46.5
夜も更け、静まり返った地下牢にコツコツと足音が響く。足音は一つではなく数人のもの。鎧がぶつかる金属音も聞こえる。
眠っていた罪人たちはその音に目が覚め、通路の方を見て驚愕している。
通路を歩いている人物は他の牢には目もくれず、真っ直ぐに奥の牢屋へと進む。
奥の牢にいるイルマは蹲りながら足音を聞いていたが、その足音が近くなり止まったことが気になり頭を上げる。
瞬間、イルマの息が止まる。
絶対に来ないと思っていた人物。愛した男ーー国王が牢の前に立っていた。
「…久しぶりだな、イルマ」
「……あ、アルフレッドさ…ま」
名前を呼ばれてヒュッと息を呑んだため、イルマは上手く声が出せなかった。
真っ直ぐ自分を見る国王にイルマは驚きを隠せなかった。
「最後に話をしよう」
「…話すことなど、何も…」
「あるだろう、イルマ」
国王の視線から逃げるようにイルマは俯き、唇を噛む。
だが、国王はそんな彼女を逃がさないとでもいうような鋭い視線を送る。
ここに来た理由はただ一つ、どうしても彼女に聞きたいことがあったからだ。
「何故マノンを殺した」
国王に問われたイルマは頭をあげてキッと国王を睨む。
「何故!?貴方は本当に分からないの?私がどれだけ貴方を愛していたのか……それなのに…あんな女を……」
「いつからだ」
国王はイルマが自分に寄せる感情は『国王』としての自分に向けられたものだと思っていた。
だが、それは自分の勘違いで、彼女は純粋に異性としての感情を自分に向けていると言う。
「…貴方に初めて会った時よ、アルフレッド様」
それは随分前のこと。
イルマと国王が初めて会ったのは、婚約者候補としての顔合わせ。ちょうどヴィアくらいの年齢の時だ。
そんな前からか。
国王は右手で顔を覆いながら自身の過ちに気付く。
イルマは涙を流しながら優しく微笑んでいた。もうずっと見なかった彼女の笑顔だ。
婚約者候補としてイルマに会った時、国王は彼女に何の感情も湧かなかった。だから彼女もそうだと思っていた。
そんな中、たまたまお茶会で見たマノンに自分は一瞬で惹かれた。白い髪が風でなびくさま。燃えるように赤い瞳。弾ける笑顔と鈴のように鳴る声。
全て鮮明に思い出される。
あの時の出会いがなければ、マノンは自分と結婚することもなく死ぬこともなかったかもしれない。
だが、国王はこうで良かったと思っている。マノンと会えたことに感謝しているからだ。彼女が居なかったら自分の人生はつまらなかっただろう。
国王は姿勢を戻し、再度イルマを見やる。
「イルマ悪かった…」
「謝らないで!」
イルマは声を荒げる。
そんな彼女の様子を気にせず国王は続ける。
「私はお前の気持ちには応えれん。周囲が煩かったからお前を娶っただけだ」
国王の言葉にイルマは涙を流すしかなかった。
イルマも分かっていたのだろう。だけど、心が追いついていかないのだ。
「…アルフレッド様、最後に教えてください……私のことを愛していましたか?」
涙で濡れたイルマを見ながら国王はハッキリと告げる。
「愛していない。イルマ、お前のことは一度も愛したことはない」
引導を渡すように言葉を紡ぐ。
イルマは国王の正直な言葉を聞くと、俯いてポツポツと話し始める。
「マノンは私が殺した。あの日、彼女の部屋に行き、紅茶に毒を混ぜて殺した」
「共犯はいるのか」
「マノン付きの侍女だ。マノンが死んだ後城を出たから父に頼んで消してもらった」
イルマは全てを話した。
毒の入手方法や、殺害するまでの計画と共謀犯。その全てを。
国王はイルマを一瞥し、踵を返して地下牢から出ていく。
遠ざかっていく国王の背中を見ながら、イルマは嗚咽を溢す。
これでもう二度と会うことはない。
(さようなら…愛した人よ)
数日後、イルマは牢の中で毒杯をあおり死んだ。
王妃の死をもって、ソーンダイク一族の謀反は首謀者の死亡で終結した。