小さなことが大ごとに
教室で班の空気が悪くなり、崩壊しそうになった所で一人が教室から飛び出した。
それを追って朝月は教室の中に叫んでクラスメイトの男子を追いかける。
「みんな待ってて! 絶対連れて戻るから!!」
どうしたら仲良くできるのか、班がまとまるのか、何をしたら良いかはわからないけれど、今のままじゃダメなのは理解していた。
「待って! 何がダメなのかみんなと話そう!」
遠くに見える走る背中に叫び、見失わない様に必死に目も足もクラスメイトを追いかけた。
学校で生徒が走る姿は屋外屋内問わず気に止める光景ではないが、駆けぬけた男子生徒の後に兄の朝月が横切ると話は別だった。
走って逃げる相手を追いかける姿は不安をかき立てられ、それを追いかけて涼火は駆け出す。
「ごめん! 部活休む。また明日!」
一緒に歩いていた同じ部活の女子に謝り、一切の迷いもなく後を追って校門を出る。
朝月は長距離が得意で涼火は短距離派なので、離されそうでも小さな背中に置いてかれない様に駆けた。
何やら先を行く背中に叫んでいるみたいだけれど涼火には上手く聴き取れない。
「逃げないで! もう一度ちゃんとみんなと話し合おう!」
見失わない様に朝月が必死に呼びかけながら走っていた。
すると突然逃げる相手が横断歩道で転び、しかも身体を起こした所に車が突っ込んでくる。
クラクションの音が耳をつんざき、立ち上がったばかりの彼は硬直してしまう。
「うああぁぁぁーーーーーーっ!!」
後から追いかけていた朝月が相手の背中を突き飛ばす。
クラスメイトは衝撃を受けて数歩進み、足を絡ませて歩道に身体が投げだされる。
視界が回りながら歩道に転がった先で、急ブレーキの音のすぐ後にドンッという音が聞こえた。
車道で立ち竦んでしまったクラスメイトの代わりに車に跳ねられた朝月はアスファルトの地面を勢いよく転がった。
ゴロゴロゴロ……と。
顔を上げて歩道から状況を確認する彼に近づく足音。
「めちゃくちゃコケてたけど大丈夫?」
後から追いついた涼火が相手に駆け寄りケガがないか心配する。
コケてたとかいう表現ではないレベルだけれど、それよりも重大な目の前の事故に慌てる。
「それより! 巽君が……車に……!」
逃げた自分が原因で起こった事故に、焦った声で訴えると彼女は何でもない口調で言う。
「ああ、多分兄貴なら大丈夫。小さいのと身体が柔らかいから心配いらないだろ」
涼火の言葉通り車に跳ねられたはずの朝月が地面から起き上がりやってくる。
「兄貴、大丈夫だろ?」
「涼火ちゃん? まぁ、とりあえずところどころ痛いけど折れてはないみたい」
その場で彼は跳ねて腕を回す。
別に妹の姿があっても気にした様子はなく自然で、これが巽兄妹のあり方なのだと窺えた。
「な? 不思議と骨折はしないんだよ。心配するだけ損だぞ」
後に病院で調べても、かすり傷くらいで何も問題なかった。
「さぁ、戻ってみんなに謝ろう」
「厭だ。自分のエゴで迷惑をかけ過ぎて顔を合わせたくない」
事故の方が大ごとなのに、その話をするのかと思いながら拒絶した。
するとよく分からないけれど、と前置きした涼火が話に割って入ってきた。
そして兄のクラスメイトに言葉をかける。
「何があったのか知らないけど、迷惑をかけて申し訳ないと思うなら、必ずキミは満足する結果を出しなよ。じゃないと迷惑をかけられたのにキミが不幸だって落ち込んでたら迷惑のかけられ損だからね。自分が幸せになるために他人に迷惑をかけたんなら迷惑をかけた責任があると思わない?」
妹的に朝月を見ていると報われない事がままあり、どうせ周囲に迷惑をかけたならせめて解決後はハッピーエンドであって欲しいと思っている。
彼女の無茶苦茶だけれど無視もできない言葉に返せないでいると呆れた風に言われた。
「あと兄貴に目をつけられると何でもないことでも今回みたく大ごとになるから、大人しく観念するのが賢いやり方だよ」
すると教室に残してきた班の皆が駆けつける。
フロントが軽くヘコんでいる車もあり、口々に大丈夫とか何が起こったのか疑問の声が上がった。
一応の事情聴取と現場検証などなど、顔見知りのお巡りさんに注意されて戻った朝月が叫ぶ。
「なんでいないの?!」
クラスメイトの姿がないのでさっそく探しに行こうとする。
しかし、涼火がその首根っこを掴んで引き止めた。
「ちょっと待った。人には一人の時間とか、期間を空けることも必要なんだよ」
「でもでも!」
「兄貴だってケンカした直後に相手と顔を合わせたくないだろ?」
「それは……そうだけど」
本当は祝の名前を出せばもっと効果的なのだけれど、あの時の不安定な朝月になられても困るので一般的な説得に止める。
それに転んで突き飛ばされた男子より、車のボンネットをヘコました人間がピンピンしている方がおかしいと目をやった。
「クラスメイトが車に撥ねられたんだ。慣れてない人にとってはショックなんだから仕方ないだろ」
朝月の無理無茶を目にしてきた涼火はそう言って兄を説得する。
「さ、次は病院行くぞ」
どうせかすり傷程度だろうけれど腕を引く。
「えー、大丈夫だよ」
「それは病院で診てもらってからだ。今病院行けば学校の教師たちからの追求は明日に後回しできるけど?」
両親からのお説教は仕方ないとして、当日に学校から詳しく事情聴取を受けるのを分散させられる。
事故に遭った件と安否は連絡しなければならないけれど、病院で検査受けるなら教育指導は先延ばしできるはずだ。
一日に警察の事情聴取、学校からの事情聴取と教育指導、両親のお説教を受けるのは正直辛いだろう。
こういう事に関しては聞き流す兄とはいえ、くどくど続く説教は嫌なはずだ。
「どうする?」
「病院行こう! あと、なぜか飲みたくなる紙パックのジュースが飲みたい。バナナ・オレの気分!」
そう朝月が質問に対して食い気味に答えた。
「はいはい。一応車に跳ねられたんだから大人しくしててよ」
慣れた様子で返事をし、兄を連れて病院へ向かった。
続けられ……る?




