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巽日記、  作者: 庚午澪
19/32

卒業式後

 残念だけれど薄曇りの中終えた卒業式。

 気温は低くなく風もないので、人によっては薄らと汗が滲む。

「先輩、卒業おめでとうございます」

 校門付近でメガネ男子が三年の女子に一輪の花を両手で差し出す。

「ありがとう」

 接点は無かったけれど後輩から祝福の言葉をかけられ、素直にお礼を口にして花を受け取る卒業生の女子。

 ファイル状の卒業証書を抱える左腕の中には、同じように部活の後輩からもらったと思しき一輪の花が多数咲き誇っていた。

 花をもらい微笑む彼女へ、メガネ男子は申し出る。

「先輩。すみません、その制服のボタンくれませんか?」

 柔らかく膨らんだ胸付近を指差す。

「ごめんね。あげられないんだ。もう先約があってね」

 申し訳なさそうに謝る先輩。

 その胸にスカーフは無く、今日卒業生が付けていたコサージュの花も、心臓のそばの物は無くなっていた。

 胸に目を向けたメガネ男子は、いいえとんでもないと手を振る。

「それじゃ、先輩お元気で」

 そう言って離れた彼は、そのまま次の先輩に声をかけていく。

「おめでとうございます、先輩。卒業してからも頑張って下さい」

 在り来たりな言葉を伝えながら、花を持つ手を真っ直ぐ伸ばす。

「あぁ、うん、ありがと……」

 大人しそうなロング髪の女子生徒は、突然現れた彼に戸惑いながら条件反射で花をもらう。

 親指と人差し指でぎこちなく受け取った相手に、メガネ男子は先ほどと同じく繰り返す。

「突然すみません、ボタンをーー」

 言いかけて制服のボタン、スカーフ、コサージュの花が、すでに先輩の胸元から失われているのが目に飛び込んできた。

 言葉の途切れた様子から察した大人しそうな先輩は謝る。

「ごめんね。部活の後輩たちにあげたり、継承して来ちゃってないの」

 見ず知らずの後輩男子にも、丁寧に対応する卒業生。部活のメモを書き込んだりしてしまったので、生徒手帳も無いと重ねて謝る三年生の先輩。

「そうですか……なら、心臓に近いボタンの代わりにブラをもらえませーーーーぶべぇへぇぇぇっ!?」

 小さな影が視界に飛び込んで来たかと思った瞬間、女子に下着を求めたメガネ男子が吹き飛んで目の前から姿を消す。

 この一瞬を処理できない彼女は息を呑んで目を見張る。

「言うに事欠いて先輩に何もらおうとしてるんだよ! せっかくの卒業式の思い出が台無しになるだろ!」

 飛び込んで来た小さな影こと朝月が拳を握り責任取れないだろと叫んだ。

 助走を乗せたパンチを脇腹に受けたメガネ男子は呻くことしかできず蹲る。

「ごめんなさい! せっかくの卒業式に。クラスメイトが失礼なことを口走ってしまって」

 朝月はバカな知り合いのために頭を下げる。

 メガネ男子の前兆として、ボタンをもらわれまくったらブラウスだと前が留められずにエロい状態になるとこぼしていた。

「連れて帰るので許してもらえますか?」

 目の前で謝る小さな男の子、その頭に手で触れて卒業生の彼女は優しく撫でた。

「うん、許す。助けてくれてありがと」

「そんな、お礼なんて。悪いのはアイツなので」

 ぶんぶん横に首を振り、先輩の寛大さに申し訳なくなる。

 それより……なでなでなでなでなでなでなでなでなでなで。

「せ、先輩。止めてもらえませんか? 背が縮みそうで怖いです」

 先輩相手なので失礼な事をした手前、上目づかいで訴える以外余り強気に出られない。

「ごめんね。君の話は噂で聞いてたから、本当に小さかったんだなって。撫でたくなっちゃった」

 先輩は自分より背の低い後輩にもう一度ごめんねと口にし、なでる手を離す。

「じゃあね」

 彼女が小さく手を振り、朝月も応じてパーの形に指を開いて手を振り返した。

 ロング髪の背中を見送り、バカな行動を繰り返すクラスメイトを回収しようと首を回す。

「さ、バカなことしてな……」

 拳を叩き込んで蹲らせた背中が地面になく、言葉を失い辺りに目を走らす。

 周囲には数人の卒業生に名残惜しくて話し込む在校生がちらほら。

 関わらなくても良いのに唯一普通に話しかけてくれる同性と、自分の周りが幸せでなければ自分が気になって不安になる理由から、穏やかに日々を過ごすためにも波風を立てるメガネ男子を探す。

 すると昇降口から出て来た整った顔立ちのショートの卒業生に声をかけるクラスメイトを見つける。

「卒業おめでとうございます。先輩が卒業証書代表で上がる姿、一番キレイでした」

「ありがとう。褒めてもらえて嬉しいよ」

「あの、先輩これ。花をどうぞ」

 言って何度目かになる一輪の花を贈る。いったい何本隠し持っているのかと怪しく思う。

 すっと伸ばされた指が包装された茎を摘まむ。

「あのっ! 先輩、もう胸のボタンとかスカーフ、生徒手帳とか他の人にあげてしまったなら、俺にくれませんかーーブラを」

 真剣な眼差しで溜を作り放たれた言葉に、相手は理解が追いつかず瞬きを繰り返し、メガネ男子を見つめた。

「今……何て?」

 聞き間違いかと耳を疑った先輩の確認に、愚かな彼は正確な発声で復唱した。

「先輩の心臓に近い物が欲しいので、ブラを俺に下さい」

 倫理観とか羞恥心がないのか疑いたくなる発言に、今度は飲み込めたらしい先輩。

 理解すると混乱して羞恥で顔を赤くし、とっさに両腕と卒業証書のファイルで胸を隠した。

 朝月が駆けて話し声が聞こえる距離まで来た所で、昇降口から女子の先輩に近づく姿が見て取れた。

 幾つもある戸の中から明らかにメガネ男子に捕まる彼女の元に向かう影。

「ちょっと聞こえちゃったんだけど僕の彼女に何かな?」

 卒業生女子の隣に立った男子が、メガネ男子に問いかける。

 胸をガードする女子を僕の彼女と言った男子は、同じく卒業生の前生徒会長だった。

 朗らかな性格で男女問わず、人気のあった元生徒会長。

 その登場と彼女発言にメガネ男子は内心焦り、レンズの奥で一度目を彷徨わせた彼は相手の抱える物に焦点を合わす。

「先輩、花束すごいですね。卒業おめでとうございます。最後の言葉、すごく良かったです」

 明らかな誤魔化しと話を逸らそうという意図のある発言。

 しかし、元生徒会長が恋人に関係した話を見過ごすはずなく。

「うん、今はそんなこと良いかな。で、僕の彼女に何お願いしてたのかな?」

 表情は笑顔だけれど、その裏には殺意に似た怒りが滲み出ていた。

「あ、あぁ~、第2ボタンとか無いようだったので握手、握手をしてもらえませんかって。お願いを」

 怖ず怖ずと彼女へ差し出されたメガネ男子の右手。本当にそうだったら遅すぎる握手を、元生徒会長が横から手を伸ばして奪う。

「……っ!」

 バカなクラスメイトはとっさに手を引こうとするも、握られた手は逃がすまいと強い握力に掴まれていた。

「さ、先生の手を煩わせる訳にはいかないから少し生徒会室で話そうか。先輩として、元生徒会長として後輩が心配になったからさ」

 生徒会室には現生徒会長もいるだろうけれど気にしないでと口にしてニコリとする。

 朝月は遠目でも顔を青くして生徒会室に連行されるクラスメイトを自業自得と黙って見送った。

 あれで悪い癖が去勢されたらラッキー程度の気持ちで。


 いつもはジム代わりに顔を出す程度の部室で、グローブだけはめただけの状態で涼火は相手と対峙する。

 ダンスの振り付けを確認する感覚で、卒業する男子と軽くスパーリングをするためリングに立っていた。

 部室には涼火と部活の先輩の他に誰も居らず二人のみ。

「先輩とは初めて、でしたっけ?」

 軽く流すと聞いていても、髪留めのクリップを壊して兄に怒られたくないので、ヘアゴムに交換してポニーテールに結ってある。

「いや、これで三度目」

 両手のグローブを打ち合わせて確認しながら、後輩女子の記憶の薄さに苦笑いを返す。

 初対面だと目付きの悪さばかりに目が行ってしまいがちなつり目だけれど、その気が強い印象を放つ瞳は意外にも大きい。

 リングに向かい合って立つと、見透かされている気になってしまう。

 実際はそんなの思い込みでしかないのだけれど。

「そうですか。余り顔を出しませんでしたが、一年ありがとうございました」

「その割には手を焼いた記憶あるんだけど」

 すっとグローブを顎の高さにあげ、脇を引き締めて肝臓を守る様に肘を置く。

「入部届の時に話したじゃないですか。部活にも試合にも興味ありませんが、ジム代わりに使いたいので入部しますって」

「たまにしか顔を出さないけど入部させて下さいって、だいぶあの時ざわついたからな」

「兄貴のこともあるし、毎日来られないから先に意志をはっきりさせただけだったんですけど」

 応じて涼火もグローブを構える。

「一応本気で部活する人にとって、これは怒られて当然かなって思ってましたけどっ!」

 相手が来ないので涼火から踏み出して仕掛ける。

 ストレート、ブロック、ブロー、ガード。

 卒業生の男子は一旦バックステップを軽く踏み、追撃してくる後輩女子のパンチを腕を上げてガード。

「練習ならともかく、試合に出ろとか言われてっ、私だって迷惑してました!」

 だからお互いさまですと言う。

 彼は足を止めた所に繰り出されたフックを身体を反らして躱し、今度は彼が攻勢に出る。

「仕方ないだろ。まともに部活に出てないクセにっ、筋が良い部分があるし、覚えも早くて練習相手だけじゃっ、勿体ないって。思うヤツもっ、居たんだぞッ! と」

 パンチをキレイにブロッキングする目線の高さが変わらない後輩を睨む。

 軽くスパーリングを流すつもりだったけれど、意外にも動きに熱が入ってしまう。

 練習に誘うのは本当に練習相手として問題ないのはもちろんだが、そのハンデにしか思えない揺れる物を邪な目で見るために誘う男子も居たので、しっかり者のマネージャーの女子が部長になってくれて安心だった。

 彼女は真面目だったので部長には彼が推薦した。

「ありがとうございます。でもっ、これからも変わらないんでっ」

 隙を見ては鍛えて太いだけじゃない脚を前に出し、涼火も拳を振り抜く。

「先輩は続けるんでしたねっ!」

「ああ! 好きだからな!」

 答えて大ぶりの無駄に力の入ったパンチを繰り出す。

 涼火は分かっていてかガードして受け止め、乾いた大きな音を合図にお互い構えを解いた。

「卒業するの寂しいから、最後に部室で打ちたいっていうのは満足しました?」

「まあ……ね。お礼の水」

 質問に頷き、リングの端に置いといた二本のペットボトルの内一本を涼火に向けて手を伸ばす。

「ありがとうございます」

 グローブから手を抜き、左脇に挟んで空いた右手でペットボトルを受け取る。

 リングの上で距離を保ったまま、二人は音を立ててキャップを開けて水を飲む。

 ボトルを傾け、上がる顎のラインがキレイな後輩を盗み見る。

「在校生はまだあるんで戻りますけど、先輩は打ち上げでクラスメイトとカラオケとか行かないんですか?」

 リングから降りてグローブを戻しながら涼火が訪ねた。

「用事を済ませてから合流する予定だ」

「まだ用事あるんですか? 早く済ませて合流しないとダメじゃないですか」

 言って背中を向ける涼火。

 肩を回して部室を出て行こうとするその背中を卒業生の彼は呼び止めた。

 静かなせいか響く声に涼火は足を止めて振り返る。

「君が好きだっ! 卒業してしまうけど付き合ってくれっ!」

「すみません、先輩。私、強い人が好みなので」

 まるで分かっていたかの様な早さでの返事。しかもありきたりな文言もそうだけれど、最初のスパーリング相手の回数の記憶の薄さからダメだった可能性が高い。

「告白するなら卒業してからじゃなく、好きになった時点でして下さい。でないとうるさい兄貴を説得させられないです」

 自分よりも強かったとしても、兄の朝月を倒さない限り付き合えないと言う。

「それに私、まだ恋って分からないんです。近くで見せつけられたりしてましたけど、全然興味ないんで。気持ちは嬉しいですが」

 余りにも余りなありふれた常套句の羅列に、先輩は完全に脈が無いと理解する。

「あー、もうっ! カラオケで歌いまくってくる!」

 そう失恋した心で叫び、涙を堪える。

「そうして下さい。これまでお世話になりました。卒業おめでとうございます」

 告白されたのに日頃と変わらない様子の涼火に、まだ諦め切れない苦しさを胸に先輩男子は背を向けた。

 部室に佇む彼を残し、涼火は空気を読んで退室する。

 そして部室の扉を潜った直後、涼火は足を止めそっと扉の脇を振り返る。

「いじわる言うようですけど、私に不満をぶつける位なら気持ちを伝えて来たらどうですか?」

 充血して潤む瞳に申し訳なさから眉を寄せて続ける。

「言葉で言わないと通じないし、卒業式とか節目で気持ちを伝える人って意外に多いと思いますよ」

 きっかけが無いと好きを伝えられない人も居て、全然普通の事だと相手が抵抗しても手を引っ張り、涼火は縮こまる女子生徒の背中を部室へ向けて押し出す。

「頑張って下さい。新部長」




        まだ続けられ……る。

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