5.
「疲れたー」
思い切りよくベッドへダイブすると、バフッと大きな音がした。このまま着替えもせずにゴロゴロしようと思っていたが、クロエが睨んだのでダイブだけで留めた。
あの宣言の後、謁見の間に居た人達の視線の理由が分からずにいたが、ルカが恐る恐るとブラコンとは何かと尋ねてくれたので、納得した。ブラコンなんて言葉がこの国には無かったのだと。
それからブラコンについて全員に説明すると、ヴィアがした宣言についても一様に理解していたようだった。
ただブラコンについて説明するならここまで疲れないが、宰相がやたらと質問をしてきた。一つの質問に答えるとまた質問され、それにも答えるとまた質問される。そんなやり取りを何回かしたのち、国王が宰相を止めてくれたので無限ループからは脱することができた。
(宰相の身近にもブラコンがいるのだろうか)
でなければ、あんなにも質問することはないだろう。それを宰相に聞くのも面倒だと感じた。
「ヴィア様、そろそろ着替えてください」
ずっと考え中のヴィアにクロエが痺れを切らした。顔は笑っているが、内心ちょっと怒っているのが分かる。何年も侍女をしてくれているので、ここで言うことを聞かないと雷が落ちる。
ヴィアはベッドから降りるとクロエにされるがままになる。クロエはいつものドレスをヴィアに着せる。さっきまで着ていたドレスをヴィアはジッと見る。
「ねぇ、クロエ。こんなドレスいつ作ったの?」
「これは、ヴィア様が階段から落ちて眠っている時に陛下付きの侍女の方から渡されたものです」
「はぁ?」
変な声が出た。
しかし、それを気にするよりも別のことを気にしてしまう。
「クロエ…私は階段から落ちて何日眠ってたの?」
「丸二日です。このドレスは、私も今日の早朝に渡されました。事前に作っていたか、急いで作ったのかは分かりませんが」
クロエも少し戸惑っていた。
事前に作っていたなら、丁度良いタイミングだっただろう。だが、急いで作らせたのなら、あの騎士を専属にすると決めていたのか、それともヴィアが言い出すと思ったのかだ。それを今更問う訳にもいかないので、お礼の言葉だけは伝えておこうと決めた。
「クロエ、部屋の外にいるルカを呼んできて」
クロエは直ぐに扉へと向かい、ルカを部屋へと案内する。ルカはクロエについていく。
「ルカ、彼女はクロエよ。私の専属侍女をしてるの。専属侍女はクロエしかいないけど、手が足りない時は手伝ってくれる侍女がいるけど、その人達は追々覚えていけばいいから。クロエ、彼が私の専属護衛になったルカよ。」
ヴィアはクロエとルカそれぞれに紹介する。今後、ヴィアの専属として働くために、お互いを知っておくのは大事なことだ。
「クロエと申します。ヴィア様を助けていただきありがとうございます。同じヴィア様の専属として、これからよろしくお願いします、ルカ様」
「ルカと申します。私は平民の出なので敬称は不要です。ルカとお呼び下さい」
ルカはクロエに向かって深く頭を下げる。クロエはルカの言葉に躊躇っているのが分かる。
「じゃあ、三人でいる間は敬称と敬語は無しにしましょう。他の人が居る時はちゃんとする。専属二人が堅苦しいのは私も疲れちゃうから」
ヴィアはクロエとルカに笑顔を向けて提案する。ルカは平民出身だからと断りそうだが、ここは上目遣いでもして無理やり納得させるかと考える。
「では、ルカ。私は子爵家の出だけど、ほぼ家出同然で城に仕えに来たから、貴族であってないようなものなの。だからヴィア様の言う通りにしましょう」
クロエは言い終わるとルカへと手を出していた。ルカはクロエの言葉に分かったと頷き、こちらこそよろしくと、手を握り返していた。
専属二人の紹介が終わったところで、ルカへと自分の専属として必要なことを伝えておく。
「ルカ、私の専属護衛はあなた一人しかいないけど、休暇は必ず取るようにして。クロエにも言ってあるけど、どんな理由でもいいから休暇の希望日があれば事前に教えて、そしたらその日は休みにするから。それと、無理はしない。それだけは必ず守ってほしいの」
ヴィアはジッとルカを見る。ルカは、かしこまりましたと、軽く頭を下げる。
ルカが納得したことで、安心したのかヴィアのお腹が鳴った。結構な音だった。
今更だが、ヴィアが目を覚ましたのはお昼を過ぎてからだった。それから何も食べずに今までいた。お腹が鳴ったのが恥ずかしいため、ヴィアの顔が真っ赤になっていく。本日二度目である。
クロエとルカはヴィアから顔を背けていた。笑いを堪えるのに必死だろう。
笑いを堪えたクロエは食事の準備をするよう伝えるため、厨房へと向かった。
部屋に残されたヴィアとルカの間に気まずい空気が流れたが、それを打ち消すように、ルカはヴィアの前で跪いた。
「ヴィア様、改めて感謝申し上げます。私が謹慎をしているという噂をお聞きになり、それに心痛めたヴィア様が専属にすると言ってくださったと聞きました。自室にいる間は噂など気にはしていませんでした。ただ、ヴィア様が目を覚さないのは、私が助けた際に負った傷が原因だと思っておりました。傷について罰せられるかと思っておりましたが、専属護衛にして頂けるという名誉、大変光栄でございます」
ルカは言い終わるも跪いたままでいた。ヴィアはそれに困っていた。
ルカに対しての不名誉な噂も何も全てはヴィアの行いによってもたらされたものだから。それによって人が傷つくのが耐えれなかったヴィアは、ルカを自分の専属護衛へとした。感謝されることではないと思っていた。自分がこう思っても人は違う考え方をする。それを否定することすらルカに失礼だと思う。
「御礼を言うのは私の方です。ルカ、私が階段から落ちた時助けてくれてありがとう。あの場所に貴方が居なければ、今私はここに居なかった。私の行いが悪かったせいで、貴方には迷惑かけてしまったことを、申し訳なく思っています。私の専属にすることで、貴方への不名誉な噂もやっかみも無くなるなら幸いだわ」
ヴィアはそこで言葉を途切ると、跪くルカの前にでしゃがむ。叙任式と同じ体勢になると、笑顔を見せる。
「ルカがいてくれてよかった、ありがとう」
ヴィアの屈託ない笑顔と言葉にルカは破顔する。その顔が落ち着いたルカの雰囲気とかけ離れていた。それに驚いたヴィアは思わず目を見張る。急に変わったヴィアの様子にルカは心配そうな顔をするが、ヴィアとしてはさっきの顔が見たいので、どうにかしてルカを笑わせようとする。ルカはヴィアの意図が組み込めず戸惑いつつも尻もちをつきながら後退する、ヴィアはお構い無しに前進してくる。
部屋の中で座りながら押し問答する二人を、厨房から戻ってきたクロエが見つける。ルカはクロエに助けを頼み、ヴィアはルカの笑顔が見たいとクロエに協力するよう頼む。クロエはヴィアの言い分を無視してルカを助けるが、床に座っていたことについて、二人を膝詰めで説教することにした。