6.
翌朝、朝食のためにダイニングへ向かう。ヴィアが部屋に入ると既に全員が揃っていた。一番最後に来たので申し訳なさそうに席へ着くと、食事が運ばれてくる。王族は朝食のみ揃って食事をする習慣になっているが、朝食後にそれぞれの予定を確認するためである。
祈りを捧げてから、食事に手をつける。
リュシエール王国ではパンが主食なので、前世が日本人のヴィアとしては、お米が食べれないことに物足りなさは感じていた。
(食事の量多いな…)
昨晩、ヴィアは自室でクロエとルカと共に夕食を取った。その際、ヴィアの夕食とクロエとルカの夕食は食事の量等が全然違うことに気付いた。王族と同じまではいかなくても、もう少し城に仕える者達の食事も改善するべきだと思う。だが、それを口にするとクロエとルカは困った顔をしていた。二人を困らせるために言ったのではないが、結果的にそうなってしまったので、ヴィアはそれ以上何も言えなかった。
ヴィアは昨晩の事を思い出して軽くため息を吐くと、横に座っているグレンがヴィアの顔を覗き込んだ。
「どうした、気分でも悪いのか」
「いえ、気分は悪くないです。ただ……」
食事の量が多いなんて言えば、また他の人を困らせるかもしれないと思うと、ヴィアはその先が続けられなかった。どう言えばいいかを少し考えていると、国王も気になったのかヴィアを見ていた。
「何か気になる事があれば言ってみろ」
国王の言葉にヴィアは恐る恐る昨日から思っていた事を口にした。
「毎回の食事の量が多いと思っています。特に朝食は食べきれずほとんどの料理を残してしまうので、料理に携わっている人達に申し訳ないと思っています」
ヴィアは自身の前に置かれている料理を見る。主食のパンとサラダ、肉と魚料理が三品ずつある。五歳のヴィアには多すぎる量だった。
グレンとフィリップの前に置かれている料理もまだほとんど残っているのを見ると、子どもには多すぎる量だと気付くはずだ。
「急に何を言うのかと思えば、申し訳なく思うのなら残さず食べればいいだけではないの。皆の気を引くためにそんな事言い出すとは」
イルマは呆れたように言い放つ。
イルマの言葉にフィリップは気まずそうにしていた。ヴィアとは一歳しか違わないフィリップにもこの量は多いはず。ヴィアに同意しようとしていたフィリップは、イルマの言葉で何も言えなくなったのだ。
その様子を見ていた国王は部屋の壁近くに控えていた執事を呼ぶ。
「セバス、子ども達の毎食の量を減らすよう料理長に伝えよ。食材は有限だ、無駄にするわけにはいかん。お前達も希望があれば専属を通じて料理長に伝えるように」
国王は執事へ告げた後に三人に向かって言う。それに反発するのはイルマだけだ。
「陛下、甘やかしてはなりません。食事を用意してくれた者達のためにも、ちゃんと食べさせるべきです」
「無理して食べることの何が良いのか分からん。むしろ、有り難みを感じながら食べるほうが『料理に携わる者達』のためになるとは思わんのか」
国王の言葉にイルマは未だ納得いかないという表情をしていた。国王はそんなイルマを無視して食事を続ける。
「お父様、もう一つお願いがあります。城に仕える者達の食事も改善していただきたいです。昨晩、専属の者達と食事した際、専属の者達の食事が私と違いすぎて…」
ヴィアはこれ以上どう言えばいいか分からず口籠ると、ヴィアの言葉にグレンも同調した。
「父上、騎士達はこの国を守るために毎日訓練をしています。身体を資本とする騎士達の食事は栄養等が偏っているように思います。また、使用人達はこの王城のために常に動いています。彼らに働きに応じた食事を取れるようにするのも、我々王族の仕事ではないでしょうか」
グレンは国王を見据えながら言い切る。国王は一度目を閉じると、横に控えたままのセバスへと顔を向ける。
「城に仕える全ての者達の希望を聞き、早急に対応せよ」
セバスは国王の言葉に頭を下げると部屋から出て行った。
ヴィアとグレンは顔を見合わせ、国王へ感謝を伝える。国王はグレンはまだしもヴィアがそんな事を言うとは、などと言いながら笑っていた。
(そりゃあ、前世の記憶が戻ったから今までとは違うに決まってるじゃん)
口にすることはなく、自分だけで納得させておく。
食事の最後に各自が今日の予定を確認してから席を立っていく。
朝食で食べきれなかった料理を昼食で出すようにと、近くにいた侍女に伝えると渋い顔をしていたが、先程の朝食での会話を聞いていたので、すんなりと納得してくれた。
ヴィアは席を立つと、部屋の外に居たルカと共に自室へと戻る。その途中、グレンが廊下で騎士と話していた。会話中に邪魔をするのも無粋だが、素通りする訳にもいかないと思っているとグレンがヴィアに気付いた。
ヴィアはグレンへと朝食の席でのお礼を言う。ヴィアだけの言葉では使用人達の食事は改善されなかっただろう。グレンの言葉があったからこそ国王も動いた。そう考えていると、グレンはヴィアの頭をポンポンとしてから、騎士と再び話しながら歩き出した。
ヴィアは顔を真っ赤に染めて暫くその場から動けないでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お昼の時間を告げる鐘が二回鳴ると午前中の授業は終わる。家庭教師は教材を片付けて部屋から出て行く。
ヴィアが五歳になったことで国王が家庭教師をつけたが、今までのヴィアは不真面目すぎて最初の授業から半月経った今日まで、授業内容はほとんど進んでいなかったが、教師に頼み込んで始めから教えてもらうと、半月分を今日一日で抜いた。教師達はヴィアの変わりように驚いていたが、授業が進むことのほうが嬉しいのか、あまり追及はしてこなかった。
午後からも授業があるので、早めに昼食を取って授業までのんびりしようかなと思っていると、クロエが顔を覗き込んできた。
「どうしたの、クロエ?」
「いえ、朝食後のヴィア様のお顔が真っ赤だったので熱でもあるかと心配していたのですが、私の杞憂だったみたいですね」
朝食後というと、グレンのアレだ。ヴィアは思い出すと、また顔を真っ赤にさせる。
クロエはやっぱり熱がと心配し始める。ヴィアは朝食での会話も含めて事情を説明する。
「ねぇ、クロエ。男の人に頭をポンポンされたことある?」
「いえ、私は無いですね。親しい男性がいないので。でも、ヴィア様の様子を見る限り、グレン様は相当格好良かったのでしょうね」
クロエは想像しているからか目を閉じて頬を赤くしている。クロエの言う通り確かにカッコ良かった。前世から通して男性にそんなことをされた経験が無いため余計にそう思う。
「ねぇ、ルカ。お兄様は何であんなことしたと思う?」
ヴィアは男性のことは分からない。ならば、同じ男性であるルカならグレンの行動について理解しているかもしれない。
「……私に聞かれても…。恐らくですが、朝食の席での会話の際、国王の言葉でヴィア様が傷ついたと思われたのでは?あの場でヴィア様が考え込んでおられたのを、そう判断されたのではないでしょうか」
ルカの言う通りなら、国王の言葉に傷ついたヴィアを慰めるためにしたということ。
(それが本当ならどんだけ男前なんだよー)
ヴィアは何故乙女ゲームの攻略キャラにグレンが選ばれなかったのか不思議に思った。
話がひと段落したので、昼食をクロエとルカの三人で取った。ヴィアの前には朝食で残した料理のリメイクされたものが置かれた。
(料理長には後でお礼しとこ)
二人の食事は昨晩の食事とは明らかに違っていた。朝食から数時間しか経っていないのに、既に城中の者の食事の改善がされるなんて、セバスは敏腕執事だと再確認した。