7.
午後からはこの国の歴史を学ぶ。教師は歴史書を持参し、それに基づいて授業を進める。
リュシエール王国の前身はルブカという王国であった。ルブカ王国は鉱石の産出を主な事業としていたが、鉱石が取れなくなると国益が減り、国民の大半が貧しい暮らしをしていた。
そんな中でも鉱石の産出と作物の栽培両方を主としていた領があった。それが現在の王家の祖先達の領、ヘーゼルダイン領だった。彼らは鉱石の産出を主とする領土へ赴き、作物の栽培方法を教え、領主同士で結託するよう促していた。
各領土が潤っていく中、王都だけは衰退していた。それを見かねた国王は、ヘーゼルダイン領を始めとした領へ作物を税として国に納付するよう王命を下した。
ヘーゼルダイン領主は王命を固辞し、同じ境遇の領主達と結託しクーデターを起こし、ルブカ王国を滅ぼした。
ヘーゼルダイン領主はマーウィン領主を始めとした味方の領主達とリュシエール王国を興した。前王家に味方した領主達は、その身分を剥奪され領土からも追われた。領主には身分関係なく民のために働く人材を据えた。
ヘーゼルダイン領主は自身の弟に領主を譲り、自身は国王に就いた。ヘーゼルダイン領はレイン領と名を変えて存続している。ルブカ王国では伯爵の身分だったが、クーデターの立役者である彼が国王に就くことに異論は出なかった。そして、彼を支えたマーウィン領主は公爵となり宰相の地位に就いた。
リュシエール王国の初代国王、アーサー・ヘーゼルダインの絵が教材には載せられていた。長い歳月が経っている絵の人物は、黒く長い前髪を真ん中で分け、後ろ髪は短く揃えていた。紫の両目は鋭く光って見える。
「ヘーゼルダイン家は黒髪と紫の瞳が特徴的でした。また、かの家は氷魔法の使い手が多かったと言います。しかし、どちらも初代から三代国王までしか確認は取れていません。四代国王からは氷魔法の使い手は現れず、紫の瞳を持つ者もいません。しかし、黒髪で黄金の瞳が現在の王家の特徴となっています。それに、王家の瞳に似た宝石であるシトリンとアメジストが王家の分家であるレイン公爵領から産出されています。シトリンは『繁栄』や『成功』などの意味があり、アメジストは愛の石と言われています。そのためリュシエール王国では、子供が成人した際にシトリンを贈り、結婚や交際を申し込む際は自身の瞳に似た色の物とアメジストを贈るという風習があります」
教師はそこで歴史書と閉じると、場所を変えるためか席を立った。
教師と共に歩いて向かったのは、王家の間と呼ばれる回廊続きの部屋だ。本来なら王家の人間しか入れないが、教師は許可を得ておりますよ、と笑顔を向けてきた。
回廊には歴代の国王の肖像画が飾られている。先程見た歴史書の絵よりもどれも精巧なものだった。カメラなどないこの世界でこれほどまで実物に近付いた絵は貴重ともいえる。
教師は初代の肖像画の前に立つ。ヴィアもそれに倣う。肖像画の下に小さなプレートがあった。プレートには初代の名前と『革命王』の記載があった。
「『革命王』とは初代の諡です。その名の通り革命によって国を興したからですね。二代目の『氷刃王』は、逆らう者に対して容赦なく、風に乗せた氷の刃を放っていたからと言われています」
教師はプレートに記載されている諡の由来を次々と教えてくれる。
歴代の国王は若くして王位に就いたのか、肖像画を見る限り全員若かった。それとも自分の若い頃を描かせただけなのか。順番に肖像画を見ていくと、十五代国王エマニュエルの肖像画の前で足が止まる。十五代はヴィアにとっては祖母にあたる。祖母の肖像画はまだ幼い少女が描かれていた。
「先代の諡は『無敗王』です。先先代の御代、国内の情勢が悪く隣国からも攻め入られました。その際、まだ十歳の少女だった先代が作戦をたてられ、そのおかげで危機を脱したと聞いています。そして、先代の功績に対して嫉妬した兄弟達は先代を暗殺しようとしますが、先代はそれを全て返り討ちにしています。そして十七歳にして歴代最年少国王とおなりになりました。今代に譲位された際に、隣国との戦争、兄弟との王位争いでの無敗さを表すためにこの諡が贈られています」
教師はヴィアに祖母である先代の諡の由来を語る。ヴィアは数年前に会ったことがある。その時、祖母はとても穏やかな笑顔で接してくれた記憶があった。しかし、彼女の人生は穏やかではなかったのだと今日理解した。
王位争いー兄弟で争うことなどしたくない。ヴィアはグレンとフィリップが争うことなどないようにそっと祈る。
「ヴィア様、あちらの部屋は国王以外の王族の肖像画もある部屋です。また、歴代国王達の手記なども置いておりますので、入ってみませんか」
教師は奥にある部屋を示した。ヴィアは教師に勧められたまま部屋へと向かう。部屋は埃ぽいが綺麗にされていた。時々、掃除されているのだろう。
部屋の中は壁一面に肖像画が掛けられていた。人によって肖像画の大きさは違うが、絵師は同じなのか国王の肖像画と同じ精巧なものだった。教師は扉の前で控えていた。チラリと視線を向けると構わずにといった感じだったので、好きに見るようにした。
棚にある手記を手に取り読み進める。祖母の兄弟達の物なのか、手記は怨みがましく祖母のことを書いていた。別の物は古くて字が読みにくかったりするものもある。
また別の手記を手に取り読むと、病弱なせいで普通に生活出来ない自分が嫌いだと、母と兄に申し訳ないという内容が書かれていた。手記に出てくる兄の名前が自分の父親と同じだった。
(そういえばお父様には弟がいたはず)
ヴィアは沢山の肖像画の中から叔父の肖像画を探す。ヴィアが何かを探し始めたのが気になったのか、教師がヴィアの元に寄る。
「どなたをお探しですか?」
「叔父様の肖像画です。この手記が多分叔父様の物なので、どんな方かと思って…」
ヴィアが教師の方を見ずに答えると、教師はこちらですよと、一つの肖像画を示した。
幸薄そうな表情をした男性の絵があった。初めて見た叔父の顔をヴィアはジッと見つめていた。
「レオン殿下は二十六歳の若さでお亡くなりになられました。病弱ではございましたが、聡明でとてもお優しいお方でした」
ヴィアは叔父レオンの肖像画から目を離せずにいた。そして、どんな人だったのか気になった。
「先生、この手記って部屋に持って帰って読んでもいいんでしょうか」
教師は難しい顔をしていたが、許可を取ってみましょうと言ってくれた。そのタイミングで夕方を告げる鐘が鳴った。これで今日の授業は終わりだ。教師と共に部屋から出ると、回廊の前で待っていたルカと共に自室へと戻った。
夜、ノックの音がしてクロエが出ると、セバスが手記を持って来てくれた。セバスは大切に扱うようにという国王の伝言を伝えると部屋から出て行った。
ヴィアは直ぐにベッドの上で座りながら手記を読み始めた。