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巽日記、  作者: 庚午澪
14/32

校外学習のお弁当の時間

 校外学習で訪れた公園。

 公園の広場で各自持参したお弁当を広げる中、飲み物を忘れた朝月はポツンと端の離れた自販機の前に立っていた。

「デュアッ!」

 一番上の段のボタンを押そうとしていた所、後ろから聞こえたかけ声。に振り向く。

「普通に届くよ! バカにして!」

 上に伸ばしていた指を下ろしながら振り向き、後ろに立った妹の涼火を睨んだ。

 彼女のかけ声は特撮の巨人をマネたもので、小さい兄を皮肉ったイジりだった。

「ジャンプしてだろ?」

「一段分高くなったところの自販機だから届き辛かっただけで、違うんだからな!」

「どーだか」

 疑った口調で歩み寄り、そのまま彼の頭の上に腕を伸ばし、今届かなかったボタンを妹は軽々と押す。

 ガタンーーっと背中越しに出てきた音が聞こえ、妹を一瞥して自販機から飲み物を手に取る。

「あぁー! 何でこれ押したんだよ!」

 透明なパネルを開けて取り出し口から出したそれは無糖の炭酸水だった。

「僕苦手なんだぞ! 涼火ちゃん責任取って飲んでよね!」

 妹を見上げ、よく冷えた炭酸水を押しつける。

「えー、兄貴が苦手なのは私も苦手なんだけど?」

「じゃあ何で押したのさ!」

 兄妹なので苦手な物は知っているけれど、これは叫ばずにはいれなかった。

 どうしようもないイライラに、ムスッとして原因の妹にパンチする。

 しかし、突き出した拳は一歩引いた涼火には届かず、逆に再び踏み込まれて軽く頭を叩かれた。

「いだっ……! 何で叩くのさ!」

「条件反射? 正当防衛?」

 目を険しくして怒る兄に首を傾げて疑問を返す。

「もうっ! どうするのさ……これ」

 手にした炭酸水のペットボトルを見下ろす。

 ひんやりとして冷たく、表面が薄らと濡れだしていた。

「家に持って帰って料理に使おう」

「うーん……」

 両親はお酒を飲むけれど、炭酸水で割るアルコールは飲まない。

 涼火の提案に納得いくわけもなく、自販機に向き直って飲みたかったレモンサイダーを見上げる。

「前にも同じ事あったよな」

「ミルクセーキな」

 飲料缶のミルクセーキだと違うだろうけれど、本来の作り方では生卵が材料だと知ってから飲めなくなった。

 生卵はご飯やカレーとか、何かにプラスする形なら大丈夫なのにミルクセーキは何だか感覚的に受け付けなかった。

「あの時も涼火ちゃんが原因だけどね」

 当時を思い出して恨みがましい眼差しを送る。

「そうだった? その時は祝が飲めるからって兄貴のミルクセーキを自分の紅茶と交換したんだっけ?」

「そう」

「祝に怒られたな。兄妹でふざけたりケンカしても良いけど、やり過ぎないようにって」

 ちなみに前はこの指とーまれっ! とからかわれた。

「うん……」

 祝の名前を出したからか、兄の元気のない頷きに涼火は内心焦って喋る。

「仕方ない。交換してくれる誰か探すか? ダイエットしてる子なら炭酸水と交換してくれるかもしれないだろ?」

「別にそこまでしなくても……」

 乗り気でない返しをする朝月。

「今こそコミュ力おばけの兄貴の本領発揮だぞ!」

「涼火ちゃん、バカにしてる?」

「いや、全然……」

 逆効果だったと口を閉じた。

 すると二人の立つ自販機に向かってくる男子の姿。

 炭酸水を両手で持った朝月は、相手の動線の先に立ち声をかける。

「ごめん、飲み物買いにきたんだよね?」

 別のクラスの彼は突然の質問にも関わらず頷く。

「そうだけど」

「何にするの?」

 続いた質問に意図が分からないといった雰囲気が感じられ、男子は警戒しながらもちゃんと答えた。

 残念ながら彼の目的は炭酸水ではなかったため、交換という訳にはいかなかった。

「仕方ない。一緒に食べよ。飲み物は私の分けるから」

「えー」

「買おうにも兄貴と合わせても五十円しかないんだ。いちいち水道に行くのも面倒くさいだろ?」

 一応お互いの手持ちを確認したが、せーのっで足した金額では駄菓子が精一杯だった。

「んんー」

「ほら、渋っていてもお昼食べる時間なくなるだけだぞ」

 背負うリュックを手で押し、気の進まない小さな背中を急かす。


「お邪魔します」

 朝月は妹のクラス女子で集まる輪に怖ず怖ずと入る。

「なーに? お兄ちゃん連れて来たの? ブラコンじゃん」

 妹と一緒にいる姿を見かける顔見知りのオタク女子が、朝月を見た後ニヤリとした表情を涼火に送る。

 レジャーシートにお弁当を用意していた彼女は微笑を浮かべた。

「はーい、親しき仲にも礼儀ありだよ。人が嫌な事は口にしない」

 軽い調子で返しながら掴みやすい位置にあったオタク女子にアイアンクローを極める。

「あだだだっ……!」

 女の子が出すものにしては残念な声が出る。

 そしてここまでが日常のスキンシップだと言うように、周りの女子たちは止める素振りもなく目の前の光景に触れもしない。

「ごめん、兄貴座るから空けてくれる?」

 左隣の凜とした印象の女子に涼火は声をかけた。

 車座になる女子たちが少しずつ横にズレ、涼火の隣に朝月の入るスペースを空けてくれる。

 他の生徒は校外学習の班や友達、仲良しグループでまとまり昼食を摂っていた。

 朝月は一人分の大きさのレジャーシートを地面に敷き、妹の隣に座り輪に加わる。

「なんだ。お兄ちゃんは膝の上じゃないのか」

「当たり前だ。お弁当食べにくいだろ」

「いやー、最近おねしょたが人気だから巽兄妹の妄想ではかどってさ。脚の間に男の子とか、絵面がエロいよね」

 アイアンクローを受けたばかりだど言うのに懲りもせずバカな発言を繰り返すオタク女子。

「まったく……どこ界隈の話だ? それと勝手な妄想止めろ。はぁ……なんでこんなんと友達やってるのか」

 ため息交じりの妹の本音に兄が口を挟む。

「じゃあ、切れば? 涼火ちゃんに害しかなさそうだから僕が許すよ」

「あ、そう? なら。兄貴が言うから苗字すらうろ覚えのただのクラスメイトに降格します」

「酷くない!?」

 降格処分を聞き驚きの声か上がった。

「僕は涼火ちゃんが姉とかも納得いかない」

「えー、おねしょたの気にする所そこ?」

「確かに気にするところは間違っているけど、兄貴食べるぞ。そこのオタクとのお喋りは無駄話だから」

「分かった」

 自然な流れで交わされた兄妹の会話。それに張本人はオーバー過ぎる反応を取って見せる。

「はぁあっ、兄妹そろってひっど!?」

 もう目をくれずに雑に扱われるのには自分に原因があると指摘ーーするのも面倒で涼火は手を合わす。

 フタを開けたお弁当を膝に乗せた朝月も、妹に合わせて箸を持ったまま手を合わせた。

「「いただきます」」

 二人声を合わせて箸を伸ばすと向かい合う女子たちが兄妹のお弁当を覗いて言葉を漏らす。

「巽さんの男子に負けない量のお弁当は見慣れたけど、お兄ちゃんのお弁当も大きいんだね」

「本当に食べられるの?」

 他の子たちも疑いの目を向ける。

「ふん! ふん!」

 全力で頬張る兄が頷き、隣の妹がいきなりがっつく彼を咎める。

「ダメだろ。詰め込みすぎで喋れてないぞ。ただ燃費が悪いだけだよ」

 そう涼火は疑問を持ったクラスメイトを流し見て答えた。

 身体の大きさに対し、食べきれるものなのか疑わしかったのだと思う。

 何せ少しとは言え朝月の身長は彼女たちよりも小さいのだから仕方ないと言えば仕方ない。

 すると頬張りすぎて詰まらせた唸り声が、んーんー彼女に訴える。

「量があるんだから、がっつくなよ」

 呆れた声と共にペットボトルを開封して横で唸る兄に渡す。

「ほい」

「んっ、ありが……んんーーーーッ?! 」

 朝月はペットボトルに口をつけた直後、悲鳴を押し殺す様に叫び小さくジタバタする。

 口に含んだ物を呑み込んだ朝月の目には涙が浮かんでいた。

「何でコレ渡すんだよ! 涼火ちゃんが分けてくれるんじゃなかったの!?」

 怒りながら訴え、先ほど間違えて買った炭酸水を突き返す。

「飲めない訳じゃないんだから良いだろ」

 涼火はうるさそうに首を逸らして玉子焼きを食べる。

「うう~っ」

 炭酸水の刺激に瞳を潤ませて睨んでいると、肩に指が触れる感覚があり、左隣をさっと振り向いた。

「これ、交換する? 一口しか飲んでないし、わたし炭酸水大丈夫だから」

 こちらも妹と一緒の所をよく見かける黒い長髪の女子が、手にするペットボトルのお茶を傾ける。

「いいの? ありがとう」

 困っている所での申し出に、その優しさに甘えた。

 しかし、それを見ていた涼火が呟く。

「兄貴は気にしないと思うから別にいいけど。それ、間接キスだぞ」

 小さい頃から女の子と一緒でも異性とか意識しない朝月。

 なので、朝月の妹であり幼なじみの親友である涼火が助言を零した。

 以前人に僕が彼氏になりたいのはたった一人の幼なじみだけだと宣言しており、親友のために涼火は指摘した。

「うーん、じゃあ涼火ちゃんのと交換で」

 言われて幼なじみの顔が浮かんだのか、朝月は何となくその時だけでも気になって手にした飲み物を差し出す。

「はい、どうぞ」

 渡し終えると隣のオタク女子が無駄口を叩く。

「まさか……!! お兄ちゃんから奪ってでも彼女の飲みかけが欲しかったの?」

「あ?」

「いやー、そのー、違くて……」

 低い声で鋭い目を向けると一瞬でオタク女子は舵を切る。

 目を泳がす彼女は涼火の胸を避けて身を乗り出し、その向こうを覗き込む。

「邪魔だな……」

 何か余計なことを囁かれたが口を挿まず、誤魔化した言い訳を聞く。

「お兄ちゃんの飲みかけが欲しいからって嘘はいけないな~、ははははは……は」

 急に矛先を向けられた黒髪の女子は当然驚く。

「あたし?! 炭酸が平気なのは本当だよ。適当なこと言わないで! あなたみたいな調子いい小心者が一番好きじゃないんだけど」

 僅かに口調が険しくなり、顔を顰めた。

 オタク女子はその言葉を受け、逆ギレとも言える反応を返す。

「はっきり言ったら? 嫌いだって。好きじゃないとか言葉選んじゃって、そっちだって臆病者じゃん」

「オタクみたいに空気読まないより、傷つけないように配慮してるだけ良いでしょ」

「はあっ、誰が空気読まないって?!」

「ほら、まさに今でしょ。声を荒らげないで。皆困るでしょ」

 抑えているけれど、咎めた声に鋭さが覗く。

「だったら今の空気を察しなよ。悪く聞こえること言うから、こうして舌戦になってるんだけど」

「どの口が言ってるの。睨まれて矛先を変えたくせに」

 その考え無しのせいで今の状況を招いたのだとオタク女子に正論を返していた。

 巽兄妹を挟んで始まった論争にたじろぐ朝月に、珍しくない二人の口論を喧騒として見向きもせずにお弁当に箸をつける涼火。

 当惑する彼に正面の女子が手招きする。

「騒がしいでしょ。こっち来なよ」

「そーそー、最近はいっつもこんな感じだから」

 女子たちの誘いに他の子も同意見だった。

「止めなくても彼女たち絶交しないしね。ほら、おいで」

「ん……っ」

 もう一度左右を確認。落ち着いて食べられないと判断し、女子の言葉に甘えて対面に移動した。

 正面に移った朝月は両側の女子からお弁当の中身の話を振られ、自分と涼火の交代制で作っていると答えていた。

「お料理できるの?」

「うん。僕は涼火ちゃんの兄貴だからね」

「偉いねー。撫で撫でしてあげる」

 自然な話の流れでクラスメイトが不自然に兄の頭を撫でる。

 お弁当やお喋りと注意力が分散されていたからか女子に頭を撫でられてから、遅れてその手から逃れようと身体を反らす。

 しかし彼はお弁当を手にしている事もあって、両側から伸びた手のひらから逃れ切れていない。

 すると朝月に声がかけられた。

「こんな所にいた。飲み物買って来るって言ったきり、何で女子たちに囲まれてるんだ?」

 振り向くと同じ班のメガネ男子が立っており、相手を見上げる様に目を合わせて謝罪を口にする。

「ごめん。忘れてた」

 すると説明を求めて兄を見下ろしていた彼は非常に気持ちの入った声で訴えた。

「そりゃあ、女子たちに囲まれたハーレムなんて羨ましい状況なら俺らの班を忘れるよな。さあ、戻るぞ」

 心の声を漏らして朝月を連れて戻ろうとするメガネの男子。

「お前が居ないから班の女子は皆仲の良い奴らのグループに散ったんだぞ。周り皆女子とお喋りしている中、野郎だけのお弁当はキツいんだからな」

 不満を漏らして朝月の腕を取る。

 しかし、朝月は困り顔を返して手に持つお弁当を目で示す。

「でも食べ始めちゃったし。食べ終えたら戻るよ」

 優先順位は食欲の方が上だと渋る。

「弁当くらい持ってやるから戻るぞ」

 拒否しても食い下がるメガネ男子に女子たちの視線が突き刺さった。

「もう食べ始めちゃったんだから可哀想でしょ」

「そうそう」

「女子は女子、男子は男子で問題ないでしょ? 別に班じゃなくちゃとか、男女仲良くしましょうって小学生じゃないんだから」

 無理やりではないものの、朝月を連れて行こうとする行動に女子たちからの反感を買う。

 言い争う二人以外からの口撃と邪魔者を見るような非難の目を女子たちから向けられ、怯まない男子なんて居ない。

 もれなくメガネ男子も渋々といった体で引き下がる。

「食べ終わったら絶対戻って来いよ! この後も女子たちに囲まれてなんて許さないからな!」

 まるで這う這うの体で撤退する人の様な捨て台詞を吐き、足早に去って行く背中に朝月は返事をする。

「うん! 戻る!」

 再び女子たちのお喋りが何事もなかった様に再会され、涼火は尚も両脇で続くじゃれ合いに窓の外の喧騒くらいに食べ続けた。




        不安なまま続きます?

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