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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミッドナイト・オブライエン 〜真夜中を疾走する男は仲間のために悪魔に魂を売る〜

作者: 雷乙

 


 僕の名はレジエルト・オブライエン。19歳。

 皆んなからはレジーと呼ばれている。

 Bランク冒険者パーティー『破壊機構』でポーターをやっている。所謂荷物持ちってヤツだ。


 ポーターの朝は早い。

 その日のクエストに必要なアイテム類をチェックして、使用頻度を考慮しながらリュックの中に入れて行く。

 特にポーション類は直ぐに取り出せるように、異空間収納術式を付与されたウエストポーチに入れる。

 アイテム類に漏れが無いかをチェックした後は、クエストのお浚いや周辺の地図の最終確認だ。



「おはようレジー。いつも朝早くから済まないな。

 何か手伝う事はあるかい?」



 宿の僕の部屋に入るなり声をかけて来たのは、『破壊機構』リーダーのカイト。

 カイトをはじめとして、『破壊機構』のメンバーは皆んな僕なんかの事を気にかけてくれる優しい仲間ばかりだ。


 ポーターは不遇職と言われており、パーティーで使い捨てのように雑に扱われたり、戦闘も出来ない雑魚だと蔑まれたりもする。

 報酬だって他のパーティーメンバーの10分の1程度しか貰えない事もザラらしい。

 現に、僕もカイトにこのパーティーに入れて貰う前までは雀の涙みたいな収入しか貰えてなかったし、前のパーティーではポーターの仕事以外のあらゆる雑用を押し付けられ、嫌がらせも受けていた。


 だけど、カイト達は非戦闘職の僕に辛く当たる事なんて無いし、報酬も他のメンバーより少し低い程度で、並みのポーターでは考えられないほど多く貰っている。

 こんなに待遇を良くしてくれて、いつも優しく接してくれているんだ。朝早いくらいで文句を言ってたらバチが当たるだろう。



「ありがとう、カイト。

 もう殆ど終わったから大丈夫だよ」


「そっか。でも、あまり1人で抱え込み過ぎるなよ?

 俺たちで手伝える事が有ったら気兼ねなく言うんだぞ」



 カイトはそう言って、爽やかイケメンスマイルを浮かべた。


 ああ、ホントウチのリーダーは最高だなぁ…顔もハンサムだし、強いし、優しい。

 僕も生まれ変わったらカイトになりたいなぁ。


 僕は部屋を出て行くカイトの背を見ながら、そんな事を思うのだった。



 ーーーーーーーーーー



 少し僕の話をしよう。


 このユークライン連邦国では10歳になると教会に本洗礼に行く事が国民の義務となっており、その本洗礼の時に神様から天職とスキルを授かる。


 幼少期から冒険譚が大好きで冒険者に憧れていた僕は、剣士系の天職を授かりたいと願った。

 でも、現実は皮肉なもので、僕が授かったジョブは『ミッドナイト・コンバタント』という謎のジョブだった。

 授かったスキルも謎で、『ミキシング』というユニークスキルのみ。


 教会の司祭様も聞いた事が無いジョブとスキルらしく、自分で色々と試してみるように勧められた。

 僕としては戦闘系のスキル以外はハズレスキルに等しかった。

 取り敢えず木剣を買って町の剣術道場に入門してみたが、剣術は人並み程度にしかならないようで、初級剣術スキルしか身につかなかった。


 僕の実家は地方の領地を治める伯爵家。

 裕福だったので、他にも様々な武術を習わせて貰えたけど、槍術も弓術も格闘術もみについたのは初級スキルのみ。

 せめて魔法の適性があればと思い、元宮廷魔導師団だった老人に教えを乞うたけど、魔法適正が5属性と比較的幅広かっただけで、どれも初級スキルしか身に付かなかった。


 冒険者として適性が無いのであれば、せめてポーターになって冒険者を支援出来ればと考えた。

 15歳で成人を迎えた時、僕はポーターになりたいと両親に伝えたけど猛反対されてしまい、半ば家出同然に実家を出た。

 乗合馬車に乗って首都に向かって、冒険者ギルドにポーターとして登録したのだ。

 その後は先程述べた通りぞんざいな扱いを受ける日々が続いたけど、2年前にカイトに今のパーティーにスカウトされて現在に至る。



 ーーーーーーーーーー



「レジー、もう少し下がっていてくれ。

 セシル、火炎槍で右手のアウルドッグを攻撃!

 タウザー、撃ち漏らしは任せた」



 カイトの的確な指示が飛ぶ。

 魔導師の天職を持つセシルが無詠唱で火炎槍を発動させて、次々と右側から迫るアウルドッグを屠って行く。

 討ち漏らしは盾戦士の転職を持つタウザーが大盾で防ぎ、リーダーのカイトの鮮やかな剣術が正面からかかって来たアウルドッグの首を刎ねる。

 あっという間に12体のアウルドッグは黒い霧状の魔素となり、後にはドロップした毛皮と魔石が残った。


 素材や魔石の回収は、俺の異空間収納魔法で回収する。

 本当は大きなリュックの中のアイテム類も異空間収納に入れたい所だけど、残念ながら俺の魔力では容量が足りないんだ。


 今日はAランクダンジョンを、ベテランAランクパーティーの『ゴミスキル集め隊』と共同で探索している。

 今は8階層まで進んでいるんだけど…



「おお、さすが最近注目株の『破壊機構』だな。その調子で道中の雑魚をお掃除しろよぉ!」



 後方から悠然と歩いて来た『ゴミスキル集め隊』のリーダー・ハゼットが傲然と言い放つ。

 ハゼットはでっぷりと肥えた体のムカつく性格の男だけど、魔導師の天職を持つ名の通った冒険者だ。

 ハゼットの後ろには4人のメンバー連中が控えており、どいつもこいつもニタニタしてこちらを見ている。

 あからさまに『破壊機構』の事を見下しているんだ。


 カイトはそんな屈辱的な仕打ちに耐えながら、黙々と探索を進めている。

 リーダーが我慢しているのに、僕が連中に文句を言う訳には行かない。まぁ、僕なんかが文句を言った所で、奴らにボコられておしまいだろうけど…



「レジー、そんな怖い顔しないの。ダンジョン探索は心に余裕を持たせないとダメよ?

 さ、まだまだ先は長いから早く行こ?」



 カイトの恋人で、支援術師の天職を持つミュウが優しい笑顔で僕を諭してくれた。

 ミュウは見た目も可愛いし、心の清い理想の女性だ。カイトと彼女は最高のカップルで間違いない。


 その後も道中のザコモンスターをカイト達は抜群の連携で倒していき、その後ろを『ゴミスキル集め隊』の連中が悠然と付いて来るという図式が続いた。

 ただ、朝から殆ど休み無しで探索しているカイト達には疲労が色濃く出ている。



「なあ、カイト。僕も初級だけど剣術スキルや戦闘系のスキルを持っているんだ。

 少しは皆んなの負担を減らせるように頑張るから、戦闘に参加させてくれないか?」



 僕はカイトに戦闘の参加を申し出た。こんなイイ仲間たちが使い捨て同然に扱われるのを黙って見ていられない。



「その気持ちだけで充分だよ、レジー。

 君だってその重たい荷物を背負って、皆んなの為に駆け回っているんだ。

 戦闘は俺らに任せてくれよ」


「そうだぜぇ、レジー。

 お前のアイテム出しのタイミングは名人芸なんだ。俺たちゃお前さんに随分と助けて貰ってるんだから、これまで通り後方でバッチリ支援してくれ」



 こんな非力な僕に、タウザーまで優しい声をかけてくれている。

 アイテム出しなんてポーターの基本中の基本なんだから、労ってくれなくて当然な事なのに…


 僕はメンバーの優しさに、思わず涙が出そうになった。

 同時に、これまで以上に戦局を注意深く見渡し、メンバーの消耗を見ながらアイテムを供給しようと強く誓った。

 幸いまだアイテムには余裕がある。いざという時の為のエクスポーションもしっかりと人数分揃えている。

 揺るぎない決意と共に、僕は集中力を高めて探索に当たった。


 8階層を無事に踏破した僕たちは、転移魔法陣で9階層へと降りた。



「みんな、9階層はアンデッド系のモンスターがメインなんだ。

 この聖水を武器や装備に振りかけて」



 僕はメンバー達に、飲み水と一緒に聖水を手渡す。



「さっすがレジー!いつも抜かりがないよね〜。

 お姉ちゃんがお礼にチューしてあげちゃう。ん〜!」



 セシルが柔らかな唇を僕の頬に押し当てて来た。

 セシルは21歳の美人お姉さんという雰囲気の女性で、僕の事を実の弟のように可愛がってくれている。

 僕もセシルの事を実の姉のように慕っているんだけど、皆んなの前でほっぺにチュウは恥ずかしいものがある。



「おい!グズグズしてっと10階層に着くまでに夜が明けちまうぞ!

 さっさと行けよ、期待の新人クンよお!」



 ハゼットは苛ついたように怒鳴り出した。

 僕は無茶な探索を行うハゼットに対し、黙っている事が出来なくなった。



「ハゼットさん。もう夜10時を回っています。

 この辺りで野営にして貰えないですか?

 僕は料理が得意だから、先輩方にも飛び切りのシチューをご馳走しますから」



 カイト達に非が及ぶといけないので、僕は努めて丁寧に彼にお願いした。



 ドゴッ!



「底辺の荷物持ちの分際で俺に意見をするんじゃねえ!

 この消しゴム野郎がぁ!殺されたく無かったら、とっとと消しゴム小屋に帰りやがれ!」



 僕はハゼットに思い切り殴り飛ばされ、怒声を浴びせられた。



「きゃあ!レジー、大丈夫!?

 ハゼットさん、私たちの大事な仲間に乱暴しないで下さい!」



 ミュウが僕に駆け寄り、ハゼットから庇ってくれた。



「言われた通り探索しますから、仲間に手を出さなで下さい!

 お願いします!」



 カイトがすぐにハゼットの前に進み出て、あんなヤツに頭を下げている。

 僕は自分の非力さと、仲間に迷惑をかけてしまった事に情け無さを覚えた。

 僕みたいな荷物持ちが、メンバーの足を引っ張るなんて有ってはならない。



「ハゼットさん、生意気言って済みませんでした!以後口を慎みますから、どうか勘弁して下さい!」



 僕も直ぐに立ち上がって、ハゼットに頭を下げて詫びる。

 内心は腹が立ってしょうがないけど、これ以上皆んなに迷惑をかけたくない。



「ふん、最初から俺の言う事に黙って従やあ良いんだ!

 オラ、さっさと進め!」



 ハゼットは不機嫌そうに俺たちに探索続行を命じた。



「みんな、迷惑かけちゃってゴメン」



 探索を再開して迷宮を歩いているメンバーに、僕は謝罪した。



「馬鹿だなぁ。そんな事気にしなくて良いよ。俺たちの事を想って言ってくれたんだ。

 それに、レジーの言ったことは正論なんだから」


「カイトの言う通りだぜ。つうか、マジであの豚野郎ぶっ殺してえ程ムカつくな」


「タウザー、今は抑えて。

 確かにウチの可愛い弟ににあんな事してブチ殺してやりたいけど、今は気を取り直して進みましょう」


「う〜ん…納得は行かないけど、セシル姉さんの言う通り、今は探索に集中した方が良いよね。

 アイツらホント後でぶっコロす…ううん、乱暴な言葉を使っちゃだめだよね」



 僕は仲間たちの温かさに触れて、先程までの苛立ちは霧散した。

 今は仲間たちの安全性を少しでも上げれるように集中しなきゃいけない。



 気を取り直して探索を進めて行く内に、僕はこのダンジョンに違和感を覚えた。

 9階層の道中モンスターが殆ど居ないのだ。

 本来ならボーンナイトやダークゴーストが出て来る筈なのに…

 それから、具体的には言えないけど、この先に何か悍ましい空気を感じる。



「ハゼットさん、モンスターが出てこないなんて、この階層は明らかに異常です!

 一度引き返しませんか?この先に良くない何かを感じ…ぶべぇっ!」



 僕はハゼットに再び進言をしたが、またもや殴られてしまった。



「また泣き言か、この練り消し野郎!これ以上ゴタゴタ抜かすと、切り刻んで練り消し小屋にブチ込むぞ!」


「テメエっ!またレジーを…もう我慢ならねえ!」



 僕が殴られたのを見たタウザーが、ハゼットに掴みかかろうとした。

 寸前でカイトがタウザーとハゼットの間に割って入る。



「やめろ、タウザー!気持ちは分かるが落ち着くんだ!」


「どけ、カイト!このブタ野郎は2回もレジーを殴りやがったんだ!ミンチにしねえと気が済まねえ!」



 僕の為にここまで怒ってくれるタウザーの気持ちは本当に嬉しい。

 でも、こんな所で内輪揉めをする訳に行かないんだ。



「タウザー、僕が悪いんだ!僕みたいな雑魚がハウザーさんに逆らったのが。

 殴られた事なら平気だから!」



 僕も立ち上がってタウザーの前に進み出た。

 僕の言葉を聞いて、何とかタウザーは怒りの鉾を収めてくれた。



「オイ、何勝手に話を纏めようとしてやがる。

 小僧、さっき俺様の事を豚野郎っつったのか?」


「リ、リーダー!あ、あれ…何か黒いモヤみたいな物が…」



 豚野郎呼ばわりが納得行かない様子のハゼットに、ヤツの取り巻きが顔を青くさせて異常事態を告げる。

 取り巻きの指差す方を見ると、僕らの左側にある通路に黒いモヤが集まっている。

 そのモヤから姿を現したのは、SSランクモンスターのエルダー・リッチだ。



「エ、エルダー・リッチか…何でこんな所に!」



 ボシュウッ!!



 カイトがそう呟いた瞬間、タウザーがエルダー・リッチの方へと吹っ飛ばされた。



「俺様をブタ呼ばわりした罰だ!テメエが囮になりやがれ!

 おい、さっさとズラかるぞ!」



 皆んながリッチに気を取られている隙に、ハゼットがタウザーに魔法攻撃したようだ。

 ハゼットは捨て台詞を吐くと、取り巻きを連れて走り去って行った。


 あのブタ野郎、タウザーに不意打ちかましやがって!!!


 僕は生まれて初めて他人に殺意を覚えた。

 けど、今は早くタウザーのフォローをしないと危険だ。


 僕は急いでリュックのサイドポケットから簡易結界の魔導具を取り出すと、リッチとタウザーの間に簡易結界を展開させる。



 バキャアアアン!!!



 リッチが放っていた闇魔法が簡易結界を一撃で粉々にしたけど、タウザーは無事だ。

 僕は直ぐにもう一つ魔導具を取り出して、リッチの前に簡易結界を展開させる。



「タウザー、立てるか?」



 慌てて倒れたタウザーの元に駆け出したカイトが、彼に手を貸して立ち上がらせる。



「あ、ああ済まねえ。レジー、サンキューな」


「結界は長く保たない!早くこっちへ!」



 僕はカイトとタウザーに必死で呼び掛ける。



 ドグワシャアアアア!!!



 2人が駆け出そうとした時、リッチが放った3本の漆黒の槍が、簡易結界を突き破って2人に命中した。



「カイトオオオ!タウザアアア!」



 僕はウェストポーチからエクスポーションを取り出して、ダッシュで2人の元へと向かう。



 ギュウウン!ギュウウウン!



「キャアアアア!」「ガフゥッ!レ、レジー…に…」



 続け様にリッチが放った2発の漆黒の槍が、ミュウとセシルの腹部を貫いた…


 ああ…僕の大事な仲間たちが…



「ガフッ!レ、レジー…は、早く逃げろ!」



 口から大量の血を吐きながら、カイトが僕に向かって叫んだ。



 何を言ってるの?皆んなを助けなきゃ…僕が…大事な皆んなを…



 ギュウウウン!



 リッチが僕に漆黒の槍を放った瞬間、全てがスローモーションに感じた。

 胸の奥底から激しい怒りと、凄まじい力が湧いて来るのを感じる…



『天職『ミッドナイト・コンバタント』の能力発動条件を満たしました。タイムボーナスにより、全てのステータス値が20倍になります』



 脳内に無機質な女性の声が響いた。

 転職の効果発動?今までそんな事は一度も無かったのに…



『スキル『ミキシング』の使用が可能です。どのスキルとどのスキルを混合させますか?』



 続いて響いたのはスキル使用の告知だった。

 僕が瞬間的に初級の剣術と魔法のスキルを思い浮かべた。



『初級剣術と初級魔法を選択しました。剣術と魔法が相乗効果の対象になります』



 無機質な声が響いた瞬間、右腕が反射的に動いて、迫り来る漆黒の槍を短剣で天井に弾き飛ばした。

 次の瞬間、脳裏に複雑な魔法術式が浮かんで、膨大な魔力が左手に集中していくのを感じた。

 左手の平をリッチに向けると、数十本のホーリー・ランスがリッチに向かって飛んで行く。



 チュドドドドドドドドドドドドド!!!



 轟音と共にリッチの周辺に土煙が立ち登る。

 煙が晴れた時にはリッチの姿は無く、地面に大きな魔石とドロップアイテムの魔法杖が転がっていた。


 そんな事よりもカイト達が先決だ。

 僕は瞬間移動をするようなスピードで仲間達の元へ行き、傷口にエクスポーションを振りかける。

 皆んなの傷口は徐々に塞がって行くけど、誰も目を覚まさない。

 死んでしまったのかと思い、慌ててそれぞれの呼吸を確認したけど、浅くではあるけれど皆んな呼吸をしている。


 相当なダメージを負ったんだ…早く皆んなを治癒院に連れて行かないと!


 僕は次々と頭に浮かんで来る術式を注意深く探ってみた。

 すると、失われた魔法と言われる空間転移魔法の術式が確認出来た。

 急いで多重発動を意識する。

 転移先として治癒院の建物を強くイメージして、周囲の空間に行き渡るように魔力を放出した。


 ダンジョンの光景が少しずつ歪んで行き、気がつくと僕たちは治癒院の前に移動していた。

 僕は大急ぎで治癒院の大きな正面扉を叩く。



「済みません!仲間が大怪我をしたんです!早く助けて!お願いします!

 早く仲間を助けて下さい!お願いします!」



 僕は力の限り叫んだ。

 2〜3分程で治癒師の男性が扉を開けてくれて、地面に倒れているカイト達を次々と担架に乗せて中に運んでくれた。



 良かった…これでみんな助かるんだ…



 僕は診療室へと担架で運ばれて行く仲間達を見送りながら涙を流した。




 ーーーーーーーーーー




「どういう事ですか!?

 もうカイト達の傷は治ったんでしょう!?」



 翌日になっても、カイト達は一向に目を覚まさなかった。

 不審に思った僕は、治癒師の先生を問いただしたんだけど、先生からは思いがけない言葉が返って来た。



「残念ですが、カイトさん達は魂の核に傷が付いていました。

 高位のアンデッドの攻撃には、人間の魂に影響を及ぼす物が多いので、その影響かと思われます。

 申し訳有りませんが、魂核に付いた傷までは魔法でも薬品でも治すことは出来ません。

 我々には延命措置を取る事しか出来ないのです」



 先生の言葉を聞いて、僕は頭の中が真っ白になった。


 もう皆んなの笑顔を見られないって事?皆んなの優しさに触れられないの?

 嫌だ!イヤだ!イヤダ!イヤダ!イヤダ!イヤダ!イヤダ!イヤダ!イヤダ!イイヤアアアダアアアアア!!!



 ーーーーーーーーーー



 それから数日の記憶は殆ど無い。

 多分皆んなが寝ている病室で、子供のように泣いていたんだと思う。

 そんな悲しみに暮れる僕を正気に戻したのは、先生から告げられた厳しい現実だった。



「オブライエン さん。申し上げにくいのですが、今週末の15日までにご友人の入院費200万ゲスをお支払い頂けないと、これ以上の延命治療は出来ません」



 先生の話では、延命治療と入院費用で1人1ヶ月150万ゲスが必要だと言う。

 毎月15日に半月分、30日にもう半月分を支払わなくてはならないという事だ。

 今回の支払いが少ないのは、月の途中での入院だからだと思う。


 僕は皆んなの入院費を稼ぐ為、単独でダンジョンに潜る事を決意した。

 先日『ミッドナイト・コンバタント』の能力に目覚めて、発動条件は何となく把握出来た。

『ミキシング』の能力はまだ未知数だけれど、ダンジョンで戦闘をこなして少しずつ把握して行くしか無い。


 それからと言うもの、僕は何かに取り憑かれたように毎日深夜にダンジョンを探索した。

 能力に目覚める前はDランクダンジョンさえ探索が危なかったけど、今はSランクダンジョンをソロで探索出来る。

 全ステータス20倍の恩恵はそれだけ破格な物だった。


 更に『ミキシング』というブッ壊れスキル。

 コレは相性という問題もあるけれど、2つのスキルを組み合わせて、それぞれのスキルの良い部分のみを掛け合わせて相乗効果をもたらせるという物。


 色々と組み合わせて見たけれど、剣術スキルと魔法スキル、剣術スキルと身体強化スキルの2つの組み合わせが特に効果が高い事が分かった。



 ーーーーーーーーーー



 ソロでダンジョンに潜って1週間。

 僕は今、Sランクダンジョン50階層ボスのミノタウルスジェネラルと対峙している。

 4m近い巨体に凄まじい膂力と瞬発力を併せ持つSランク上位のモンスターを目の前にして、僕は自分でも不思議な程リラックスしていた。



「牛ヅラ野郎、挽肉にしてやるからかかっておいで」


 BOHHIIIIIIIIIIII!!!



 僕の呟きに呼応するようにミノタウルスジェネラルは嘶き、僕の身体程の大きさの戦斧を僕の頭上へと振り下ろす。



 グワキイイイイイン!!!



 頼りないショートソードで戦斧を受け止めた。

 身体強化と剣術スキルが『ミキシング』で超強化された僕には、ミノタウルスジェネラルの攻撃ですら羽毛のように軽く感じられる。

 剣術スキルには剣の耐久性を上げる効果もあるのだが、それも『ミキシング』によって飛躍的に向上しているようで、ショートソードは刃毀れ1つしていない。


 僕はそのまま戦斧を弾き返し、一気にミノタウルスジェネラルの懐に踏み込んだ。



 シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュンッ!


 スドゴオオオオオン!!!



 一呼吸の内に16太刀を浴びせる。

 ミノタウルスジェネラルの両脚はバラバラになり、一拍置いて腰から上の部分が崩れ落ちて来た。



 ザシュン!!



 僕は一瞬で床に倒れ臥したミノタウルスジェネラルの頭部へと回り込み、ヤツのゴツい首を一刀両断する。

 ミノタウルスだった肉片は黒い霧状の魔素へと帰して、ボス部屋の床には大きな魔石と『ジェネラルの腕輪』というドロップアイテムが転がっている。

 異空間収納魔法で魔石とドロップアイテムを回収して、転移魔法で宿屋へと帰還した。


 難敵をいとも容易く討伐したというのに、僕は晴れやかな気持ちにはなれなかった。

 当然だ。カイト達は昏睡したままなのだから。

 僕は部屋で両膝を突くと、朝が来るまで神様にお祈りをした。

 その後、ギルドで魔石とアイテムを売却した僕は、カイト達のお見舞いに行く前に教会に立ち寄り、100万ゲスのお布施を渡すと、大聖堂で再び神様にお祈りをした。



 神様…どうか皆んなの魂の傷を癒して下さい…僕は金も地位も名誉も望みません。

 ただ、カイト、タウザー、ミュウ、セシルの笑顔をもう一度見たいだけなんです。

 神様、どうかお願いします。4人の大切な仲間を助けて下さい。



 僕は一心に祈りを捧げた。

 教会を出た後、お花屋さんで花束を買って治癒院へと向かった。

 この1週間で4,000万ゲス以上の額を稼いだので、受付で半年先までの4人の入院費を支払い、皆んなの病室に行く。



「皆んなおはよう。今日はセシルの大好きなガーベラを持って来たよ。

 ホラ、綺麗だろう?」



 僕はそう言って静かに眠るセシルの目の前に花束を差し出した。

 勿論セシルからの反応は無い…



「そうだ、カイト、タウザー。

 僕ね、1人でミノタウルスジェネラルを討伐出来たんだ。

 おかげでめちゃくちゃレベルアップしてさ、普段のステータスでもカイト達に負けないくらい上がったんだよ?

 目を覚ましたらさ、また皆んなで冒険に行こうね。

 僕が魔物たちを斬り捨てる所を見たら、タウザーなんて驚き過ぎて顎が外れちゃうかも。

 ミュウは優しいから、僕が魔物に斬りかかろうとしたら止めるんだろうね。

『レジー、危ない事はしないで』ってね…」



 僕は皆んなに話し終えると、花瓶の水を変えに行ってガーベラの花束を活けた。

 病室は4人部屋で、左側に男性陣、右側に女性陣のベッドが有って、寝る時や看護師さんが体を拭く時は中央に仕切りのパーテーションを置くようにしてもらっている。

 目が覚めた時にタイミングが悪かったら、大騒ぎになるだろうからね。


 僕は花瓶を女性側の窓際に置いて、引き続き皆んなに話しかけた。

 これがあの日以来の僕の日常だ。




 ーーーーーーーーーー




 カイト達が入院して2ヶ月が経った。

 皆んなは未だに目を覚まして居ない…

 あれから僕なりに色々と手を尽くしたんだ。

 教会に多額の寄付をして、聖女様に最上級治癒魔法である『聖女の奇跡』を掛けてもらったり、ブラックマーケットから古代竜の心臓を入手して、薬師に秘薬を調合して貰ったり…

 でも、どれも上手く行かなかった。


 深夜1時…僕は今、どうしても許せないクソ野郎を尾行している。

 そう、『クズスキル集め隊』リーダーのハゼットというクソブタ野郎を。


 ハゼットは、首都から離れた商業都市のエンゲバーに身を潜めてやがった。お陰で見つけるまでに結構な時間と金がかかってしまったけど、こうしてヤツの居場所を突き止めた今となってはどうでも良い事だ。


 安キャバレーで年増女の太ももを撫で回しながら、安酒を搔っ食らうブタ野郎を見ていると、これまで抑えていた殺意が沸々と湧いて来る。

 僕はヤツのボックス席から少し離れたカウンター席に座り、安酒を片手に様子を伺っていた。



「アラ、可愛いボウヤじゃない?

 ねぇ、お姉さんにお酒を奢ってくれたら、今晩このワガママバディを好きにして良いわよ?」



 僕の隣に座って来たボンレスハムのような体型の女性が、ねっとりとした感じで話しかけて来た。


 クソ!この店はどうなってやがる!何でBBAとブスしかいないんだよ!


 僕は激昂してボンレスを殴りそうになったけど、何とか気持ちを落ち着けた。

 こんな所で下手に騒ぎを起こしては、ヤツに気付かれてしまう。



「申し訳ないんですが、人を待ってるんです。

 このチップで好きなお酒を飲んで貰えますか?」



 僕は懐から10万ゲス紙幣を取り出して、ボンレスに渡した。

 ボンレスはやたらと喜んで紙幣を受け取り、僕の頬に分厚い唇を押し付けて店の奥の方へと引っ込んで行った。

 僕はシャツの袖で念入りに頬を拭い、安酒を煽った。


 結局ヤツが店を出たのは深夜2時過ぎだ。

 僕もヤツの後を追って店を出て、接触のタイミングを伺う。

 飲屋街はまだチラホラと人が歩いているので、ヤツを掻っ攫うには都合が悪い。


 ヤツが裏路地へと入ったタイミングで、僕は転移魔法を使ってヤツの目の前へ移動した。



「よう、ブタ野郎。随分と久し振りじゃないか」


「て、てめえは消しゴム野郎!

 つうか、消しゴムの分際で俺様の事を何つった!?ああ!?」



 酔っ払っているせいだろう。ブタ野郎の声が思いの外大きい。

 僕がヤツのブヨブヨの腹に、左ボディフックをお見舞いすると、ブタ野郎は地面に膝をついて腹を抱えた。



「うげええええ!で、でめえ…うええええ…ケ、消しゴム野郎の分際でえええ!!」


「うるさいな。消しゴム野郎って何だよ?

 僕に消しゴムの要素何処にも無いだろうが!」



 僕は膝をついて蹲るクソ豚野郎の頭部にサッカーボールキックを見舞うと、ヤツは呆気なく意識を手放して地面に転がった。


 さて、罰の時間だ…




 ーーーーーーーーーー




「ヒィィイ!こ、ここは何処だ!?

 ど、ど、ど、どうしてミノタウルスがいやがる!?」



 僕が転移魔法で気絶したクソブタを連れて来たのは、前に踏破したSランクダンジョンの50階層のボス部屋だ。

 ミノタウルスジェネラルの周りに魔法結界を張って動けないようにしているが、眼を覚ますなりクソブタはミノタウルスを見て泣きを入れてきた。



「ここはSランクダンジョンのボス部屋だよ。

 アイツを倒せれば、お前の事を許してやろうじゃないか。

 ホラ、さっさと自慢の魔法の準備をしなよ。後3秒で結界を取っ払うよ!?」


「か、勝てる訳無えだろうがあ!」


「前にさぁ、『俺様は世界一の魔導師だ!』とか言ってなかったか?

 世界一なら倒せるでしょ。

 泣いてる暇は無いよ?ハイ、3、2、1、ゴー」



 僕がカウントダウンの直後にミノタウルスジェネラルの周りの結界を取っ払うと、ジェネラルは目の前のブタ野郎に左拳を打ち下ろす。

 因みに、ハンデとしてミノタウルスの右腕は斬り落としており、戦斧も回収済みである。



 ズゴゴオオオオオン!!!


「ブヒィイイイイイ!!た、たしゅけてえ」



 何とか床を転がるようにして、ミノタウルスの拳を回避したブタ野郎。

 ミノタウルスの拳は床を砕き、その破片がブタ野郎の脇腹にめり込んだようで、ブタのような情け無い悲鳴をあげるクソブタ。



「どうした?てめえがタウザーにやったのと同じ事をされてるだけだぞ?

 タウザーはそんなみっともない泣き言はこれっぽっちも言わなかった。それに引き換えお前ときたら…」



 僕はミノタウルスを素手で軽めに殴りつけながら、床に這い蹲ってションベンを漏らしている豚ハゼットを罵った。

 元々クソブタを即死させるつもりは無い。

 徹底的に苦痛を与えないと気が済まないし、カイト達は生きているので、命まで奪うつもりは今のところは無いんだ。


 僕はワザとハゼットが倒れている前に立ち、ミノタウルスのパンチを誘導する。

 こんな雑魚は最早僕の敵じゃない。ミノタウルスの攻撃をコントロールする事くらい容易い。

 ヤツのパンチの軌道を読んで、飛び上がりざまに巨大な拳を軽く蹴った。



 ドミチャアアア!!!


「ギャピイイイイイ!!ファバッ、ブァバッ…か、がば…あ、あじがぁぁああ!!!」



 少し逸らしたミノタウルスの拳は、ハゼットの両脚をぐちゃぐちゃに叩き潰した。

 クソブタ君は情け無い悲鳴を上げやがる。



「情けねえブタだなあ。『エクスプローヂオン・アロー』!!」



 僕は上級の火属性魔法をミノタウルス・ジェネラルの顔に放ち、頭部を吹き飛ばした。

 残ったヤツの体は黒い霧となって、後には魔石とドロップアイテムが残っている。



「ブピギャアアア!!い、イデエよぉおおお!は、は、早くぽ、ポーションで治してくれえええ!!」


「あいにくだけど、ポーションはブタに使う物じゃないんだ。

 使えない荷物持ちの治癒魔法で我慢してくれよ」



 僕はワザと雑な治癒魔法をハゼットにかけた。

 ヤツは両脚がグチャっとなって、右の大腿骨なんかは開放骨折している。しっかりと負傷箇所を見てないけれど、所々粉砕骨折すらしているだろう。


 この手の大怪我に不完全な治癒魔法をかけるとどうなるか?

 骨や神経は不完全な形に繋がって、一生まともに機能しなくなる。後で高位の治癒術師が治療しても、元通りにする事は出来ない。

 つまりこのブタ野郎は、2度と自分の足で歩く事が出来なくなるんだ。



「ほら、適当に治してやったよ。

 クソ雑魚の僕がかけた治癒魔法だから、脚はグネグネに繋がったみたいだけど、痛みは大分収まったでしょう?」


「ぐ…て、テメエ、ワザとこんなにしやがったな?」


「キャハハハハ!クソブタは助けて貰ったのに、礼も言えないのかい?

 それから、勘違いしないで貰えるかな?タウザーをエルダー・リッチに突き飛ばして、囮にしたアンタをこの程度で許すとでも?

 これから毎晩あちこちのSランクダンジョンの最下層ボスと戦って貰うからね。

 大丈夫、あちこちグチャグチャにされても、今みたいにテキトーに治してあげるから」


「こ、この…死ねや消しゴム野郎がぁぁあ!『ファイヤー・バレット』ぅぅああ!」



 ハゼットは醜い顔を歪ませて、僕に中級魔法を放って来た。発動が鈍い上に、魔力がしっかりと制御出来てない拙い魔法だ。



「『ストーン・バレット』」



 僕も中級の土属性魔法を放った。僕の石弾はクソブタの火弾をアッサリと打ち消し、そのままヤツの右肩を貫通した。



「ブピャァアアア!!か、か、肩があああ!!!イ、イデエよぉぉおおお!!!」



 ハゼットは四肢の中で唯一無事な左手で、ぽっかりと穴が空いた右肩を押さえて泣き叫んだ。

 どうやら、あの程度の魔法でも大ダメージを与えてしまったようだ。

 僕はまた適当に治癒魔法をかけて、ヤツの傷口を塞いであげた。どうやら右肩の骨もぐちゃぐちゃに砕けていたらしく、奴の右肩は動かさなくなってしまった。

 僕はギャアギャア五月蝿いクソブタハゼットを殴って気絶させて、転移魔法で別の場所へと移動した。




 ーーーーーーーーーー




「お、おい!何だココは!?どうして俺様が檻の中に!?」



 気が付いたブタハゼットが早速喚き出した。



「うるさいなあ。ここは廃鉱山の抗道だよ。

 いくら喚いた所で誰も来ない。その檻が今日からお前のブタ小屋だよ」


「た、頼む!頼むからここから出してくれえっ!」


「それは構わないけど、ホントに良いの?この辺りはDやCランクの魔物がうようよしてるよ?

 そこの周りには何重にも結界を張っているから、ブタ小屋にいる方が安全だと思うけど?」


「どうすれば助けてくれる!?金か!?エンゲバーの宿屋に行きゃあ20万ゲスくらいは有るんだ!

 荷物持ちの稼ぎの2ヶ月分以上だ。それを渡すから、俺を解放してくれえ!」


「は?20万?そんな小銭なんぞ要らないよ。

 カイト達の入院費の1日分にしかならないじゃないか。さて、僕は大人しく消しゴム小屋に帰るから。また深夜になったら迎えに来てやるよ。

 一緒にSランクダンジョンを探索しに行こう」



 僕はそう言うと、空間転移魔法で宿屋の部屋の中に転移した。

 気付いたらもう朝だ…今日も教会でお祈りをしてから、カイト達のお見舞いに行かないとね。




 ーーーーーーーーーー




 クソブタハゼットを捕らえてから3ヶ月が経った。

 今やアイツの身体のパーツで無事なのは、胸部と頭部だけだ。

 他の部分は完全にグチャグチャにひしゃげていて、更に連日のダンジョンでの可愛がりによって精神も崩壊している。


 カイト達は未だに目を覚まさない…毎日教会に寄付をして神様にお祈りを捧げても、奇跡が起こる事は無かった。

 もう、神様には頼らない。

 それ以来、僕は教会に通う事を辞めた。


 僕はその日、ブラックマーケットで闇の魔導具を見て回っていた。

 表に出るような魔導具では、魂核に付いた傷を治す事は出来ない。

 残された希望が裏のルートに出回る魔導具だ。禁忌の術式が組み込まれている物が多く、所持しているだけでも投獄されるような代物だけれど、その分表に流通している物よりも効果が高いものが多い。



「へへへ、こんな所に転がっているガラクタじゃあ、アンタのお友達は救えねえよ」



 魔導具を見ている最中に、不意に後ろから声を掛けられた。

 戦慄が走った。

 僕は周囲の警戒を怠ってない。にも関わらず、この男は僕の背後を取ったのだ。



「誰だ君は?何故僕の仲間達の事を知っている?」



 僕は男の方に向き直り、男に問いかけながらも少しずつ重心を後ろへと移して行く。

 この男からは大した力は感じないけれど、僕の警戒をすり抜ける程の手練れだと感じたからだ。



「おっと、そう警戒しないでくれ。

 俺はただ、アンタにちょっとしたお願いが有って声を掛けたんたんだ。

 危害を加えるつもりなら、こうして声をかける前にブスリとやってるさ。だろ?」



 確かに男の言う事は正しいけれど、

 黒い外套のフードを目深に被っていて、男の顔立ちは分からない。

 辛うじて口元は見えるけど、コイツは普通の人と肌の色が違う。土気色というのか、燻んだ灰色がかった皮膚をしている。

 昔伝記で読んだ事のある魔族の特徴と一緒だ。



「お、お前は魔族なのか?それなら頼みなんて聞けない」


「ククク、魔族か。それはアンタらの勝手な呼び方で、俺たち的には俺たちもアンタらも同じ人族さ。

 俺はデーモン種上位のハイデーモンだ。

 ここでは人目がある。俺の家で話さないか?」



 男はそう言うと、僕に背を向けてゆっくりと歩き出した。

 見るからに怪しい風貌な上、魔族の男の言う事など信用出来ない。

 でも魔族の男の言う通り、このブラックマーケットにもカイト達を治せるような物は見つかってない。

 そもそも、魂に作用するような魔導具自体が何処にも無いのだ。


 もう神の奇跡とやらにも期待は出来ない。魔族だろうが何だろうが、可能性があるならそれに縋るしか僕に残された道なんて無いんだ。


 僕は決意を固め、魔族の後について行った。



 ーーーーーーーーーー



 魔族の男が向かったのは、スラム街の奥の汚らしい荒屋だった。

 巧妙な隠蔽魔法がかけられたそのボロ屋には、テーブルと2脚のイス以外は何も無い。凡そ人が住む場所とは思えない物だ。

 男はイスに腰を掛けると、僕にも着席を促した。僕は警戒しながらも、男と向かい合わせに座る。

 男はフードを外すと、ゆっくりと口を開いた。



「さて、お互いにとってメリットのある話をしよう。

 俺には君のお友達の魂を、元に戻す魔導具を持っている。

 対象の時間に作用する魔導具だよ」



 男の言葉は俄かに信じられるものでは無かった。

 時間に作用するなんて、禁術にすら有りはしない物だからだ。

 フィクションの冒険譚にしか出てこないような絵空事を可能にする魔導具なんて…



「君が疑うのも無理は無い。

 何しろこの魔導具は、この世界とは別の次元の世界のモノだからね」



 男はそう言うと、外套の懐から筒型の魔導具を取り出した。

 筒の先にはクリスタルのような物が付いている。



「それが時間に作用する?ただの玩具のようにしか見えないけど?」


「実際に見せた方が早いだろう。

 その短剣で俺の腕を斬り落としてくれないかな?」



 男はまたしても僕の度胆を抜くような事を言い出した。

 男は本気のようで、立ち上がると外套の袖をまくって、細い左腕を僕に向けて差し出した。



「ほ、本当に良いのか?相当痛むと思うが」


「魔族の俺が君の信頼を勝ち取るには、痛みに耐える姿を見せる必要がある。さぁ、バッサリとやってくれ」



 男の真っ赤な瞳は僕を真っ直ぐに見据えている。本気の覚悟をしているという事で間違いないだろう。



「分かった。だけど、腕を切るよりもっと良い証明方法がある。

 ちょっと場所を変えようか」



 僕は立ち上がって、転移魔法を使った。移動した先は例のブタの檻がある坑道跡だ。



「うわっ、酷い臭いだな!

 おいおい、何だその醜悪な生物は?」



 魔族の男は檻の中のクソブタハゼットを見るなり、顔をしかめて本音を吐露した。



「ただのクソブタ野郎さ。ソイツの左手を3ヶ月前の状態に戻せるか?」


「そう言う事か。当然出来る…フグッ!臭いがキツいけど戻して見せよう」



 男は嫌そうに顔を顰めながらブタに近付くと、魔導具のクリスタルをハゼットのグニャグニャに歪んだ左腕に向けて、魔導具に付いている何種類かのボタンを押した。

 すると、眩い光がクソブタの左腕を覆った。数秒後に光が収まると、元通りになったヤツの左腕が現れた。

 高位の治癒魔法でも不可能であろう事を、あの魔導具はアッサリと可能にしたのだ。

 しかも、クソブタは元どおりになった腕を動かしている。先程まで曲げる事さえ出来なかった左腕をだ。



「疑ってしまって済まなかった。

 その魔導具を使わせてくれるなら、どんな事でも協力するよ。

 僕は何をすれば良い?」


「話が早くて助かる。

 君にして貰いたい事は、人族の魂の格を集める事さ」


「魂の格?魂核とは違うのかな?」


「ああ、そうか。君らはレベルと言うんだな。

 人族のレベルを10万分、これで集めて欲しい」



 魔族の男が取り出したのは、大きめの氷柱のような不気味な造形の魔導具だった。

 表面の凹凸が、泣き叫ぶ人の顔のように見える。そんな凹凸があちこちに付いているのだ。



「使い方は簡単さ。そこの赤いボタンがプラスで青いボタンがリセットだ。

 液晶に出た数字の分だけ、相手のレベルを吸収出来るから、赤ボタンで吸収するレベルを設定して先端を相手の胸に当てる。

 それから魔導具に魔力を込めると、レベルを吸収出来るんだ」


「ちょ、ちょっと待ってくれないか?もしそれで相手のレベルが0になったらソイツはどうなる?」


「魂の格が無くなると、魂はその肉体にとどまれ無くなるのさ。死んだような状態になる。

 因みに、レベル30のヤツにこの魔導具を50吸い取る設定にしても、ソイツからは30しか吸えない。当然だけどな」



 僕は男から魔導具を受け取って、早速赤ボタンを押してみた。

 すると、ボタンの上の液晶に10と表示された。もう一度赤ボタンを押すと、表示は20に変わった。

 どうやら10、20、30という風に、10区切りでしかレベルを吸収出来ないらしい。

 僕は試しに20の状態で自分の胸に魔導具の先端を押し当て、魔導具に魔力を込めようとした。



「おい、あまり早まった事をするな!その魔導具でレベルを吸収されたヤツは、その後レベルが上がりづらくなるんだ。

 それから習得したスキルが失われたり、スキルが扱えなくなる事もある」



 男は慌てて俺を止めた。

 そういうリスクは前もって説明して欲しかったが、自分に使わなくて良かった。

『ミキシング』を失うと、この先のレベル回収に支障を来してしまう。



「レベルを10万も回収するには、大事にならないようにコンスタントに吸収していかないと無理だな。

 下手に動いて指名手配をされるのは避けたい」


「心配には及ばないさ。

 この『偽装のネックレス』を付けるといい」



 男はそう言うと、懐からネックレスを取り出して僕に渡した。

 ネックレスを付けると、体の表面が薄っすらと魔力で覆われたような感覚になった。



「これで君の姿は黒髪黒眼のガリガリな男に変わったよ。

 元の赤髪にライトブラウンの瞳の君と同一人物とは到底思えない」



 男の言葉を確かめるため、僕は異空間収納から鏡を取り出して自分の顔を確認した。

 確かにどこからどう見ても別人だ。この姿で犯行に及べば足は付かないだろう。


 僕は偽装したまま魔導具の赤ボタンを押して、レベルを100に設定した。

 檻の鍵を開けて、クソブタハゼットの胸に魔導具を当てて魔力を込める。


 液晶の数字が100から凄い勢いで下がって行き、32で止まった。つまり、ハゼットのレベルは68になったという事だ。

 ハゼットの瞳から輝きが失われて、あちゃ目になった。鼻からは鼻汁が溢れ、口からは涎が、糞尿も垂れ流しになって、周囲に更なる悪臭をばら撒く。



「これが君の誠意に対する僕の応えだよ。

 君に人の魂を奪う所を見せたんだ。僕はもう引き返す事は出来ない」


「グッド。俺の目に狂いは無かったようだ。

 失礼、まだ名乗って無かったな。俺の名はリゾンドウ」


「僕はレジー・オブライエン。宜しく」



 僕はそう言って、リゾンドウと笑顔で握手を交わした。

 ハゼットの命を奪った事に後ろめたさは有ったものの、あのブタ野郎のせいで大切な仲間たちの魂に傷が付いたのだ。

 因果応報だと無理矢理思い込まないと、とてもやって行けない。



「さて、手付金代わりと言っては何だけど、レジーのお友達を1人治しに行こう。

 僕をお友達の所に連れて行ってくれないか?」



 リゾンドウの口から思いがけない言葉が出て来た。

 彼はやはり信用に足る男のようだ。人族のレベルを何のために集めるのかは知らないし、聞こうとも思わない。

 仮に人族を滅ぼす為だとしても、カイト達が元どおりに治るなら構わない。


 僕はネックレスを外して元の姿に戻り、転移魔法でリゾンドウとカイト達の病室に移動した。

 時間はまだ夕方だけど、運良く治癒師の先生も看護師も居ない。

 矢も盾もたまらずに直接来てしまったけど、他人に転移魔法を使っている所を見られるのは不味い。今後は注意して使わなければ。



「これからは、レベルを5万回収出来れば1人治そう。残りの2人は10万回収した時に治す。

 さて、最初の1人目は誰にする?」



 リゾンドウは例の時間干渉の魔導具を手に持して、僕に問いかけて来た。

 僕は一瞬迷ったけど、カイトを治して貰う事にした。やはり、リーダーの彼に最初に目覚めて貰いたい。


 リゾンドウに、カイトの魂を154日前に戻して貰うよう頼むと、彼は眠っているカイトの胸に魔導具を当てる。

 カイトの胸部が眩い光に覆われて…



「あ、あれ?ここは…ダンジョンは?」



 目を覚ましたカイトが周りを見回して、呟くように言った。



「うぁぁぁあああ!カイト、良かったぁぁぁあ!カイト、本当に良かったぁぁああ!

 カイトォォォオオ!!」



 僕は思わずカイトに抱きついて泣き叫んだ。

 5ヶ月以上もこの瞬間を待ちわびたんだ。取り乱すのも当然だろう。


 しばらくカイトに抱きついて涙を流し、落ち着いた時には病室にリゾンドウの姿は無かった。涙を拭った僕は、呆気に取られているカイトにこれまでのあらましを伝える。

 もちろん、リゾンドウの事は伏せているし、クソブタ野郎に拷問した事も伝えてない。カイトには、時間が経てばミュウ、タウザー、セシルも眼を覚ます筈だとボカした説明をした。

 カイトは最初はただただ困惑して居たけど、僕の話を信じてくれたようで、何度も何度も僕にお礼を言ってくれた。


 治癒師の先生は有り得ないと驚いて居たけど、僕が教会に多額の寄付をして毎日祈りを捧げていた事はちょっとした話題になっていて、神の奇跡だろうと納得したようだった。



 ーーーーーーーーーー



 カイトが目を覚まして1ヶ月が経った。

 今、僕はカイトと一緒にAランクダンジョンで、入院費稼ぎを行なっている。



「レジー、右側からハウリン・ドッグが来る!任せて良いか?」


「オッケー!任せて」



 カイトの指示で、僕はサイドアタックを仕掛けて来た3体のハウリン・ドッグの対処をする。



 シュシュシュンッ!



 僕は一呼吸の内にハウリン・ドッグどもの首を刎ね飛ばした。



「レジーは本当に強くなったね。ずっと続けて来た努力が報われたんだな。

 自分の事みたいに嬉しいよ」



 正面から来たカースド・エイプを屠ったカイトが、いつものイケメンスマイルを浮かべている。

 やっぱりレインと一緒にダンジョンを探索するのはとても楽しい。

 皆んなが治ったら余計に楽しいだろう。

 僕はその後もレインとダンジョン探索を続け、大量の魔石とドロップアイテムを回収して地上へと帰還した。


 カイトが退院してからの僕の生活は充実し始めている。

 朝早くから2人で教会に行ってから、皆んなのお見舞いに行っている。その後は2人でダンジョンアタックをして、皆んなの入院費用稼ぎだ。

 1人でやって来た頃とやっている事は変わらないのに、以前とは比べ物にならない程毎日が楽しい。


 ただ、問題点も有る。

 深夜に1人で行なっているレベル集めが、思うように進んでないんだ。

 ユークライン連邦国は冒険者の数が多くないという事も有るけれど、僕の犯行を重く見た冒険者ギルドが監視の目を強めた事が地味に痛手となっている。


 けれど僕は絶対に迷わない。リゾンドウの頼み事を何としてもやり遂げる。

 皆んなを治すまで、僕は絶対に立ち止まる事は出来ないんだ。


 真夜中のソロ活動について色々と考えた挙句、僕は昔一度だけ行った事のあるブルークリーン王国でレベル回収する事に決めた。

 王国にはダンジョンが多く、冒険者が世界一多いのでレベル回収に適した国は他に無い。



 僕の冒険者ライフはまだ始まったばかりだ。


この作品は、【『フェロモンイーター』がゴミスキル扱いされて勇者パーティーを追放されたけど、女勇者の脱ぎたてパンツをクンクンしたら最強に 〜美少女パーティーでの毎日が楽しくて勇者パーティーにザマァしてる暇は無え〜】のスピンオフです。


レジーの過去や境遇を書いてたら長くなったので、短編として投稿しました。

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