42.
フィリップの誕生日当日、夜には王城で宴が開かれる。
フィリップと共に王城へ向かうため、授業が終わったヴィアはシルビア達に挨拶をするとフィリップのクラスへと歩を進める。
フィリップのクラスに着き、ヴィアは扉からひょこっと顔だけを覗かせる。
教室の中では、帰り支度をしているフィリップの周りに人だかりができていた。
夜の宴に出席しない生徒達が、こぞってフィリップに誕生日の祝いの言葉を伝えていた。一方で参加する生徒達は言葉は少なめに、帰宅の準備をすると足早に教室から出ていった。特に女子生徒は準備に時間がかかるからと早く帰っていく。
今日でフィリップは十五歳。王族で婚約者がいないのは彼だけだ。貴族令嬢は当然、彼の婚約者の立場を狙っている。
果たして、あの中にイルマのお眼鏡にかなう令嬢はいるだろうか。
そんなことを考えていたヴィアは近くに来た人物に気が付かなかった。
「ヴィア様どうしたの?」
ちゃん付でない分マシな話し方だろう。
一瞬驚いたヴィアだが、素直にフィリップを待っていることをミモザに話す。
ヴィアの話を聞いたミモザは教室内の方を向くと、すぅと息を吸い込む。
「フィリップー、お迎えきてるよー」
大きすぎる声にヴィアはすぐに耳を塞ぐ。
教室内外にいた生徒達はミモザの大声に顔を顰めていた。
ヴィアもその一人だが、フィリップを呼んでくれたのはありがたかったので、もう少し貴族令嬢としての振る舞いをするべきだと思う、という言葉は飲み込んだ。
呼ばれたフィリップはミモザの横のヴィアを見つけると、周囲にいた生徒たちにお礼と断りをいれて、こちらへ来る。
ヴィアはミモザにお礼をすると、フィリップと共に玄関まで歩き始める。ヴィアがお礼した時にミモザが一瞬驚いていたのを、ヴィアは見なかったことにした。
王城までの道中、馬車の中でミモザの話題を出してみるが、フィリップの表情が変わることはなかった。
定刻になり、フィリップの誕生を祝う宴が始まった。
相変わらず、貴族達が代わる代わる王族達の元に来て、長ーい挨拶をしていく。ヴィアは表情には出さないが心の中では、早く終われとずっと念じていた。
貴族達はフィリップに祝いの言葉を伝えるが、年頃の令嬢がいる家は、必ず令嬢を売り込んでくる。令嬢たちも王子妃という地位が目当てなのか、フィリップ個人が目当てなのかは分からないが、長々と自分をアピールしていく。
結局、フィリップには軽くいなされ、イルマからは睨まれたりして肩を落として宴へと戻っていく。
だが、ある家だけは違った。
侯爵家のアンペール家だ。ディアヌと呼ばれた令嬢が一緒にいたが、彼女はフィリップと少し話をしたら、侯爵と共にその場を離れた。
『ディアヌ』という名前にヴィアはどこかで聞いた気がした。唸りながら記憶から引き出す。
(あっ……あの時の女子生徒が言ってた令嬢か!)
ヴィアはやっと思い出した。
ミモザを囲っていた生徒達の会話に出てきた名前だと。
ヴィアは離れていったミモザの方を見る。紺色のショートヘアにグレーの瞳。ドレスは深い青でシンプルなエンパイアドレスだった。
今までフィリップに言い寄ろうとしてた令嬢は、これでもかと宝石などを身につけ、ドレスも華美なデザインなものばかりだったが、彼女は違った。ディアヌは他の令嬢とは違う。ヴィアにはそれだけがディアヌの印象として強く残った。
「ヴィア、見過ぎだよ」
グレンに言われて、ハッとなりヴィアは視線を外す。すみませんと、小さく謝る。
ヴィアが何を思ったか理解しているグレンもディアヌに視線を一瞬向けるが、すぐにヴィアの方へ戻す。
「フィリップは自分で相手を見つける」
「分かってます……良いなとは思いましたけど、私は何もしません」
「『ブラコン姫』にはならないようにな」
グレンの言葉からは面白がっているように思えるが、実際はヴィアを心配している。
ヴィアもそれを理解しているので、それ以上は何も言えずにいた。そんなヴィアの頭をグレンが撫でる。
宴に参加していた面々は甘い雰囲気を出す二人に、苦笑するが微笑ましく眺めていた。
宴が終わり、ホールから出て自室へと向かうとイルマとフィリップが廊下で話しているのが見えた。話題は婚約者についてだ。
イルマが打診した令嬢にフィリップが見向きもしなかったことに、イルマが問い詰めていた。
(こんなとこでしないでほしいな……)
ヴィアの自室に行くには、二人の横を通り過ぎないといけない。だが、話的に今行くと、巻き添えをくらう可能性がある。ヴィアは後ろにいるルカに視線を向けると、ルカも二人を見て困っていた。
「ヴィア、こっちにおいで」
どうしようかと思っていたが、後から来たグレンも状況を把握したのか、手招きしてヴィアを呼ぶ。ヴィアはそれに甘えることにした。
グレンの執務室に着くと、すぐにノエがお茶の準備をしてくれる。ノエのお茶は美味しいので、ヴィアはソファに座り、楽しみにしながら待っている。今の姿をクロエに見られたら拗ねられるだろうな。
待っていたお茶が目の前にきて、ヴィアはすぐに口にする。やっぱり美味しいと、お茶を堪能する。
「王妃にも困ったものだな」
「確かに…フィリップお兄様は大変ですね」
グレンは先程のことを言っているのだろう。ヴィアも同感だと頷く。
ヴィアは昔、フィリップに向けられている感情と同じものがイルマから欲しかった。だが、それはいくら待っても貰えることはなかった。今思えば、アレの何が良かったのだろうと、ヴィアは苦笑する。
「どうした?」
「…昔はフィリップお兄様が羨ましかったんですけど、今となっては何が良かったのかなぁと思って」
ヴィアは先程思ったことをそのまま言葉にした。
グレンはヴィアの頭を撫でる。グレンには分かっているのだ。イルマからの愛を欲し、フィリップに執着していた過去が、ヴィアの心にまだシコリとして残っているのを。グレンの優しさがヴィアの心にスッと入ってくる。
優しさに甘えるようヴィアはグレンの肩に頭を預ける。
ノエがルカを静かに呼び寄せて、二人はそっと部屋を出る。
二人だけになった室内にはヴィアの泣き声だけが響いていた。