40.
談話室でヴィアと話をした翌日からアニエスとグレースは婚約者と最低限でしか関わらなくなった。
全く関わらないとなると、噂好きの貴族達に好き勝手に話を盛られて広められてしまう。彼女達も自身を守るため最低限だけというところは守ってくれていた。
ヴィアは寮の自室で昨日までの出来事をメモしていた。アニエスとグレースだけでなく、自分もいざという時のためにメモを取るようにしていた。
ペンを走らせる手を止め想いに耽る。この一年、アニエスとグレースが婚約者と距離を取ったからか、ミモザは順調にコンラッドとライオネルとの仲を深めていた。
ただ、ネイサンについては上手くいっていないようだ。
ネイサンはフィリップ達と一緒にはいるが、ミモザへの態度は他の三人と比べると温度差がある。会話にもそんなに加わっていない。
やはりズレが生じているようだ。
ミモザはフィリップと一番話をしている。ヴィアが邪魔をしないので、拍車がかかっていると思われる。
(ブラコン卒業してよかった〜)
前世の記憶が戻らなければ、あのフィリップにベッタリのヴィアのまま今を迎えていることになる。そうすれば、破滅ルート一直線だった。
だが、安心は出来ないので、ヴィアもミモザとは基本関わらないようにしている。
属性別授業の時、水属性だとミモザと同じ教室で一緒に授業を受けている。ミモザがチラチラとヴィアの方を見てくるが、アニエスが一緒に居てくれるので話しかけられてはいない。
乙女ゲームのシナリオはフィリップ達が卒業するまで続く。
卒業までの間にフィリップが攻略された前提での対策をして動かないといけない。
ヴィアは再度ペンを走らせようとするが、ふと、すごく大事なことに気がついた。
イルマーー王妃はこのことを知っているのだろうか。知っていたら、既に何かしらミモザにしてそうだが、今のところ何も起きてなさそうだ。
グレンにそれとなく聞いてみるか。
思い立ったヴィアはノエに王城に戻ると魔法で伝えると、すぐに支度を始める。十分もしないうちに支度を終え、寮の入り口に行けば既に馬車が待機していた。さすがノエだと感心しながら馬車に乗り込みグレンのいる王城へと向かった。
「知っているぞ」
「は?」
「王妃には四月のヴィアとの件で王と一緒に報告はしている。それなのに王妃が何もしていないのなら、フィリップが留めているのかもしれないな」
王城に着き、すぐにグレンの部屋を訪ねたヴィアは挨拶もそこそこにソファに座り、先程まで自室で考えていたことを話していく。
一通り話を聞いたグレンはサラッとヴィアの質問に答えてくれた。確かに、イルマなら王妃である自分とフィリップの利にならなければ、ミモザを認めない。そしてフィリップの側にいさせることはしない。それをフィリップも理解しているはず。それなのにイルマを留めているのなら、やはりフィリップはミモザのことが好きなのだろうか。
うーんとヴィアはさらに考え込む。考えれば考えるほど深みに嵌って答えが出せない。
そんなヴィアに助け舟を出してくれるのがグレンだった。
「フィリップと話をするか」
「そうですね……どのくらい彼女への好感度が上がっているか知りたいですし」
「じゃあ呼ぶか」
グレンはそう言うとノエに言付けを託してフィリップを呼びに行かせた。
「フィリップお兄様も王城に居るんですか?」
「あぁ、今朝話をしたな」
「どんな話をしたのですか?」
「好きな女に何をあげるか」
またしてもグレンはサラッと答える。
ヴィアはグレンの言葉を聞いて、プレゼントなんてシナリオにあったかと。卒業パーティー前のことなら覚えているが、ここでもズレが生じているのかと考え込むが、それよりも自分はとんでもない爆弾をスルーしていたことに気付いた。
「というか、そんな話してたんですか?」
「あぁ、俺がヴィアに贈ったものや、どんな物を贈るといいかについて詳しくな」
「詳しく!?」
ヴィアはつい声が大きくなってしまった。自分のことを話されるのが好きではないので、どんな内容の話をしたか気になってモヤモヤしてしまった。
そんなヴィアの様子に気づいたグレンはニヤニヤと笑いながら、フィリップの話を一人で語り出す。
「これからもっと綺麗になるヴィアにはどんな髪飾りが似合うか、とかな」
「知りません」
ヴィアはそっぽ向いた。これ以上聞きたくないので、耳も塞ぐ。微かに頬に触れると手が熱く感じる。恐らく顔は真っ赤になっている。
揶揄われているのだと分かるが、グレンの醸し出す空気も態度も全て甘い。
グレンが自分を好意的に見てることは分かる。だが、まだ恋愛ごとに疎いヴィアには今の状況は耐えられない。
(ノエー戻ってきてーー)
心の中で助けを呼ぶと、通じたのか扉がノックされた。
ヴィアは助かったと、ホッと一息吐く。グレンもすぐに表情や態度を変え、「入れ」と扉に向かって言う。すぐに扉が開きフィリップの姿が見える。
「兄さんどうかしたの?」
フィリップは対面に座りながら、自身が呼び出された理由を尋ねる。
「今朝の話の続きがしたくてな」
「ヴィアも?」
フィリップはグレンの横にいるヴィアをチラリと見る。その顔はまだ赤みがさしていた。
ヴィアは乾いた笑いしか出てこなかったので、すぐに本題に入る。
「お兄様は好きな人がいたのですね」
「好き……かは分からない…」
「私も知っている人ですか?」
ヴィアの質問にフィリップは軽く微笑むだけで答えなかった。
ヴィアはその微笑みがそれ以上聞くな、ということだと理解したので、追及しなかった。
とりあえずフィリップに気になる人がいるのは分かったが、それがミモザかどうかは確信は持てなかった。
そんなヴィアの様子を他所に、フィリップはグレンと目配せしていた。そして、二人がニヤリと笑う。
「ヴィアはどんなのを貰ったら嬉しい」
考え込んでいたヴィアは急にきた質問に戸惑ってしまう。が、正直に答える。
「私は、私のために考えてくれたものなら何でも……いや、宝石とか以外で…」
「そういえば、兄さんのシーグラスはヴィアが贈ったんだよね」
「ふぇ?!」
驚きすぎたヴィアは変な声が出てしまった。何故フィリップまで知っているのだと。
グレンとフィリップはヴィアの声を聞いて、一瞬目を瞬くと口元を隠して笑いを抑えようとしていた。
もういっそ思い切り笑ってくれたらいいのに。そんなヴィアの願い空しく、二人の笑いが治るまで時間がかかった。
一時間後にはフィリップとグレンに質問攻めされるヴィアの姿があった。
可哀想と思いながらも、こんなに平和な兄弟達の姿がずっと見れたら良いと、静観していたノエはそっと目を閉じた。