47.
ヴィアはおよそ二ヶ月ぶりに学院に行く。廊下を歩いていると周囲の生徒達がヴィアを見るが、気にすることなく自分の教室へと向かう。教室へと入るとヴィアの姿を見たクラスメイトが騒ついた。
シルビアとジゼル、ララがヴィアの元に来る。
「ヴィア様、良かった…」
「心配かけてごめんね。ありがとう皆」
ヴィアの無事な姿を見てホッとしたシルビア達に、フッと微笑んで礼を言う。
シルビアは「友達だから心配するのは当たり前です」と、真剣な顔をしていた。ジゼルとララは頷いていた。
胸の奥が温かくなる。彼女達の気持ちがヴィアには有り難かった。
ヴィアは午前の授業が終わるとすぐにフィリップの教室へと急ぐ。
教室内を覗くと、以前は沢山いたのに今はフィリップの側に誰もいなかった。
コンラッドとネイサンは離れたところから、フィリップを見ていたが、近寄ることはしなかった。
ミモザもフィリップのほうをチラチラと見ているが、近付かない。そんな彼らの様子を見て、結局、その程度の気持ちなのかとヴィアは腹がたった。
彼らの様子を察するに、謀反のことだけでなく、恐らく家族からフィリップの今後を聞いたのだろう。
イルマの処刑が終わった後、国王はフィリップの処遇を決めた。
フィリップは学院を卒業するまでは王族に籍を置くが、卒業後は臣下に降ることになった。勿論、王位継承権も無くなる。今後フィリップに子が産まれてもその子供にも継承権は存在しない。
学院卒業までの一年間の猶予があるのは、今後の身辺整理の時間を確保するためだ。
たとえ王族でなくなろうともフィリップはヴィアにとって、大好きな兄の一人であることに変わりはない。
ヴィアは教室内に入り一直線にフィリップの元に向かう。
突然入ってきたヴィアの姿を見たフィリップのクラスメイト達は驚いていたが、ヴィアはそんな周囲の様子は気にすることはなかった。
「お兄様、お昼一緒にどうですか?」
「ヴィア!?……いいのか?」
「私はお兄様と一緒がいいです!」
体を前のめりにしてフィリップに向かって力強く言いきり、フィリップの手を取ると教室を出て食堂へと向かう。
ヴィアの強引さに押されたフィリップだが、それが嬉しくて微笑んだ。
食堂にフィリップとヴィアが一緒に入ってきたことで、食堂内にいた生徒の殆どが二人の方を見やる。
ヴィアは方々から向けられる視線を気にすることもなく食堂内を進み、手を振っている人物の所へ行く。
「おーい、遅かったな」
「お待たせしました、ドロテア」
ヴィアとフィリップはドロテアの対面に座る。
ドロテアは二人に対して以前と何も変わらない態度で接する。ヴィアはその優しさに甘えることにした。
シルビア達も気にしないかもしれないが、フィリップの方が気まずいと思うので、暫くお昼は離れて過ごすことにした。
それに一緒に過ごして彼女達がフィリップに対して悪意を持つ人達に傷つけられたらヴィアは許せない。
その点、ドロテアは他国の公子なので、イタズラに突っかかってくる奴もいない。
ヴィアはドロテアの山盛りの皿を見る。
「何を取ったんです」
「ピカタ。美味いからなーこれ」
「じゃあ料理人に言ってあげてください。喜びますよ」
「もう言ってるさ、何回も」
普通の友人のような会話をするヴィアとドロテアの姿にフィリップは目を見張る。
ヴィアはフィリップを促してカウンターまで昼食を選びに行く。
「ヴィアは公子と仲良いんだね」
「えぇ、あの一件から少しずつ友人として接していますね」
「…よく兄さんが許したね」
その言葉にヴィアの肩がビクッとなる。フィリップがヴィアの顔をのぞくと、何とも言えない顔をしていた。
この様子だと兄は、友人となったことは納得はしているが、許してはいないかもしれない。
フィリップは以前にグレンと二人で話した時のことを思い出した。ドロテアの話題を出した瞬間、グレンが氷点下の笑みで話を聞いていたのをフィリップは思い出した。
それにヴィアが何も言わないのが決定的だった。
フィリップはこれ以上聞くのはやめた。馬に蹴られるだけだと理解したからだ。
話題を変えて、また話しながら昼食を選ぶと、席に戻り食べ始める。
時々話を振ってくるドロテアとヴィアはフィリップに対して嫌悪感などを持っている様子はない。そんな二人にフィリップは尋ねる。
「何故、俺と普通に話せるんですか」
「お兄様…」
悲しそうな表情で俯くフィリップにヴィアは何も言えない。
「あんたは今回の件何も知らなかったんだろう」
「でも、母とその家族が首謀者だ」
フィリップは吐き捨てるように言う。
ドロテアはため息をつくとヴィアに問いかける。
「母親が悪なら子も悪なのか?」
「一概に違うとは言えないけど、今回のことはハッキリと違うと言える」
「だよなー俺もそう思う。それにアンタが思っている通りだと、アンタも処刑されないといけない。でも、そうなってないってことは皆分かってる。アンタは悪くない」
ドロテアはそう言い切ると、「責任は取らされるがな」と小さく呟いた。
誰にも知られていないが、ドロテアはフィリップのことを心配していた。グレンとどうやってフィリップを王族のままでいさせることができるか議論していたほどだ。さすがに、国王が決めたことに異を唱えることはできなかったが。
フィリップとヴィアは何も言えず俯く。
親が罪人となったことで、何らかの責任を子や他の人が取らされることに理不尽さを感じる。だが、その理不尽さがないと、被害を受けた者達への救済とならないのかもしれない。
なんとも難しいものだ。
ヴィアはフィリップの方を向き、手を握る。
「お兄様はずっと私のお兄様です!それだけは忘れないでください…」
ヴィアは真っ直ぐな瞳でフィリップを見つめて告げる。
偽りのない本心を。
フィリップは少し目を見張ると、微笑みをヴィアへ向ける。彼女の言葉がただ嬉しかった。
ドロテアも微笑んでいた。
「…ありがとう」
フィリップの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。