一人暮らし宣告
ーー羽衣の愛が朝月に対して行き過ぎているがために、心配した母親により姉弟は引き離される。
「あーくん、こっち来て一緒にテレビ観よう」
余りにも落ち着きなく遊びに行ったり外に出るものだから、母親に言われてもいるのでリビングのテーブルで勉強をしていた時だった。
姉の羽衣に腕を引かれ、テレビの前で後ろから抱きつかれる。
「勉強中だから邪魔しないで!」
勉強中に不意を突かれたので、彼女の脚の間に無抵抗で納まる様に座らされてしまう。
テーブルの前に戻りたいが抜け出せない。
「お姉ちゃんに厳しくない? いいでしょ、休憩休憩」
身体が小さいせいで抱え込まれる様に捕まえられてしまって振りほどけなかった。
羽衣の両腕に腕ごとホールドされ、反動をつけて立ち上がろうとしても抱え込まれて反動のつけようがない。
「息抜きは大事だよ」
姉弟ならケンカで叩いたりするけれど傷つけるほどの事はしたくないし、身を捩ったくらいでは抜け出せそうにない。
「良くない! 運動は小学生までで中学生になったら勉強も出来ないとかっこよくないって涼火ちゃんが言ってたんだ!」
「へー、でもお姉ちゃんは今のままのあーくんもカッコいいって思うな」
ぎゅっと身体を押し付けて抱く圧を強める。
「でも、誰のためにカッコよくなろうとしてるのかなー?」
「それは……」
朝月は恥ずかしがって追求を断ち切ろうと叫ぶ。
「別にいいじゃん! 姉さんには関係ないから!」
日々こうした姉の妨害を受けながらも、朝月は毎日を過ごしていた。
シャワーで身体を濡らし、ポンプの頭を押してシャンプーを手に取ると、浴室の扉が勢い良く開いた。
「あーくん! 身体洗ったげる!」
飛び込んできた姉の羽衣に、朝月は悲鳴にも似た声を上げる。
「姉さん?! なんで!? なんで裸なの!?」
とっさに鏡の前で身体を縮めて相手を睨んだ。
すると、さも質問が不思議そうに姉は首を傾げる。
「お風呂だから。昔一緒に入ってたでしょ?」
「そうだけど! 涼火ちゃんは……」
口にして妹も含めて両親も帰宅していないから、浴室に姉が入ってきたのだと思い至る。
言葉を失っていると。
「さぁ! このお姉ちゃんのおっぱいで背中を洗ってあげる。あーくんの大事なところはお姉ちゃんのふわとろなところで包み込んでキレイにしてあげるよ」
逆に汚しちゃうかも、と妖しく微笑む羽衣に叫び返す。
「なに言ってるか分からない! 自分で洗えるから出てって!」
「ダーメ。もう服脱いじゃったからお風呂に入らなきゃ、お姉ちゃん風邪ひいちゃうよ? いいの?」
浴室の入口を塞いで立ちはだかる姉。
シャワーすらまともに浴びておらず、まだ温まっていない朝月は逡巡を見せる。
「……分かった。僕が出るよ」
「それもダーメ。姉弟なんだから一緒に入ろう」
口調は柔らかいが、確固として逃がさないといったニュアンスが含まれた返事だった。
「じゃあ、何にもしない?」
縮こまって約束を提示する。
逃げられないと感じて約束を持ちかけるが羽衣は聞かなかったフリをする。
「ささっ、あーくん頭洗うんでしょ? お姉ちゃんが洗ってあげるから前向いて」
歩み寄って弟の背中に回り、胸を揺らして膝をつく。
頑なに身体を開こうとしない朝月に、ニヤリと笑ってみせた。
「もしかして我慢できなくなっちゃったから、キレイにするのは前からの方が良いのかな?」
「だぁっ、大丈夫だから! 一緒にお風呂入るからエッ、エッチなことはしないで!」
問に身の危険を感じて懇願する。
そもそもこれが初めてではないし、これまでの羽衣の行いから何もしないと約束されても信じられるはずない。
よくアニメでエロい事をしてる様で健全な事をしてる描写があるが、この姉はお約束という物を知らずに本当にエロい事をしてくるので恐ろしい。
「うーん、お姉ちゃんがあーくんのを想像して一人でしてるところを見たいってことかな?」
「違うよ! とにかく早く体を洗わせて。一旦お湯で体温めないと風邪ひいちゃう!」
姉弟裸で向き合っているのが嫌で訴えると、姉は一瞬悩む素振りを見せた後ボディーソープのポンプを押して手に取った。
「そうだよね。早く体を温めないとダメだよね」
その何でもないはずの言葉に身を震わす。
すると身体の前面にボディーソープを塗り、更にポンプを押して手に取って腕、脚、そして再びボディーソープを手のひらに用意した羽衣は微笑む。
「仕方ないから、一緒に洗っちゃうね」
言うが早く縮こまる彼に抱きつき、自身のボディーソープを小さな身体にこすり付ける様に動いた。
「なななななっ!? 嘘つき! エッチなことしてるじゃん!」
逃れられないと恐怖しながら叫ぶ。
「してないよ。早く洗って浸からないと寒いでしょ?」
反論に対して屁理屈じみた返事に結局逆らえず、抵抗して縮こまっていたけれど立たされ、首や肩、背中に腕を回されて洗われる。
最初は逃げ出そうと身を捩るが、お風呂場という事もあり滑るのを気にし、上手く抜け出せずに失敗。
身体同士で洗っているのでお互いの温度で体温が上がり、ボディーソープの香りもして、人に洗われている気持ち良さに強ばっていた手脚から力が抜けていく。
美容室でカット後にシャンプーしてもらう時と似た感覚に抵抗感が薄れる。
「やめっ……もう……っ、姉……さん、いいでしょ……あっ……」
そして脚は脚で洗われるため股の間に柔らかな太股が滑り込む。
「もうっ、あーくんもお姉ちゃんを洗ってくれるの?」
「……?」
抱きつく姉を蕩けた表情で見上げる。
「そんなに主張してくれて嬉しいけど、お姉ちゃんのボディーソープはまだ準備できてないの。でも邪魔な涼火ちゃんはいないし、ゆっくり洗おうか」
「…………?」
されるがまま洗われて気持ち良くて頭がポーッとするので思考が上手く働かず、羽衣が何を言っているのか理解できずに身を任せてしまう。
そして気づくと湯船に二人で浸かっていて、湯上がり姿に両親よりも先に帰宅した涼火が呟いた。
「遅かったか……」
お風呂に浸かったせいだけではない頬の上気に、証拠がなければシラを切られると姉の膝上でくたっとする朝月の姿を見て内心ため息をもらす。
ある日の暖かな休日。
「行ってきまーす」
家の中に向かって告げ、涼火は友達との待ち合わせに出かける。
「いってらしゃい。気をつけるんだよ」
「それはこっちのセリフ」
すぐに玄関まで見送りに顔を見せた兄に返し、ショルダーバッグの肩紐をかけ直す。
「私の居ないところで問題起こしたり、騒動に首を突っ込むなよ」
「しないよ」
髪を整えてもらった頭に手をやり朝月を見やる。
「本当か? 家に帰って来たら居ないし、連絡つかないし、日が暮れて帰ってきた兄貴はボロボロでってことがーー」
「はいはい、どれだけ前の話をするのさ」
相手の小言を遮って玄関先から動かない妹に外出を促す。
「早く行かないと友達待たせるよ」
「そうだな。心配するだけ無駄だな。行ってきまーす」
パンツとスニーカーで動きやすい様に決めた脚で踏み出す。
朝月的にはもうちょっと女の子らしくしたかったけれど、自分よりも背が高く似合っていたので髪型とアクセサリー、裾など細かな要所で女の子らしさを出して妥協した。
本人的には友達と遊ぶから動き易い服装が良いと譲らなかった。女子の友達と遊ぶのに動き易さ重視なのも疑問だけれど、朝月がついていかないのにスカートを穿かせて無防備にならないか心配ではある。
ロングスカートであれば安心だけれど、涼火がバサバサヒラヒラして面倒くさいと、バサバサという状況が理解不能ではあるけれど服装でケンカしても仕方ない。
妹の背中を見送ってリビングに戻った瞬間、羽衣が飛びついてきて弟の首に腕を回す。
「あーくん! 遊ぼ。もしくはイチャイチャしよ! お父さんもお母さんも用事で居ないからさ」
いつも通りの過剰なスキンシップと甘えた言い方に引き離す様に答える。
「僕と遊んでる場合? 弟とよりも普通は彼氏とかと休日は出かけるんじゃないの。僕に構ってないで恋人作りなよ」
ブラコンを越えた変態を諭す。
「姉さんは美人なんだから彼氏くらいすぐできるって」
すると羽衣は更に引っ付いて口にする。
「ひーどーいー、好きな人から他に恋人を作れとか傷ついちゃうぞ……」
寂しげな表情を一瞬浮かべて朝月に顔を寄せた。
「あーくんがいけないんだからね。あーくんが好きだから彼氏を作れないの。よってあーくんにはお姉ちゃんの性癖を歪めた責任があるんだよ」
「そんなこと……知らない」
彼氏が作れない原因が弟だとカミングアウトされても普通に困る。
姉の肩に手を充て、突っ張る様に遠ざけて言葉を返す。
「姉さんが家にいるなら、僕はどっか出かけるよ」
留守番をしていても姉と一緒では身の危険を感じるし、休みの日にのんびり過ごすといっても、雨降りでない限り一日中家の中で大人しくしているのは性に合わない。
だから休日でも絶対に散歩で一度は外出している。
「そうなの? じゃあ、お姉ちゃんも出かけるからデートしようか」
自室に戻りながら、後ろをついてくる羽衣の誘いに疑問を返す。
「どうしてそうなるの? 姉さんが家にいないなら留守番するけど」
「えー、デートしようよ。知り合いからおすすめされたハワイグルメのお店があるから行こう。パンケーキがおすすめらしいけど、ハンバーガーもあるって」
「その情報、男の人から一緒に行きませんかって誘われたところじゃないよね?」
疑惑を追求しながら、自室の戸に手をかける。
「……違うよ。女友達から教えてもらったお店だよ」
「変な間があったけど?」
「ないよ。それより早く着替えてデートに行こう」
流れで朝月の部屋の中にまでついてくる。
「行かない。姉さんと一緒のところを学校の知り合いに見られたら恥ずかしいから」
羽衣と一緒に出かけるのは家族だから普通だけれど、思春期に姉と二人きりで外出している事実を知られるのが何だか嫌だった。
涼火となら毎日登校や校内でも顔を合わすので気にせず外出もできるが、羽衣とは気恥ずかしい感じもあって知り合いに見られたくない。
「そんなこと言わずに。コーディネートしてあげるし、お姉ちゃんが着替えさせてあげる」
言って抵抗される前に弟をベッドに押し倒し、部屋着の裾から腕を滑らせて上半身をめくる。
「姉さん……?!」
当然朝月が驚きの声をあげるけれど羽衣は余裕の表情を浮かべた。
「ほら、バンザーイ。脱げないでしょう。それとも、このままベッドの上で一日中一緒にゴロゴロして過ごしても良いけど?」
妖しく口角を上げた姉が、こうなってしまうと相手の言葉を聞かない事を知っている。
悟った彼は仕方なく見上げる姉に頷く。
「姉さんと一緒に出かけるよ。でも、姉弟だからって手を繋いだり抱きついたり、絶対ベタベタしないでよ」
人目のあるところで家の中の時の様なスキンシップをされるのは恥ずかしいし、何よりも学校のクラスメイトや知り合いに見られたくない。
特に祝には……
着替えて家を出るとさっそく羽衣が腕に腕を絡めてきた。
「ちょっと! 約束は!」
朝月が秒で腕を組んだ姉を非難すると、口元が緩みっぱなしの羽衣が答える。
「仲の良い姉弟はこれくらいするでしょ」
「しないよ。そんなことするの風変わりな姉弟だけだって。仲の良い姉弟でも腕は組まないし、歩く時だってお互いの肩だって触れないんだからね。夏みかん一つ分くらいの近さまでだから」
マイノリティーを訴えるが解かれる事はなく、100メートルも行かずにご近所さんに声をかけられてしまう。
「あらあら、お姉ちゃんと腕を組んじゃってお姉ちゃんと仲良しね~」
「はい、これからデートなんです」
なぜか声をかけてきた年配の女性に羽衣が答えた。
なのですぐに姉の言葉を否定する。
「違います」
姉の密着に煙たそうな表情を朝月は浮かべるが、相手は微笑ましい光景でも見ているのか彼の言葉を聞き笑う。
「恥ずかしいのかしら~、お姉ちゃん美人さんだもんね」
そう和やかに言われてしまう。
これは何を訂正しても人に見られて照れているだけと捉えられてしまうと諦めが湧く。
「もう一人のお姉ちゃんも手脚が長くて凛々しいわよね~」
「あれは妹! 僕がお兄ちゃんです」
久しぶりに会う親戚でさえも体格差から間違う勘違いを指摘するが、ご近所さんは子供の発言だとちゃんと受け取らない。
せめて中学生に見られていたなら、多少は違っていたかもしれないけれど言っても仕方ない。
ご近所さんと話を終え、朝月はムスッとして歩く。
向かう先は映画館も入っているショッピングモール。他にもなぜこんな田舎にと疑問しかない商業施設が駅前にあったのだが、長らく続いた謎も春に閉店という言葉に解消されてしまっている。
よって外出といえば無料の動物園がある見晴らしの良い公園か図書館、ショッピングモールと決まってきてしまう。
親子連れで訪れる公園は数あるので散けるけるが、友達と遊ぶとなると駅前にカラオケとか若干離れた所にゲームセンターはあっても余り利用しないので、選択がショッピングモール一択だった。
ボーリング場やバッティングセンターもないこともないけれど、小さな建物なので休日とかは人が集中して時間待ちは確実。
だから友達といる妹の涼火と鉢合わせてしまうのも仕方ない。
「二人とも何してるのさ……」
「助け……!」
「デートだよ」
呆れた声に助けを求めたが口を塞がれ、羽衣が柔らかい笑みで妹に答えた。
「仲の良い姉弟ならデートくらい普通でしょ? 出て来る時だって近所の人に『お姉ちゃんと仲良しね~』って言われたんだから。何にも後ろめたくないわ」
母親に告げ口しても姉弟のスキンシップの範ちゅうだからセーフだと暗にほのめかす。
見てくれは自慢してもおかしくない姉だけれど、朝月が絡むとアホの子になる性質に残念さが滲む。
「羽衣姉……羽衣姉の場合は比喩表現じゃなく、本気で兄貴とデートとか思ってるからたちが悪いんだ」
言って繋いだ手に目をやる。
「手を握っているのも、迷子にならないためだと?」
「もちろん。あーくんは目を離すとすぐにどっか行っちゃうからね」
それは同感だけれど余り友達の前で自分の異常性を見せないで欲しいと願う。
今のところは「美人」とか「大人っぽくて優しそう」と羨ましげな声が聞こえているけれど、姉の実態は変態とも言えるほど重度のブラコンだ。
「あと羽衣姉、傘は?」
天気予報だと夕方の降水確率は半々だった。
だから涼火はバックに折りたたみ傘をぶら下げている。
「兄貴も持ってないようだけど、あわよくばラブコメ展開だからってラブホとかに連れ込むとか、邪なこと考えてないよね?」
顔を寄せて周りに聞かれないように囁いた。
ブラコンが過ぎる相手に疑惑の目を向けると、ハッと気づいたかの様に姉の瞳が見開かれた。
「その手があったか……!」
兄貴とのデートは場面行動だったから傘を忘れたらしく、そんな勘違いを考えてしまった自分に涼火は羞恥で耳が熱くなる。
すると友達から呼ばれた。
「そろそろ映画、始まるから行こーよ」
「あぁ! 今行く」
返事を返し、彼女は姉と兄に背を向けて離れた。
「羽衣姉、余りハメ外さないでよ」
最後にブラコンが過ぎて変態の域にある姉に注意して友達の元に戻る。
「邪魔者も居なくなったことだし、あーくん行こうか」
うきうきする羽衣に反して不安が強固になる。
「じゃーん。デートの定番ランジェリーショップ~、あーくんにはお姉ちゃんに似合う下着を選んでもらいまーす」
「……」
漫画と現実の区別もつかなくなってしまったのか、どこの定番なのか不安的中で言葉も無い。
全体的に淡い色が並ぶ店内を光を失った目で確認してため息を漏らす。
「……選ぶのは姉さんだからね。それが良いかダメかは答えるけど自分で決めてよ」
「分かった。あーくんに気に入ってもらえるの探すね。脱がせたいって思ってもらえるヤツを」
「……姉さんが着けたいのでお願い」
狂気を見せる羽衣の手を引き、躊躇いを見せずにショップに入って行く。
別に男子一人という状況でもないし、涼火とも成長と共にサイズが変わる度下着売り場には足を運んでいるので、普通の男の子よりは抵抗はない方だと思う。
「どうせだからここ出たら次はあーくんの下着を買いに行こうか。お姉ちゃんが選んであげる」
「嫌」
きっぱり一言で切り捨てる。
「じゃあ、仕方ないな。お姉ちゃんのヒモとかTバックとか玉とか試着した姿を見て選んでもらおうかな?」
「玉?」
紐パンティやTバックは耳にするが、謎の単語に思わず反射で聞き返してしまった。
すると姉はニヤリとして耳打ちしてくる。
「ええっ……?」
囁かれた説明に狼狽えてしまったが、そんな奇抜な商品は一般的なランジェリーショップには取り扱いはなかったので、心配しただけ損だった。
「冷やっこいんだって」
「知らないよ! そんなことより早く買って出よう!」
「耳赤いよ。想像しちゃった? いやらしーなー」
好きな人が自分で想像してくれた事が嬉しいのか彼女の声は弾んでいた。
「……帰る」
「ごめん、ごめん。帰らないで。お姉ちゃんと付き合って」
両手で朝月の手を握って引き止める。
しかも周囲からは帰ろうとする姿が恥ずかしがっている様に見えたようで。
「お姉ちゃんと買い物かな?」
「恥ずかしがっちゃってカワイイ」
「ウチもあんなカワイイ弟だったらな~。可愛げないから羨ましい」
などなどショップにいた女性客は二人の様子を見て勝手に囁いてくれる。
いつも通り身長と子どもらしい見た目のせいでカッコいいよりカワイイを言われて眉間にシワが寄った。
しかも羽衣の言葉は「お姉ちゃん『に』付き合って」ではなく『と』な部分、迂闊に返事をすると言質を取ったと恋人をさせられる。
小技が小賢しい姉に小さなため息を漏らす。
その後下着売り場を後にした二人はショッピングモールのフードコートへ移動した。
一フロアが丸々フードコートになっていて椅子とテーブル、街を囲う山並みが見えるガラス窓側にはソファ席が並び、カウンター席を模した一角もある。
ところどころ間仕切り代わりの観葉植物のある飲食スペースを様々な店舗が囲う。
主食のラーメン、丼物、ハンバーグ、ハンバーガーショップ、たこ焼き、デザートにはアイスクリーム屋やクレープ屋。
コーヒーとケーキが並ぶカフェなどなど。
平日は学生や未熟児連れの女性たちが目立つが、今日は家族連れや色々な年代が目につく。
とりあえずそれぞれ食べたい物の調達に分かれる。
羽衣がうどんとあじフライを乗せたトレーを両手に朝月を探していると、座れる席を探していると思われたのかトレーを片手に持つ男性二人組みが声をかけてきた。
「席探してるなら俺らとどう?」
「友達が席で待ってんだけど、君かわいいから一緒に食べたいな」
まるでファッション雑誌に載っていそうな服装の二人は、気さくな雰囲気で誘ってくる。
飲み物はトレーに乗せず手に持っていた。
「そうそう、君ともっとお喋りしたいしさ」
「もし友達と来てるなら一緒でもいいから」
微笑を浮かべて話しかけてくる。
髪型は今風にしていて同年代であれば誘われて嬉しくない女性はいないと言えるルックスではあった。
けれど間を空けずに小さく頭を下げる。
「ごめんなさい」
ちゃんと断るけれど謝るだけでは弱かったらしく誘いは尚も続いた。
「そう言わずに。なんなら友達と相談して決めてよ」
「あとさ、食べた後も一緒に遊ばない?」
相手から見て羽衣は断れない印象に映っているのだろう。
清楚系のコーデにしたので、そう見えてしまうのもあるだろうけれど。
それにしてもしつこく、拒絶したとしても余り意味がなかったのではと思えるくらい相手は誘ってくる。
周りには他の人もいるが、それぞれ知り合いや家族と来ているので、他人が困っている事には気づいていない。
話し声など周囲がガヤガヤしていて、ナンパしている彼らの声は紛れて誰も気に留めないのだろう。
もう一度キッパリ断ろうと口を開きかけた瞬間、はっきりした口調の幼い声が割って入った。
「お待たせ。姉さん……の友達じゃないね?」
突然現れた朝月に三人の目が向く。
ハンバーグやキッシュ、サラダにクレープ、飲み物まで限界ギリギリまで乗ったトレーを手にした弟が立っていた。
彼の確認に小さく頷くと、ナンパしてきた二人組みに首を回す。
「ボク、お姉ちゃんとお話ししたいから一緒に食べたいんだけど良いかな?」
「食べたい物あるならデザートにアイス買ってやるぞ」
自分よりも身長の高い相手を上目づかいの瞳に映して答える。
「嫌です。お断りします。アイスも間に合ってるんで」
片手に持つアイスクリームを相手の目線に掲げて断った。
明らかにデザートを先に購入しては溶けてしまうけれど一番に食べるので問題ない。
主食の前にデザートを食べる事に羽衣は馴れているし、ナンパの男性はそんな些細な疑問に突っ込んだりしない。
「そんなこと言わないで。俺らは一緒に食べてお姉ちゃんとお喋りするだけだからさ」
断られても尚引き下がらない相手に朝月も繰り返し拒絶した。
「嫌だ。何となくお兄さんたちに姉さんに近づいて欲しくないから」
はっきり物を言うが、それでもまだしつこく誘ってくる。
「じゃあ、お姉ちゃんが俺らとお喋りしたらゲーセンに行こう。太鼓でも釣りゲーでも、クレーンゲームで遊んでもいいぞ」
今度は物で釣ってくる男性。
尚も諦めないものだから朝月はアイスクリームを姉のトレーに預け、近い相手に一歩踏み込みその脇腹に手刀を素早く叩き込む。
「つ……ッ?!」
食べ物を持っているので踏み込みや威力は低いが、不意打ちの一撃にナンパ男性は身を捩った。
手にした飲み物は取り落とさない程度には受けた痛みに顔を歪める。
もう一人いた男性は脇腹を押さえる連れを覗き込む。
「なに? 痛いの? 今ので?」
「うるさい……半笑いやめろ」
朝月は興味なさそうにナンパ男性二人に背を向け、トレーが傾かない程度に羽衣の手首を掴み、そっと手を引く。
「姉さんは僕とデート中なんで諦めて下さい」
聞こえているかは定かでないが、そう言い残してその場を離れた。
引かれた小さな背中に彼を好きになった時の出来事を思い出して口元が綻ぶ。
前にも同じ様な、しつこく言い寄られていた時に朝月が助けてくれた。
たぶんそれがただの弟から意識が変わったきっかけだったと思う。
それから何を考える時も朝月の顔が一番に浮かび、彼を優先する様になった。
二人席の並ぶ両側で女性がお喋りしているテーブルにつく。
「色々言ったけど食べよう。イライラして余計お腹空いた」
席を選ぶ間色々と姉に文句を言ったが、席が決まるとトレーを片手に椅子を引いて姉を促す。
そして朝月はトレーを置き、向かい合わせで椅子に腰を下ろした。
「何で嬉しそうなの……?」
散々注意したのに反省するどころか何だか姉が喜んでいる様に見えた。
「んー、そんなに心配するくらいお姉ちゃんのことを好きなんだって。嬉しくない訳ないじゃん」
「……」
家族だから心配するくらい当たり前だけれど、口で言われると急に恥ずかしくなる。
羽衣が預かったアイスに改めて目を落とすと違和感を覚え、その視線に気づいた朝月がアイスクリームを片手に説明してくれた。
「あぁ、これ? アイスに見えてポテサラなんだって」
僅かに熱くなった顔を誤魔化す様に他の事に気を向ける。
アイスの様に丸く乗せられた上にはスライスされたキュウリとプチトマトが飾られていた。
ポテトサラダもニンジンや玉子、グリーンピースなど混ぜ込まれているのが見て確認できる。
「食べる?」
言って朝月はスプーンでひとすくいし、腕を伸ばす。
「はい。姉さん」
羽衣は顔の前に捧げられたポテサラを一瞥する。
「そういうことは恥ずかしげなくしてくれるんだね」
余りの自然さに意外性を覚えた。
「腕を組んだりベタベタすると嫌がるのに」
「それは姉さんが胸を押し付けてくるからでしょ。普通の姉弟はほとんど体に触れたりしないんだよ」
「そうなの? でもさ、好きな人にはくっつきたいじゃん。他所は他所、家は家だよ」
「……」
好きな人にくっつきたいという感情は朝月にも覚えがあり、否定出来ないので話を戻す。
「おやつはいつも涼火ちゃんと分けてたからね。別に普通だって。味の違うソフトクリームを交換するとか、分けたり、一口味見させるために同じスプーンで食べさせるのも当たり前だよ」
羽衣とは年が離れている事もあり、おやつの取り合いとかはないけれど、涼火とは味の違いとか数や大きさでよくケンカになる。
今は自分のを勝手に食べたりしない限り、おやつや食べ物が絡んだケンカは滅多に起こらない。
「うーん、できればあーくんが一度使ったスプーンで間接キスだったら良かったな~」
残念そうに心の声を漏らす。
「これまでだって間接キスくらい普通だったじゃん。今さらどうでもいいでしょう」
「違うよ。意識しないのと意識しているのは!」
「はぁ、で、要らない?」
そう朝月は訪ねてスプーンを揺らして首を傾ける。
「要る! あーん」
心変わりして下げられてしまう前に首を伸ばして口を開けた。
食事の後もショッピングモールをぶらぶらした帰り際、通路に背を向ける形で置かれたソファから男性三人の会話が耳に入る。
「年下ならいけると思ったのに何なんだよ。肩に腕を回しただけでみぞおちに肘を入れてくるとか、どんなおっぱいだよ」
まだイテーよ、と聞こえた。
「オレも声かけた子の小さな弟に手刀くらったぜ。マジでどうなってんだ? せっかくファッションを頑張ったってのに」
「やっぱ、地元から出てくんなってことじゃない?」
二人の文句に半笑いの声が答えた。
「俺らこんだけ気合い入れたってのに、いっその事東京まで出た方がよかったな。彼女ができたら付き合えるギリの距離になんてしなけりゃよかったぜ」
今の時代メッセージのやり取りだけでも恋愛は出来るが、若い事もあり実際に顔を合わせて触れられる条件を優先した結果、このショッピングモールでのナンパになったけれど。
「だな。東京だったな。みぞおちに肘鉄食らうくらいなら、一度っきりの関係でもいいからワンチャンある方がマシだろ」
「けどさ。こんな田舎でコレだよ? マジの都会行ったらヤベーんじゃない?」
骨折や歯の一本も持ってかれるんじゃないか? と半笑いの言葉が、二人には冗談じゃなく聞こえて言葉を失って沈黙する。
とりあえず朝食を食べる前に顔を洗って目を覚まそうと、ベッドを出た涼火は洗濯機の回る脱衣所に向かう。
すると先客が鏡の前でヘアブラシを持っていた。
小さな影は頭の後ろ斜め横の同じところを何度も何度も繰り返しかけている。
寝癖はそこだけでなく全体的なのだが、朝月は一カ所にブラシを通していた。
しかし、寝癖が酷く漫画みたいな跳ね方を見せて立ち、全く直っていない。
「一度髪濡らしたら? それじゃ一生かかっても終わらないぞ」
永遠に梳かさなければならなそうで呆れを零す。
「……あ、んっ……」
返事なのか小さな声を漏らして水を出し、妹が止める間もなく洗面台に頭を突っ込んだ。
水道の勢いもあって、兄を伝い周囲に水をまき散らす。
「何やってんだよ! 床がビチャビチャになるだろ!」
部屋着の首根っこを掴んで引き離し、洗面台脇のタオルハンガーからフェイスタオルを引ったくる。
「あぁ、前もビチャビチャじゃないか」
寝癖どころじゃない大惨事に朝月の頭にタオルをかけてワシャワシャと髪を雑に拭く。
おかげで兄のおかげで顔を洗わずとも目が覚める。
洗濯機を回し始めた母親も、水を止めてこのタイミングで洗い物増やしてとぼやき、脱がした物を一時停止した洗濯機に放り込む。
朝食のテーブルには涼火と朝月が横に並び、向かいに羽衣と母親の席がある。
父親の席は長方形の短い辺に椅子が置かれ、誰より早く今日も仕事に出ていて姿がない。
「あっ! 兄貴それ私のウインナー!」
隣からフォークが伸び、野菜や目玉焼きを避けてさらわれた。
「……あ、ん……ごめん……」
眠たいのかまだ反応が薄く、食べながら謝る。
もちろん、兄は自分の分のウインナーは完食していて、涼火はその事に不満を漏らす。
「ウインナー返して」
無理と分かっているが、まだ小さな頃に食べ物の取り合いをしていた習慣が抜けない。
そんな食べ物の恨みからくる要求を、正面で弟を愛おしそうに眺めていた羽衣が叶える。
「はい、涼火ちゃん。お姉ちゃんの分をあげるから許してか」
プレートを持って妹の皿にフォークの先で押し出す様にウインナーを移動させた。
「あ……ありがと」
涼火は変な優しさを感じ、ウインナーを分けてくれた姉に疑惑の目を向ける。
すると案の定、朝月へ怪しさしかない微笑みを見せた。
「あーくんの代わりに涼火ちゃんにウインナーをあげたから、お姉ちゃんにはあーくんの一本しかないウイン……明日の朝食に返してね!」
背後に母親の気配を感じ取った羽衣は下ネタを途中で切って誤魔化した。
姉は息を詰めて母親の動向を覗う。
「……」
リビングに入って来た直後で聞こえてなかったらしく、羽衣に目を留めず、洗濯物が回っている間に朝食を済まそうと用意を始めた。
「良かったぁ……!」
心の底胸をなで下ろした様子の姉に妹は呆れた目を向ける。
「羽衣姉……」
涼火は仕事終わりの母親と買い物をしてエコバッグを下げて帰宅した。
毎年桜を見るとポップコーンを思い出すと言う祝を思い出したので、買い物をしたエコバッグには桜ミルク味のポップコーンが入っている。
「ただいま~」
リビングに入るとソファに眠る朝月とその前に膝をついた羽衣の姿が妹の目に飛び込んできた。
「羽衣姉……とうとう一線を」
その一言で姐の肩が震え、ぎこちなく顔を上げた。目撃されて隣に立つ母親の姿にこの世の終わりみたいな表情を浮かべる。
今までのスキンシップは行き過ぎていたとか、性欲のせいとか言い訳も出来たが、涼火にとってキスは本当に好きでないとしない特別なものという認識なので、母親の知らない悪戯よりも衝撃は大きかった。
もちろん、母親にとってキスでも十分家族会議ものに違いない。
もし涼火の知っているこれまでの悪事を告げ口すれば、確実に姉は親から絶縁される事になる。
「羽衣、あなた……朝月に何をしてるの」
感嘆符も何もつかない事により母親の怖さが滲む。
年に数えるほどしかない母のマジ切れに、頬を引きつり気味に今の質問に答える。
「寝顔がかわいかったから、つい。ほっぺにチュッ……て、かわいかったからさ……」
苦しい。いくら角度で誤魔化せる事があるとしても、今目にしたのは完全に唇だった。
「……別に赤ちゃんとかにだって、する……でしょ……?」
むちゃくちゃ目が泳いでいるし、居合わせた妹としては気まず過ぎもして、日頃の所業もあってフォローする事が出来ない。
まさに自業自得とか因果応報という言葉が当てはまり、とても庇う気になれない状況だった。
「親とか姉弟のチューはノーカンだって、言うじゃん……だからさ」
言い訳を重ねる娘の言葉を無言で聞く母親。
「逆説的? にセーフでは……お母さん……?」
母の雰囲気が重くなる度、どんどん姉の声が小さくなっていく。
無言が一番恐ろしい母親。
そしてとうとう言葉を発した。
「改める気はないようね。仕方ない。学費とかもあるし、今すぐとは言わないから就職する時に一人暮らししなさい」
「えっ……」
突然の家を離れて一人暮らしをしなさいという話に一拍の間が生まれる。
「……じゃあ、就職出来なければ!」
この場面で何て前向きなのか、単に弟が絡むとアホになるのか、自活出来ないなら出て行かなくてもいいと都合のいい解釈を口にする羽衣。
しかし、そんなはずもなく。
「そんな訳ないでしょ。卒業したら一人暮らしよ。しっかり就職活動しなさいね。最悪就職先はその後にでも探しなさい」
姉は強制的に家から追い出される宣告を受けた。
猶予期間はあると言っても唐突な展開なので、親から告げられたそれは子にとって相当ショックな話なのは確かだった。
「そんな……」
それは姉にも適用されると思ったのだけれど。
「でも、あーくんが一人暮らしするのは?」
母親に言われた事が受け入れられないのか、苦し紛れの疑問を口にした。
「なに言ってるの? 悪いのはあなたでしょ。朝月を一人暮らしさせるのは心配でしかないわ。それに一人暮らしの所に羽衣が押しかけたら意味ないじゃない」
やはり姉は朝月が絡むとアホになるのだと再認識する。
「あ……お帰りなさい」
するとソファの朝月が目を擦りながら上半身を起こす。
欠伸をするとリビングの不穏な空気を感じ取ったのか、たどたどしく三人を見回して呟いた。
「何か、あった……?」
「まあね。それより桜ミルク味のポップコーン買ってきた」
話を逸らす様に何も知らない兄にポップコーンを渡す。
「ありがとう」
受け取った朝月は寝ぼけ眼で、この場に合わない油断した笑顔を見せた。
そんな事件もあり姉は泣く泣く就職と同時に家を出て、朝起きられないのでできるだけ職場に近いという条件の下、アパートでの一人暮らしがスタートした。
「あーくん……!!」
ーー実家を離れる時は本気でこの世の終わりみたいにダミ声で涙ぐみ嘆いていたけれど、結局は時間を見ては帰って来るのでまだまだブラコン問題は続いている。
続く?




