ショート動画のダンス
涼火から動画がスマホに送られてきた。
教室で机に座ったまま再生すると髪をポニーテールにまとめた彼女が、数十秒間ダンスを踊る姿が納められていた。
額はいつも通り出したまま、身体を動かすからか後頭部の高い位置でクリップを使いまとめるだけの涼火が、ポニーテールにしている姿は運動する時が主。
そして。
どうやら同じものを踊って撮影し、その動画を送り返して欲しいらしい。しかも可能なら場所は体育館でと。
そんな様な説明が添えられており、ダンスは嫌いではないけれど、まだ少し苦手というか抵抗があった。
「踊って踊れないこと、ないんだよな。たぶん」
不満ではないけれど自信なく呟き、ぼんやりと涼火が踊っている動画を眺める。
とりあえず放課後、真っ先に思いついた昇降口へ足を運ぼうかと考えた。
練習と言えば全身映る鏡かガラスの前で踊るイメージがあり、ダンス部が確認しながら振り付けを覚えてる姿が印象に残っている。
踊るといっても今回は三十秒にも充たない、言わば踊ってみた動画の類のダンスなので、それほど手間はかからない計算でいた。
曲にのせて踊る姿を撮影し、動画投稿してSNSで拡散する性質上、経験者でなければマネできないほど振り付けが複雑では意味が無い。
なので大抵はヒーリングで出来るキャッチャーな簡単な物になる。
そして脳内では上手く踊れるイメージは出来ていた。
あとは実際に踊ってみて振り付けを微調整するしかない。
指定の曲はスマホにダウンロードしたので、バックグラウンドでかけながら写真モードのまま、シャッターボタンを長押しでスライドすれば済むので問題ない。
なぜ涼火がそんな事を言って来たのか、返信で聞いても答えてくれなかった。
けれど何となく幼なじみの考えそうな事は予想がつくので、最低でも自分が納得出来るクオリティのダンスを撮影する予定でいる。
小さい頃に幼なじみ三人で遊んだ時に、朝月をアイドルごっこに巻き込んだ思い出がよみがえる。
始めこそ乗り気ではなかったけれど彼は一緒に曲を歌ってくれた。
放課後までイメージトレーニングしようと動画に見入っていたら、クラスメイトの女子に声をかけられた。
「なーに見てるの? 動画?」
隣から覗き込まれ、興味を持たれてしまった以上答える。
「友達に、これを踊って送って欲しいって言われているんだ」
「へー。あ、これ幼なじみの子でしょ。手脚長いし身長何センチ? 噂通り色々大きいね。下着とか服大変そう」
けど中々上手いかも、と涼火が踊る画面を見て女子は漏らし、こちらに顔を上げた。
「ねぇねぇ、練習するなら全身見ながらしたいでしょ? 私ダンス部だから放課後一緒にやろうか。どうせ部活って言っても、うちのダンス部は廃部ギリギリの人数しかいないから邪魔になるとか遠慮いらないからさ」
普段たまにしか喋らない相手だったけれど、ぐいぐい来て決められてしまう。
しかし、確かにダンス部の場所を借りられたらと頭の隅で思っていたので断る必要もなかった。
「ありがとう。お願いします」
お昼休みに入ってすぐのガランとした体育館で一人踊る朝月。
教科書を机から下げ、お弁当を取り出そうとした矢先、妹の涼火に連行された。
「どうだ!」
「はい、ダメ。振りが一部早すぎ。もう一度」
「えー、もう二回目だよ。お弁当食べさせてよ」
不満顔の兄を前に、スマホを構えた涼火は首を振る。
「撮ってからだ。昨日練習したろ」
言っておにぎりを一口して言葉を続けた。
「兄貴は食べてすぐ動くとお腹壊すだろ。だから振り付けを間違えずに動画を撮ってから」
「涼火ちゃんだけおにぎり食べてズルい!」
朝月は食べてすぐに運動をするとお腹を壊し、下痢をしてしまうので昼食は終えてからだ。
邪魔をされてくない際に食事時を狙っても、どうしても見過ごしたり譲れない状況では例えお腹を壊そうと走り出す。
そもそも涼火も同じ体質なので、兄に邪魔されたくない時に食事中を狙っての足止めも、気安め程度にしかならない。
ちなみにこの場には涼火のクラスメイトの女子二人と朝月のクラスメイトのメガネ男子が勝手についてきている。
「ちょっと! 聞いてる? もう明日にしよう。早くお弁当食べたいから」
怒る相手を前にまた一口頬張り言葉を返す。
「はいはい、口動かさないで身体を動かす。皆お弁当食べ終わったら来ちゃうんだから、早くダンスを撮り終わっちゃおうな」
「嫌だ。皆食べてるのに僕だけ食べられないって辛いんだけど」
批難する目をスマホの画角外でお昼のお弁当を食べる同級生やメガネの男子に向けた。
皆体育館の床に座り、各々お弁当を広げている。
「はい! お兄ちゃんと一緒に踊っても良い? 相手が居た方が感覚も分かって早く終わると思うんだけど」
お弁当を膝に置き、挙手して声を上げた。
「却下。この動画を作る趣旨の関係上相手は置きたくない」
立候補した幼なじみの雰囲気が僅かにあるクラスメイトの申し出を断る。
「ほら、兄貴。ちゃっちゃと撮っちゃうよ。余りにも遅くなる様なら、この人質を食べちゃうから」
朝月がお弁当が足らなかった時のために購入した菓子パンをチラつかせる。
「あー! ダメ! 僕の牛乳パンを人質に捕るなんてズルいぞ!」
「私だって食べ過ぎたくないから正直要らないけど、兄貴に早く終わらせて欲しいから仕方なくなんだからな。さあ、ほらやるぞ」
スマホを構えて曲を流し、サビに入る手前で兄に手で開始の合図を出す。
数十秒のダンスを終えて録画を停止、撮影した動画を見返してチェックする。
「はぁ、今度はタイミングは良いけど振り付けが間違ってる」
涼火はスマホを床に置いて立ち上がり、間違っていたカ所を躍って見せる。
「こうこうこうで、手はこっち。昨日は出来てただろ?」
皆に背を向けたまま、朝月に見える様にだけ指摘した。
「えー、だったら家で撮ったら良かったじゃん。なんなら昨日のでもさ」
「ダメだ。学校の体育館じゃなきゃ。それに家で教えてる時なんて、いつ兄貴が部屋の中の物を壊さないかヒヤヒヤしてたんだからな」
それに母親にも家の中でやって欲しくないと言われた。
兄妹のやり取りをおかずに惣菜パンをかじっていた涼火のクラスメイト、オタク女子が会話に割って入る。
「身長差とか考えたら、二人で躍るのがアニメに忠実なんだけどな」
言って残りを口に押し込み、惣菜パンのゴミをペットボトルを重し代わりに乗せ、おもむろに立ち上がった。
「お兄ちゃんが失敗したところはこう、だよ。ほら、一緒に」
自信を隠そうともせずに前に出たオタク女子は、朝月の隣に立って鼻歌と共に踊る。
促された朝月も一緒に。
「失敗してたのが『ふんふんふーん』のところで手の動きはこう。そして脚を……で小さくジャンプして戻る」
朝月が早かったカ所を説明しながら、一通り踊ってみせたオタク女子。ダンスがアニメのオープニングでの物だから、ここまで自信を持って教えられたという裏事情がある。
少し前屈みになり、横の小さな兄を覗き込む。
「分かった?」
「んー、何となく」
僅かに首を横に倒し、質問に確信を持った声で頷く。
すると踊ったオタク女子はメガネの男子に視線を転じて見すえる。
「踊ってる時、胸見てたでしょ」
その彼女の詰問に腰を上げ、彼は真っ直ぐに相手の元に歩いて行く。
「すまない。だが、もう一度見たいんだ。踊ってくれないか」
本人は相手と目を合わせいたって真面目に告白し、オタク女子の手首を取って、振り払われるより早く手のひらに100円玉を乗せる。
あ然と100円玉に目を落とし、彼女は握りしめて力強く返事をした。
「……分かった」
「「はあぁぁっ?!」」
二人の会話に巽兄妹は声を上げ、兄は即座に距離を詰めてメガネ男子の名を呼び振り向いた腹部に拳を叩き込み、相手は数歩後退って身体を折る。
そして妹は信じられない物を見る目をオタク女子に向けた。
「良いのかよ」
「うん。大して揺れない自分の胸に価値が付いたんだよ? 嬉しい上に小銭が稼げるんだよ。ダンスくらいなら授業でもするし、あと一回くらいなら良いかなって思うでしょ。それに無駄に揺れて弾む訳じゃないしぃいぃぃーーーーーーっ!?」
空いている方の手で、オタク女子の頭を無言で鷲づかみ、人の胸を見て喋るクラスメイトに、一言多い制裁のアイアンクローを極める。
「まぁ……友達じゃないし、本人が構わないなら見なかったことにするよ」
指がこめかみに食い込む手を放し、彼女の答えを聞いた涼火は完全に呆れて息を吐いた。
そして朝月といえば。
「バカだバカだとは思ってだけど! 見損なったよ!」
腹部を押さえて床に崩れ落ちたクラスメイトに怒りをぶつける。
「そんなことして良い訳ないし、女の子に謝らないでお金で解決しようなんて最低! 大っ嫌いだ!」
「そうか……」
足元から聞こえるくぐもった声。
「でもな……どんなに嫌われようと、前に理由……を明かしたように、女子と付き合えるチャンス……があるなら、学校では変わらず巽……の、傍を離れないぞ……!」
痛い目を見て、大嫌いだと言われ、クラスメイトから怒られても尚、それでも自分の欲望を諦めないメガネ男子。
そんな姿に涙目になりながら相手に怒りをぶつけた。
「考えてみたら見損なうほどの評価もなかったな!」
そう、元からクラスメイトのメガネ男子に今さらマイナスになる様な評価は持ち合わせていなかった。
けれど叫ばずにいられなかった朝月へ、クラスメイトに呆れた涼火が動画撮影の再開を呼びかける。
「兄貴、お互いクズは放っといて本番撮るぞー」
「うん……うん。今度こそ成功させてお弁当と牛乳パン食べてやる」
妹の声に頷き、二人は位置を変えてやり直す。
涼火は小さな兄にスマホを向ける。
朝月は頭を切り替え、流れている曲に集中し、妹の合図を受けてダンスを始めた。
すっきりと晴れた登校中の朝。
歩きながら、涼火から送られてきた動画に口元を綻ばす。
スマホにはこの前送ったデータと向こうで撮影した動画とが、一つの画面に編集された物が再生され、手のひらの中で自分と朝月が横に並びダンスを踊っていた。
曲に合わせて手を振りステップを踏み、二人でダンスしながら最後は指先を合わせてポーズを取る。
「ふふっ……」
数十秒のショート動画だけれど、思わず嬉しさが漏れ出てしまうくらい幸せで満たされる。
二人で完成するポーズも身長差からズレてしまっている点が、逆に手作り感と編集して作ってくれた幼なじみの気づかいが伝わって、会いたい寂しさもあったけれど温かな気持ちの方が上回った。
しかもダンスを終えた後には牛乳パンを頬張る相変わらずな姿が流れて言葉にならない嬉しさが溢れた。
「おはよう」
挨拶の声を伴い隣にクラスメイ トがやって来た。
「あ、おはよう」
「ずいぶん嬉しそうだけどさ、何見てるの?」
彼女の目が手元のスマホに向き、この胸の中では抑えきれない嬉しさをこれから自慢する。
「あのねーー」
続けられると信じたい




