせん田舎ではファンタジーなのか。しかも自分から目にする機会を掴もうとしても、残念なことに誘っても遊びに応えてくれる女子が居ない!」
「そんなの教室でも堂々と欲望丸出してたらな。遊びの声かけても、女子に断られるのは自業自得じゃん」
教室から見下ろしたベンチに座る兄の姿に呟く。
「何で兄貴はあんなのと一緒なんだろうな」
女子と話すときは胸に視線を落とし、女子の前でもセンシティブな発言を控えようともしない、女子の胸を本人に頼んで触りにくるような男子と。
「それは他の男子がお兄ちゃんを避けてるからじゃない?」
ただの涼火の独り言に答える声が背中にかかる。
振り向くと、予想通り立っていたのはオタク女子で、その言葉に眉をひそめる。
「兄貴はクラスの男子たちからハブられてるわけ?」
まるでキッズアニメの主人公みたいな朝月に限ってと懸念を抱く。
誰彼構わず好かれるなんて思ってないが、イジメられてたりハブられてたら、何で嫌うのか無視するのかとか、兄貴なら黙ってられずに聞いてしまいそうだが。
そしたら何らかの噂が耳に飛び込んでくるはずだ。
その疑問に女子の友達が、お弁当を包んだ巾着を手に、耳に髪をかけながら答えた。
「普段交わしてるスキンシップを男子たちがお兄ちゃんにしたら、女子たちから批難浴びるか最悪悪者にされちゃうでしょ?」
「そうそう、それ。だから『ちょっと男子、困ってて可哀想じゃない! バカな男子は放っておいて、巽くんアタシらとあっち行こう』って感じで責められる可能性があるし、女子を敵に回す可能性だってあるせいで、小さなお兄ちゃんには下手に手を出せないんだよ」
オタク女子が男子を注意する時のマネをし、そういうことだとやって来た友達が頷く。
「嫌われているわけじゃないけど、そういう意味で敬遠はされてるかもね」
確かに思い当たる現場を目にしたかもしれず、二人の仮説に納得してしまう。
身長が伸びずに周りから小さいと認識され始めたくらいから、朝月はクラスの女子から可愛がられ、マスコット的扱いを受けるようになっている気がした。
妹からしたらめちゃくちゃコメントし辛いことだけれど。
「その点あのメガネの男子は自分の欲望を出してるから、女子が近寄りがたくて近づいて来ないから、お兄ちゃんも一緒にいるんじゃない?」
「兄貴がそこまで考えてるとは思えないけど」
そう返してもう一度、中庭の朝月を見下ろす。
ちょうど渡り廊下を通りかかった先輩だろう女子が、巽くんと呼んで中庭に手を振っていた。
表情は見えないけれど、兄貴は渡り廊下を歩く先輩に手を振り返す。
「……」
「で、どうなの? お兄ちゃんのTシャツ着ないの? ぴちTになるでしょ?」
男子のしょうもないお喋りを聞いていたらしいオタク女子が興味津々と尋ねてくる。
「着ないよ。前にお気に入りのシャツを羽衣姉に着られて、伸びるって涙流してたしな」
多少盛ったかもしれないけれど、振られた話題にそう答えて補足を加える。
「もし、わたしが着ても肩までで胸でつっかえるぞ。授業で着る運動着とか、伸縮性が高ければいける場合もあるけど、どう見ても無理があるだろ」
望みもしていないのに足元が見えないくらい成長した胸を指し、ハッキリ兄のシャツは着れないと言い切る。
身長も170前半は望んでいないから身長を少しと、胸の質量を朝月の身長に変換したって良いくらいだ。
「ねぇ、涼火ちゃん。その泣いたお兄ちゃんの写真とかスマホにないの?」
「あるわけないだろ。兄貴だぞ、どこの世界に兄を好きで撮る妹がいるよ」
「そっか残念」
兄には幼なじみの祝がいると教えても、十代の恋愛なんていつまで続くかわからないし、結婚しているわけでもないから奪っても問題ないと言って聞かない友達。
「そういえば何で兄貴って言うの? お兄ちゃんとかじゃないの? あの見た目だと、お兄ちゃんが普通だと思うけど」
そもそも小学校でもらう30センチ定規以上の身長差が妹とあるため、兄よりも弟の方が見た目的に正解な気もする。
「リアルでお兄ちゃん呼びなんて、保育園児くらいなもんだぞ。高校生になってまで『お兄ちゃん』はないだろ。わたしだって最初は『お兄ちゃん』だったけど『兄ちゃん』に変わって『兄ぃ』で今は『兄貴』呼びだし」
オタク女子の質問に答え、おもむろに窓辺から身体を離す。
「逆にフィクションで『お兄ちゃん』呼びしてるの見ると、正直気持ち悪いまである。ましてや漫画原作の実写映画やアニメで、中高生の子が『お兄ちゃん』とか言ってたら拒否反応がヤバい。いちいちその歳で『お兄ちゃん』呼びはないだろって、どんな良い作品も冷めるぞ」
ちょうど昼休みの校内放送が始まり、話を切り上げるきっかけになる。
「さ、お弁当食べるぞ」
二人に声をかけて、自分の巾着を用意する。




