38.
ミモザとの衝撃の対面から一ヶ月。
暫くヴィアは平穏な学院生活を送っていた。
食堂での一件を王城とバード家に報告した一時間後、バード伯爵とパトリックがミモザを学院から連れ出していった。その際、二人はヴィアに深々と頭を下げて謝罪してくれた。
彼らにも責任の一端はあるが、伯爵家当主と次期当主二人からの謝罪は元庶民のヴィアの体に悪い。
そんなこんなで穏やかな日々を過ごしていたが、それも今日で終わりを迎える。
ミモザが今日から復学する。
学年が違うため属性別授業以外ではミモザと接触することはない。が、注意だけはしておこうと、ヴィアは気を引き締める。
薬草学の授業中、集中が途切れたヴィアが窓の外に視線を移すと、ミモザの姿を見つけた。
四年生も授業中のはずなのに。サボって何かを探すようにウロウロしていたミモザは裏庭へと歩いていった。
乙女ゲームではネイサンがよく裏庭でサボっているところに、ミモザが会いにくるというシナリオがあった。ミモザはそれをクリアしようとしているのだと確信した。
ミモザが伯爵の許しを貰い復学してから、三週間が経った。
最初の出会いこそ違うだけで、概ねシナリオ通りに進んでいるように見える。
やはりミモザも転生者だ。
ヴィアは先生の話を聞きながら、ノートにフィリップルートのシナリオを書き出していく。
これから起こることを想定して動かなければならない。
直近であるのは、ヴィアがミモザを空き教室に呼び出して閉じ込める。しかも教室内を氷漬けにしていたような……
今思うとやりすぎだ。
制作陣は何を考えているのかと、こめかみがピキピキしていく。
(ミモザって、今虐められてるのかな)
ハタっと思いつく。
コンラッドとライオネルの婚約者はミモザをどう思ってるのだろう。
乙女ゲームのコンラッドとライオネルのルートではそれぞれの婚約者に虐められていた描写があった。でも、今は?
ヴィアは接点が無いため彼女たちの状況が分からない。
もし、ゲームのように彼女たちがミモザを虐めていたとしたらーー
(最悪なことを考えてしまった…)
ヴィアはすぐに行動に移す。
便箋を二枚取り出し、スラスラと文字を綴り封をする。
後は、授業終わりにノエにお願いして、と考えてからもう一枚便箋を取り出すと書き綴る。
準備は終わったので、ヴィアは授業の内容に意識を戻す。
先生はポーションについて説明していた。
「王城の薬草室では様々なポーションが日々精製されています。そのポーションの材料で一番大切なのが聖樹です。教科書に絵が載っていますよね」
先生の説明に生徒は皆教科書に目を落とす。
聖樹は金の光に包まれて描かれていた。
ヴィアも見たことがないが、薬室が管理している薬草園の一角に聖樹が存在する。聖樹はルブカ王国時代、いや、もっと前から存在していると言われている。
そんな超重要なものが今やポーション精製に不可欠となっている。ポーションに聖樹を使うと決めたのは、二代国王だと教科書に説明されていた。何故使うのかまでは書かれていなかったが。
聖樹の葉は魔力、幹は体力回復に効果があるとされていて、薬草と一緒に煎じて効能を抽出し、魔力で混ぜて作られる。
作るポーションの種類によって必要な薬草も変わってくるので、薬草園では様々な種類の薬草が大量に栽培されている。
教科書と先生の話を頭に入れていく。
だが、頭の片隅にミモザの姿が過ぎる。ヴィアはブンブンと頭を振って切り替えるが、その後も全く集中ができずに授業を終える。
ノエに手紙を託すと友人たちの元へ行く。
(二人は私の話を聞いてくれるかな)
ヴィアはまだ会ったことのない二人との小さなお茶会に一抹の不安を感じた。