46.
ヴィアは王の執務室に行き、王と宰相に先程の会話を全て漏らさず伝える。
二人はヴィアの報告を聞き終えると、目を瞑ったまま何か考え込んでいた。
王妃の悪事が明るみに出たことになる。
グレンの母ーーマノンのことは王にとって、決して許されることではない。
追及するためにも拷問を行うと考えているかも知れないが、ヴィアはもっと簡単だと思っている。
「王自ら問い詰めれば宜しいかと」
「国王を危険に晒すつもりですか」
ヴィアの提案に宰相は即座に難色を示した。
そんなつもりは毛頭ないと、ヴィアは首を振る。
「勿論、護衛は最大限に付けます。でも、国王としてではなく、夫として。一人の男性として話をしてくるべきではないですか。罪を犯しましたが、彼女は一人の男として国王を愛しています。それに最後に応えてもいいのではないかと」
甘い考えだと分かっている。
だが、愛した男から何も言葉も無ければイルマも可哀想だ。
ヴィアの言葉に王は暫く考えると、静かに口を開いた。
「お前があれの立場ならそれを願うか」
「そうですね。それに最後に会えたなら愛していた事実と恨み辛みを全てぶつけると思います」
ヴィアは自分がイルマの立場だったらと仮定して応えるが、若干、大袈裟に言ってみた。
王はヴィアの言葉を聞いて少し悩んでいたが、最終的にはヴィアの提案を了承してくれた。
「それと、ヴィア。お前は氷魔法の使い手だったのだな」
話が終わったと思って退出しようとしていたヴィアだったが、国王に呼び止められた。
そして、今まで誰もーーグレンでさえも聞かなかったことを尋ねてきた。
ついに来たか。
ヴィアは返答に時間がかかる。どう答えるべきか計りかねていた。
「あぁ、案ずるな。箝口令をしいておる。洩らしたものには罰があるとも言っておるから、簡単には皆には知られることはない」
「御心遣いありがとうございます」
ヴィアは国王に向かって頭を下げる。ヴィアの意を汲んでしてくれたのだから、礼はキチンとしなくてはいけない。
そして、ヴィアは頭を上げると心を決める。
「既にご存知の通り、私は氷属性を持っています。このことは魔法師団のエヴラールも知っております」
ヴィアはそういうと手のひらを上にして氷の粒を幾つか出現させる。
国王と宰相は報告は受けていても実際に見たわけではないので、氷の粒を見て驚いて目を見開いていた。
ヴィアは氷の粒を見ながら、話し始める。
「私が氷属性を持っていると分かったのは五歳の時です。それから誰にも知られずに魔法の腕だけは磨いていました。そのおかげで敵を捕まえられたので良かったです……」
ヴィアはそこまで言うと魔法を解き、俯いて呼吸を整える。
「私が氷属性を保持していることを知られたら、混乱を生じると思い黙っていました。そのことについては謝罪致します。でも、黙っていなければ、私は消されていたかもしれません……」
ヴィアは国王に視線を向けたまま言い切った。
国王がヴィアからの視線を外すことはなかった。
国王は息を吐くとヴィアから視線を外し、手で顔を覆った。
「お前の言う通りだな…もし、保持していることをすぐに話していたら、あれがお前を生かしてはおらなんだかもしれん……」
国王の声は小さく覇気のないものだった。
たとえ愛していなくても彼女を娶ることを決めたのは国王自身だ。それがこんなことを引き起こすとは思わなかっただろう。
珍しく弱気な国王にヴィアも宰相も何も言えなかった。
彼だけの所為ではない、そんな言葉は今は届かないだろう。
ヴィアはやはり言うべきでは無かったと、後悔する。
「ヴィア様。氷属性については、これからも他言無用でお願いします。こちらも必ず洩らさないよう致しますので。公にするのは時期を見て行うつもりです」
宰相の言葉にヴィアは「分かりました」と、頷く。
ヴィアは二人に礼をすると執務室を出て、そのままグレンの部屋へと向かう。
グレンの部屋の扉をノックすると、ノエが扉を開けて部屋に入れてくれた。
「グレンは?」
「眠っておられます」
そっか、と言いながらヴィアはグレンが寝ている部屋に入ると、ベッドに近寄る。
やっぱり心身ともに疲れていたのだろう、起きる気配は全く無い。
顔に掛かっている髪を除けると目元にうっすら隈が見えた。
これ以上邪魔するのも気が引けるので、ヴィアはノエにまた後で来ることを告げると自室に戻る。
ヴィアは服を着替えてベッドに横になると目を閉じる。
初めて見た地下牢でのグレンの姿が頭から離れなかった。
グレンには守られてばかりなので、今度は自分が彼を守れるよう強くなりたいと願いながら目を閉じる。
いつの間にか寝ていたようだった。そんなに時間は経っていないので、ヴィアは諸々整えてもう一度グレンの部屋へと向かう。
扉をノックするとノエがすぐに開けて部屋に入れてくれた。
グレンはまだ寝ているとのことなので、ヴィアはベッドの横で待つことにした。
グレンが起きたらすぐに傍にいることを知っていてほしい。それに彼を安心させたかった。
グレンが起きてくるのを待つこと三十分、グレンの体が動いた。
魘されているのか、グレンの表情が苦しそうになっていく。
ヴィアはグレンの頭を撫でる。いつも彼がしてくれることを、今はヴィアがしてみる。
これで、彼の心が少しでも落ち着いてくれればいいと思いながら。
「………ん、ヴィ……ア…?」
「起こしちゃいましたか?」
グレンが目を覚ましたのを見て、ヴィアは手をグレンの頭からどけようとする。が、その手はグレンに掴まれ引っ張られる。
「きゃっ」
ドサッ。
ヴィアはグレンの上に乗るようにして抱きしめられる。痛いくらいの力でギューと。
「ヴィア」と、か細い声がヴィアの耳に届く。
彼は今、不安なのだろう。
「ここにいます、グレン。私はどこにも行かない」
そう言いながらグレンの背中に腕を回して、背中をトントンと軽く叩く。
そのおかげか、グレンは少し落ち着いてきたようで、また目を閉じて眠りについた。
寝息が聞こえてきてもヴィアは背中を叩くのをやめない。が、次第にヴィアにも眠気が襲い、そのままグレンの腕の中で眠りについた。