わたしにとってはいつもの日常
今どきバレンタインデーは好きな人に女の子から贈るイベントではなくなっている。
友達とチョコを交換する日や自分へのご褒美チョコの日、というのが近頃のバレンタインデーに対する世間の認識だ。
「ねぇねぇ、誰かにチョコ渡したりしないの?」
そう昼休みの教室でクラスメイトの女子に訊かれた。
彼女は机を回り込み、正面に来て屈みながら手をつく。
こちらをのぞき込む目を真っ直ぐ見返して答える。
「父親にはあげるよ。もし手作りチョコの交換だったら、わたし余り上手じゃないかーー」
「違う違う。好きな男子とか、渡したい相手っていないのかな?」
顔の前で手を振り、こちらの言葉を遮り質問が重ねられる。
相手は誰か渡したい男子がいて、被らない様に訊いてきたのだろうか?
「渡したい相手……いるけど離れていてあげられないかな。もう何年も渡せてないし」
「それって前に言ってた幼なじみ?」
「うん。だから、わたしにとってバレンタインデーはいつもの日常。父親以外にあげる人はいないよ」
昔はバレンタインデーという特別な空気に飲まれ、義理チョコとか用意していた頃もあった。
けれど朝月と離れてからは彼以外にチョコをあげる事を考えられない。
そしてバレンタインデーになると思い出す。
朝月と涼火と一緒にチョコを使った手作りお菓子を作った頃の思い出を。
「そっか、男子皆は残念だろーな。淡い期待すら0パーセントなんて」
わざと誰かに聞かせるかの様なボリュームの声と口調。
「そんな……わたしから欲しい人なんていないよ」
「ダメ! そんな謙遜だめだよ。貴方からチョコもらいたいって思ってる男子は以外といるんだよ。もし自分が好きな男子が貴方に好意があったら、その子から嫉妬されて何かされたらどうするの?」
「……それは困るけど。飛躍しすぎじゃない? そもそもチョコ待ちの受け身な男子は好きにならないかな。逆にチョコ持って告白くしてくるくらいじゃないと」
「へぇ、確かに一昔前に逆チョコってあったね。もしかして好きな幼なじみがそうだった?」
「うん。作ったその場で好きって言ってチョコをくれるの」
好きになる基準が朝月の時点で、彼以外の異性と付き合うなんて想像も出来ない。
「もうちょっと渡すシチュエーションとか考えて欲しかったけど、あの瞳で真っ直ぐ見られちゃうと『あ、良いかな』って許せちゃうの。純真で真摯な眼差しに弱くてさ。昔からじっと目を見てくる瞳から逸らせなくなるの。人によっては可愛いのかもしれないんだけど、わたしにとっては目が離せないくらいカッコいいんだから」
長く喋っている事に気づいて恥ずかしくなり相手を覗うと、にまにまとした表情のクラスメイトと目が合った。
「ホント好きなんだね。その幼なじみのこと」
訊かれて耳が赤くなるのを感じたけれど、照れ隠しで誤魔化したらそれが本当になってしまいそうで、気持ちを隠さずに首を縦に振る。
「うん、好き」
「はーっ! その素直さが眩しい! アタシだったら絶対早口になったり、茶化されたくないから誤魔化しちゃう」
この会話が女子の関心を引いてしまったらしく、聞こえていた子たちが集まり声をかけてきた。
「何々? 恋愛相談? 恋バナ?」
「うん? そうだよ。バレンタインデーは幼なじみにしかチョコはあげないって話。遠すぎて渡せないけど。ピュアすぎて死にそうじゃない?」
「ちょっと大袈裟」
大雑把な女子の説明を慌てて止める。
「どこが? 素直に好きなんてなかなか言えないよ」
「もしかして前にスマホで見せてくれた幼なじみ君の話?」
「何それ?」
「小さくて可愛いんだよ。幼なじみが」
「そなの?」
可愛いという言葉に反応し、こちらを向いたクラスメイトたち。
気恥ずかしさもあり、一度は切ったけれど伸びた髪を耳にかける。
「小さいから可愛いかもしれない……けど、小さくてもカッコいいんだから」
訂正を口にすると高い声が上がり、興味を引かれて集まってた女子たちがより興味を示す。
「見して見して!」
その言葉にさっとスマホを胸に抱く。
好きな人がいる事は男子への牽制になり、告白させない効果がある。
それに好きな人を自慢したい気持ちが無いでもない。
「見せてもいいけど、絶対可愛いって言わないで。カッコいいんだから」
朝月の画像を見せる条件を出すと、机に腕を乗せて覗き込む女子が軽く答える。
「無理でしょ。あんな小さーーむぐぐぐぐっ!?」
「黙ってよーな。彼女の恋バナなんて滅多に聞けないんだから」
約束を守るのは無理と言う女子の口を他の女子が背後から手で塞ぐ。
皆の目が先を促し、胸に抱いたスマホを見せる。
アプリで所々隠れてはいるものの、待ち受け画面に表示された朝月の姿に問題は無い。
お弁当を前にこちらを見上げる写真。
「かわ……っこいいね」
待ち受けを見た中に思わず可愛いと言ってしまいそうになる女子。
「他には? 小学校の時じゃなくて」
「……これ、先週の写真」
「あぁ……」
朝月を初めて見た他の女子からも似た息が漏れた。
先週彼の妹にして自分の親友の涼火から、近況と一緒に送られてきた画像データ。
少し可愛かったかもしれないけれど、好きな人はいつだって最新にしておきたい。
「ごめん。さっき言ってたね。小さいって」
「うんん」
この話題を切り上げる理由としてこの微妙な空気に乗じる選択があったけれど、朝月の魅力を語れずに中途半端に終わるのが嫌で、すっとメッセージを開きスクロールする。
人物画像は主に朝月なのでどんどんスクロールして表示していく。
すると涼火に抱えられた朝月の写真が表示され、一瞬周りがざわめき誰かが言葉を漏らす。
「誰?」
「涼火ちゃん、親友」
好きな人の妹で同い年の幼なじみで連絡を取り合っていて好きな人、朝月の近況とか教えてもらっていると説明した。
「お姉ちゃんじゃなく?」
「妹」
「弟の間違いじゃなくて?」
「お兄ちゃん。ちなみにお姉ちゃんもいるよ」
更に画像を進めて三人で写っている物を表示する。
それは両脇から姉妹に挟まれ、背が小さい事もあり、宇宙人の両脇に黒装束の男性が立っている有名な絵みたいに見えなくもなかった。
「お姉ちゃんキレイって言うか、大人のお姉さんじゃん。社会人?」
「本当に妹? いろいろ大っきいんだけど。身長や胸も凄いけど、太ももももももが! アニメキャラみたいでヤバい!」
「落ち着け。女の子が好きなのは知ってるけど、この子の太ももに興奮しすぎ。分かるけど」
同性へのボディタッチのイメージのある女子が、同い年と聞かされた涼火に動揺を隠せない様子で口に手を当てる。
普段朝月が露出の多い格好はダメと涼火にはそんな服装をさせないのだけれど、表示させた画像は例外も例外の姿をした一枚だった。
「関係してるか分からないけど中学の頃陸上部だったり、今は何部か忘れたけどジム代わりに運動系の部活に入部してるって」
「そうなんだ……でも、こんな姉妹がいたら彼女になるハードル高そう」
「だね。キレイなお姉さんと個性的な妹が居たんじゃ、彼女になる子に求める物も大変かも」
「この姉妹を前に付き合おうと思えば顔面偏差値そうとうないと無理でしょ」
誰もが容姿端麗でないと朝月は振り向かないと、それこそとスマホ画面から視線が上がり皆が見つめてくる。
彼女たちの視線に晒されて気まずさを覚えたところ、気づくと口元が手から解放された女子が声を発した。
「て、思うじゃん」
彼女が一言口を挟むと皆の視線が一斉に移った。
「まだ付き合ってないんだよ」
その発表に一気にざわめき、その場の目が忙しく戻る。
「えっ!? どうして付き合ってないの?」
「何で何で? 理由は?」
「片思いってこと? ショタ好きだったら彼を見逃さないよ。合法じゃん」
「ワタシだったら押し倒してでも恋人になって、あの太もももももにお近づきになるのに! あわよくば胸を拝みたい!」
一部変な物も混ざっていたが質問攻めが始まり、付き合っていない経緯を説明したくなくて顔を伏せる。
「……」
追求されて困っている様子に、机に腕を乗せていた女子は眉をひそめた。
「皆、だからだよ。まだ告白して付き合ってないから、バレンタインデーのチョコはこの子にしか渡せないんだ」
大きめの声に女子たちの目が彼女に全て向く。
「ね、ピュアすぎでしょ?」
同意を求める様に周りへ呼びかける。
「まぁ、そうだね」
急に当初の話に戻り、一人が答えたタイミングで昼休みの終了のチャイムが頭上で鳴った。
「あぁ、残念。先生来ちゃうね」
「だね。席に戻ろっか」
彼女の言葉を合図に集まっていた女子はそれぞれの席に散っていく。
当然の疑問に答えずに済んで一息吐くと、バレンタインデーの話題を振ってきた彼女が申し訳なさそうに謝罪を口にする。
「ごめんね。訊かれたくなかったね」
「ううん……大丈夫。最後はありがとう」
小さく頭を横に振り微笑み返す。
「そんな、アタシのせいだしごめん」
手を顔の前で合わせ、その子も席に戻っていく。
「あと五秒で授業始めたいので、席に戻りなさい」
教師が前の入口から現れ、ガタガタと男子が急いで席につく。
授業が始まったけれど授業に集中出来なかった。
高校生なら会って会えない距離ではないけれど、そう易々と気が向いたとか衝動的に毎週会える様な距離ではない。
近況報告も写真は慣れたけれど、未だに動画は会いたくなってしまう。
「あい……」
また無意識に『会いたい』と口にしてしまいそうになり、慌てて口を閉ざす。
言葉にしてしまうとしばらくの間寂しくて憂鬱になってしまい、何にも手に付かなくなりそうで怖かった。
「ーーーーこの問題答えて」
「はい!」
考え事をしていたらホワイトボードの前に立つ教師に呼ばれ、反射で返事をして立ち上がる。
思いの外大きな声が出て恥ずかしかったが、しっかりしないとと考えを切り換え、大きく腕を振り記憶の中の朝月の歩きをマネして教室の前へ。
声が聞きたくて聞けなくて辛いけれど、もう会えないかもと自信を無くして不安になる事もあるけれど、こうして何気ないところから彼の元気をもらう。
この前兄の愚痴と共に『もし兄貴が分裂して二人になって帰って来ても驚かない』と言っていたが、本当に分裂してくれたらと思う気持ちもある。
ホワイトボードの前で足を止めてマーカーを手に取り、すっと問題文に目を上げる。
朝月の顔を思い浮かべ、いつか会うのだと胸に誓った。
続いてくと思う




