45.
ヴィアは自室のベッドで横になって考え事をしていた。
グレンに氷魔法のことを黙っていたことで、もし嫌われたらと思うとヴィアは心を抉られている感覚になる。
ヴィアは体を丸めて眠りにつこうとするが、色々と考えてしまって寝ることができなかった。
ベッドから降りて隣室に移動するがクロエの姿は見つからなかった。部屋も真っ暗にされていて、ヴィアは自分一人だけの空間が途端に怖くなった。
部屋の空調は問題ないのに、体が震えだす。ヴィアは耐えきれなくなり、ベッドに戻り布団を頭から被る。
この恐怖が人を傷つけたことからなのか、グレンに嫌われることを恐れたからなのかは分からなかった。
どのくらい経ったか分からないが、ヴィアは布団から顔を出して窓の外を見る。いつの間に寝てしまっていたようで、気付けば空が白んでいた。
ヴィアはサイドテーブルに置かれている、水差しとコップを手に取ると水を注ぎ、一口飲む。
水差しとコップをサイドテーブルに置くと、ヴィアは隣室へと向かう。
扉を開いて部屋の中を見ると、部屋は電気がついていて先程とは違い明るかった。
部屋の中央にあるソファへ行くと、そこではグレンが横になっていた。
疲れて寝てしまったみたいだ。その証拠に机の上には資料が散らばっていた。
ヴィアは部屋の扉を開けて、外にいる騎士にノエを呼んでもらう。
扉を閉めて、グレンとは反対のソファに座るとグレンが持ってきた資料を手に取って読み始めた。
そんなに時間が経たないうちにノエが来てくれた。
ヴィアは資料を置いて、ノエを部屋に入れるとソファで寝るグレンの元へ行く。
「朝早くごめんね。お兄様がここで寝ちゃってるから、部屋に戻ったほうがゆっくり休めると思うんだけど…」
「ヴィア様には申し訳ないですが、このままでお願い致します。状況が状況ですので休める時に少しでも長く休んでいただきたいのです」
ノエはヴィアに許可を貰い棚からブランケットを取り出してグレンに掛ける。以前、クロエから場所を聞いていたので、勝手知ったるという風に茶器などを出しヴィアの部屋で紅茶を入れる。
ヴィアはソファに座り再度資料を読みながら、ノエの紅茶を口にする。スッキリとした穏やかな香りが鼻から体全体に巡っていき、嫌な気持ちが吹き飛んでいきそうなほどだった。
茶葉によるが渋みがなく飲みやすいので、資料を読んでいたヴィアはついつい飲み過ぎてしまった。
一時間ほどしたらグレンの体が動いた。
目が覚めたみたいだ。
体を起こした後周囲を見まわしたグレンは、自分がいる場所を確認しているようだった。
初めて見るグレンの様子が可愛くて、ヴィアはふっと微笑んだ。
「おはようございます、グレン」
グレンはまだ完全に覚醒していないのか、下を向いていた。
ヴィアはそんなグレンをずっと見ていた。
こんなものはなかなか見られない。今、目に焼きつけておこうと。
「グレン様」
ノエはグレンの前の机に紅茶を置く。グレンは慣れているようで、何も言わず紅茶を口にする。
一気に飲み切ると多少目が覚めたのか、ヴィアの方を見て笑う。
「おはよう、ヴィア」
グレンの姿を一部始終見ていたヴィアは笑ってしまった。穏やかな一日になりそうだと。
だが、そんな考えはこの後覆された。
ヴィアはグレンと朝食を食べ終わると今日の予定を尋ねた。
「これから王妃の元へ行き話をしてくる予定だが、ヴィアも来るか?」
穏やかな一日にはならなかった。
グレンに聞かれてヴィアは戸惑った。
目を閉じて少し考える。ヴィアはイルマとのこれまでのことを思い出すと覚悟を決めた。
「一緒に行かせてください」
ヴィアは真っ直ぐグレンを見て応える。
グレンはヴィアの顔を見つめると頷き、ノエに護衛の人数を調整するよう頼む。
ヴィアは自分の鼓動が速くなっていることに気づいた。これが緊張からなのか恐怖からなのか分からず、自分の感情を持て余していた。
ヴィアの様子に気づいたグレンがそっと手を包み込む。
グレンはヴィアに微笑みかける。ヴィアはグレンの胸に頭を預けて目を瞑り、彼の優しさに甘える。
扉をノックされ、ノエが戻って来て。準備が出来たようだ。
ヴィアは体勢を戻すとグレンの方を見て笑う。
もう大丈夫だと。
グレンは先に立つとヴィアへ手を差し出す。ヴィアはその手を取ると立ち上がり、グレンと一緒に部屋を出て行く。
イルマは貴賓牢ではなく、罪人として地下の牢に入れられている。
ヴィアはグレンと共にその場所へ向かう。
牢の中には何人か入っていて、ヴィアたちはその前を通り過ぎて奥の牢にいる人物の元に向かう。
牢の中にいるイルマは普段とはかけ離れたボロボロの服を着せられていた。髪も乱れており下を向いていた。
足音に気づいたからか顔を上げたイルマはグレンとヴィアの姿を目にすると、表情を歪める。
「…何しに来た」
「最後にお話でもと思って」
「話すことなんかない!!」
イルマは柵を掴み声を荒げる。護衛の騎士たちが二人の前に出るが、グレンとヴィアはそれを気にすることもなくただイルマを見つめる。
「貴方の刑が決まりました。謀反を起こしたので死刑ですが、刑の方法を決めかねていまして。斬首、服毒、絞首と、どれがよろしいですか?」
グレンは事務的に淡々と告げる。
イルマはそんな彼の様子に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ヴィアは二人の様子を静かに見ていたが、ヴィアは意を決してイルマに問う。
「貴方は私のことをどう思っていましたか」
最後に聞きたかった彼女の本心。
『ヴィア・ヘーゼルダイン』が求めていたイルマの愛情。それを確認して過去を清算する。
「お前なんか、どうでもいい…私にはフィリップだけしかいない。王も結局は私のことを見てくれなかった…あの女よりも私のほうが彼を愛していたのに……」
ヴィアはイルマの言葉を聞いてグレンを見る。
『あの女』と聞こえた瞬間、グレンの肩が震えた。
ヴィアがグレンに声を掛ける前に、ガシャンと柵が震える音がした。
グレンが牢の柵を握り、イルマへと顔を近づける。
「ハッ、惨めだな。俺の母に勝てずに負け犬のまま貴方は死ぬんだから」
イルマはさらに顔を歪ませてグレンを睨む。
グレンはイルマの様子を気にすることなく言葉を続ける。
「貴方が本当に王を愛していても、それを返されないなら王にとって貴方は必要のない存在なんだよ。母は貴方と違って王に必要だった」
「だが、あの女は死んだ。呆気ないものだった。死ぬ間際も王やお前のことばかり…」
イルマはそこでハッとなり言葉を止める。
グレンはニヤリと笑う。
ずっと明らかにされなかった真実。自分の母の死に関わったとされているイルマから言質を取った。
「それで、母をどうやって殺したんだ」
グレンはイルマに問う。
イルマは青褪めてグレンから顔を背ける。
そんなイルマの様子に苛立ったグレンは柵を殴って声を荒げる。
「どうやって殺したか聞いてんだよ!」
「グレン!」
ヴィアはグレンの背に抱きつく。
初めて見るグレンの荒れた様子にヴィアは驚愕したが、それどころではないと体を動かした。
騎士たちも戸惑っていたが、すぐに動きグレンの手を取り牢から遠ざけてくれた。
ヴィアは騎士たちにグレンを部屋に連れて行くよう指示をだす。
その間もグレンはイルマに向かって怒鳴っていた。ヴィアはグレンにもう一度抱き付く。
「グレン…貴方は一人じゃないから」
ヴィアは体を離すとグレンの頬を撫でて微笑む。グレンは少し落ち着いたみたいなので、騎士たちを促せて連れて行かせる。
残った騎士に頼み、イルマを自殺させることのないよう猿轡をさせる。重要な証人だ。全て聞き出すまで絶対死なせたりはしない。
ヴィアはイルマを一瞥するとその場を後にした。
もう彼女に対しての感情は一切なかった。




