52.
『魔法技術大会』当日ーー
ヴィアはいつもより少し早く目が覚めた。
ぐーと伸びをしてベッドから下りると、窓を開けて何回か深呼吸する。澄んだ空気が肺に流れ込んでくる。
よしっと頬を軽く叩きヴィアは気合いを入れる。
今日の大会はヴィア自身が提案したものだ。生半可な気持ちで挑むつもりはない。
気合いを入れた後、身支度を整えると部屋を出ていく。
大会はチーム戦を二回行った後、残ったチームで個人戦に切り替わる。
チームメンバーは事前におこなっていたくじで決まっていて、ヴィアのチームはクラスメイトのブランシュとエリク、別のクラスのコームという組み合わせだった。
シルビアたちもバラバラにチームを組んでいた。
ヴィアは大会が始まるまでにチームメンバーと話しをして、互いの得意魔法や苦手とするものを確認する。うまい具合に属性魔法がバラけていたので、何かあっても対処しやすそうだった。
ヴィアは朝食を取りながらチームメンバーのブランシュとどんな競技が行われるか話しをしていた。
『魔法技術大会』という名にしたのだから、魔法を絶対に使うことになるはずだと言えば、首肯いてくれた。
今ここで話し合っても分かるものではないので、簡単な作戦を練ると食堂を後にし、競技場へと向かう。
大会までまだ時間があるが、競技場にはほとんどの生徒が集まっていた。
競技場の客席は多くの人で溢れていた。
来賓席を見れば国王とグレンが既に座ってこちらを見ている。グレンはヴィアに気づいたのか手を振ってくれた。ヴィアも軽く振り返した。
フィリップは来てくれたのだろうかと、客席を見渡して探してみるが、人が多すぎてさすがに見つけることはできなかった。
開会の時間になり、学院長が今大会の開催についての説明をする。その後に、国王から生徒たちに激励の言葉が贈られる。
「君たちが学んだ全ての集大成をこの場で見せてくれ」
話終わると国王は席に着き、ロドリグが前に出てくる。
「最初は紋章の取り合いだよ」
そう言うとロドリグの手にあった学院の紋章が入った腕輪が各チームの元へ飛んでいく。
ヴィアは手元にきた腕輪をメンバーと共にじっくりと観察する。
「その腕輪を時間内に守り切ったら合格だ。自分のチームのものが取られなければ何個奪っても構わないよ。最終的に十チームが次に進めるからね。じゃあ今から十分間は作戦会議の時間にするから」
スタートと言った後に各チームを囲むように塀ができる。作戦が聞こえないように配慮してくれたのだろう。それにロドリグの頭上に大きな時計が出て、針が動きだす。
ヴィアはすぐにメンバーと話し始める。腕輪を持つ人を決めた後、バレないようにダミーを作製して、別のメンバーに分かりやすく腕に付けてもらう。
「コームは腕輪が絶対にバレないように持って、他のチームが来たらブランシュを守るように動いて。ブランシュはそれがダミーだとバレないように動いてね。エリクには探知魔法で相手の腕輪の位置を把握してほしいの。私たちのようにダミーを創ってる可能性もあるから」
ヴィアがそれぞれを見ながら言うと全員が頷いてくれる。異論はなさそうだった。
話し合いも終わり、ロドリグの頭上の時計を見れば、時間はあと僅かだった。
突然、コームが右手を出してきた。ヴィアはそれが何なのか分からなかった。ブランシュとエリクは分かったのか、コームの手に自分の手を重ねていく。ヴィアはまだ理解できずにいたが、おずおずと三人の手に自分の手を重ねる。
「絶対残りましょ!」
「「オーー」」
「…おー」
コームの掛け声の後、ブランシュとエリクが声を出す。ヴィアは少し遅れて同じように声を出すが、少し抜けた声しか出なかった。
三人はヴィアが戸惑っているのを見て、微笑んでいた。ヴィアはどこか恥ずかしかったが、つられてふふっと笑う。
この三人となら絶対大丈夫だと、ヴィアの直感がいっていた。
「はい、終わり。じゃあ、少し動かすよ」
何が?というのはすぐに分かった。
塀で囲まれていたヴィアたちの地面が揺れたと思ったら上に動いていく。
「な、なんだよ?」
コームが驚いて声を荒げる。
ヴィアは動いている地面と周りを見渡す。元の競技場の上空に三つの足場ができていた。四つの場所に複数のチームが別れている。
各チームを囲っていた塀も無くなる。
「少し密集していたからね。じゃあ、スタート」
全く緊張感のない声でロドリグが合図をすると、近くにいたチームがヴィアたちに向かってきた。
ヴィアはすぐに風魔法で相手を阻む。コームとブランシュも魔法を放ち、腕輪を取られないように動く。
エリクは探知魔法で腕輪の位置を把握したのか、相手チームの一人に魔法を放つ。
「彼女の上着に腕輪があります!」
エリクは相手の一番後ろにいる生徒を指差す。エリクの声にすぐさま全員が動く。相手も気付いたのか、腕輪の持ち主を守るように魔法を放ってくる。
「トルネード」
ヴィアの放った竜巻が腕輪の持ち主を囲む。相手チームは竜巻をどうにかしようと魔法を放つが、その間にエリクが雷魔法を放ち、相手を気絶させる。
指を鳴らし竜巻を消すと、中にいた生徒は気絶していた。ヴィアは彼女の上着から腕輪を取ると、三人の元に戻る。
「よっしゃ!」
「やりましたねー」
「ちょっと!まだ早いよ!」
コームとエリクが喜んでいたが、ブランシュが二人を嗜める。
ヴィアは三人の様子を見て微笑むが、ブランシュの言うことは尤もだと思う。
「いつ次のチームが来るか分からないから油断はしないようにしていたらいいよ」
そう言いながらヴィアは気絶している生徒を結界で守る。さすがにこのままにして何かあれば目覚めが悪い。
三人に呼びかけ場所移動をしようと思った直後、別のチームがやってきた。
ヴィアはすぐに魔法で対抗する。三人も少し遅れたが、さっきと同様に動いてくれたので、腕輪を取ることに成功した。
「あー、びっくりした…」
「だから言ったでしょ!」
まだ油断していそうなコームをブランシュが再び嗜める。
「移動しようか」
ヴィアがそう言うと三人は頷いて動き出す。
まだ戦っているところもあるので、静かな場所をエリクに探してもらう。
その後は他のチームにあうことはなくロドリグの声が響いた。
「それまで」
競技の終わりを告げる声にヴィアたちはゆっくりと息を吐く。
どこから襲ってくるかも分からない状態だったので、知らず知らずに全員が気を張っていたようだった。
ヴィアたちの居る足場がゆっくりと動き、競技場の地面に戻る。
負けたチームは気を落としながら端に寄って行く。気絶している生徒は先生の魔法によって移動させられていた。
中央に残ったのは十チーム。
ヴィアはキョロキョロと周りを見ると、シルビアたちも残っていた。
三人とも目立った傷はなさそうだった。ヴィアと目があった時シルビアとララは微笑んで、ジゼルは手を振ってきてくれたので、ヴィアは笑みをみせる。
「次はチーム対抗戦だ。各チームの代表者は前に来てくれ」
ロドリグが白い箱を持っているので、組み合わせはくじ引きで決めるようだ。他の先生が魔法で組み合わせ表を出してくれた。
くじを引く順番は特にないようなので、ヴィアはロドリグの前に立つとすぐにくじを引く。
くじには『六』と書かれていた。
六番の対戦相手を見ると二番となっていた。
組み合わせ表を見ると二番にララの名前があった。
ララを見ると両手で拳をつくってこちらを見ている。負けないという意思表示のようだ。
ヴィアももちろん負けるつもりはない。
ヴィアはチームの元に戻ると、三人の目に悲壮感はない。
二試合目に戦うことになっているので、作戦会議をしなければいけない。
「この対抗戦では最初に二人ずつ出てきて戦う。一人倒れたら、待機の者から一人出る。どちらかのチームが三人戦えなくなったらそこで試合終了だよ。じゃあ、一試合目に戦う者以外は端に避けていてくれ。作戦考える時間を五分あげるよ」
ロドリグの説明を聞いた後、ヴィアたちは移動して話し合う。
五分後に試合は始まり、客席から歓声や応援の声が飛び交う。
ヴィアたちは試合を横目で見ながら話しを続け、最初はブランシュとコームからいくことに決まり、ヴィアは三番目になった。
ヴィアが出るまでに全員倒れることだけはしたくないようで、三人は息を巻いていた。
「落ち着いて。順番はこれでいいとして。エリク、もし出れなかったらごめんね」
「ヴィア様、それは勘弁してください…」
エリクに笑いながら言った冗談だったが、本気に聞こえたのか少し慄いていた。
ブランシュとコームは笑っていた。
ヴィアも笑い出すと、エリクも冗談だと分かったのか、微笑する。
その時、ロドリグの声が響く。
一試合目が終わったようだ。
生徒を讃える拍手や歓声が競技場を包む。
「二試合目のチームはこちらへ」
ロドリグに言われ、ララたちのチームは先に向かう。
ヴィアは手を伸ばす。三人はヴィアの意図を理解して、ヴィアの手に自分の手を重ねる。ヴィアがコームを見ると、頷いてくれた。
「絶対勝ちましょう!」
「「「オーー」」」
声を出して手を挙げると、ヴィアたちは中央へ歩き出す。
心臓の音がはやくなり、緊張しだしたのか手汗が出てくる。
ヴィアは緊張を悟られないよう、唇をキツく結ぶと前にいるララたちのチームを見る。
絶対、負けない。
気持ちを強く持ち、ヴィアは試合に臨む。