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36.



 三月も半ばになった今日、学院が休みのためヴィアは王城の自室で休んでいた。

 アクセサリーとしてのシーグラス販売も好調になり、この件はひと段落しつつある。

 次はシーグラスを縫い付けたドレスのデザインでも考えてみるかと、思いつくがその考えはすぐに消した。シーグラスよりもビーズやシェルパールなどのほうが映える可能性がある。今度の休みに仕立屋を呼んでおこう。

 

(あと何すればいいのだろう……)


 ヴィアはベッドに横になり、部屋の天井を眺めながら物思いに耽る。

 あと半月もすれば乙女ゲームのシナリオが始まる。四年生となったフィリップのクラスにミモザが編入生としてやってくる。

 彼女の選択によってヴィアの人生は大きく変わっていく。

 もし、編入当日の授業終わりに中庭へ行けば、フィリップルートになる。それ以外の場所なら他の攻略対象者のルートになる。

 フィリップルートに入った時のために、シナリオを整理して対処法を考えないといけない。

 だけど、それを考えることも怖い。

 もし、シナリオの強制力なんかがあったら考えても無駄になる。そんなことをグルグルと考えているが、結局何も決めきれなかった。

 大事な時に何ひとつ決められない。こんなんじゃ何も変わらないのに。

 気分転換に散歩に行こうと、体を起こすと、ノックの音がしてクロエが扉から顔を覗かす。


「クロエどうしたの?」


「グレン殿下が来られてますけど…」


 ヴィアは行くわと、返事をしてベッドから下りる。寝室をから隣室へと移動すると、グレンがソファに座っていた。


「ヴィア、話があったんだが……大丈夫か?」


「大丈夫です、お兄様」


 ヴィアの様子がいつもと違ったのに気付いたグレンはヴィアの元に行き顔を覗きこむ。

 グレンの整った顔があまりにも近くてヴィアは何でもないと言い顔を逸らす。

 そうか、と言いグレンはヴィアと共にソファに座り、片手を上げてノエとクロエの二人を下がらせる。


「これで俺しかいない。ヴィア、何か不安なことがあれば話してくれないか?」


「…………」


「ヴィア」


 ヴィアの両手をそっと包み込む、グレンはヴィアをジッと見つめる。

 純粋にヴィアを心配するグレンの視線に耐えられず、ヴィアはゆっくりと口を開く。


「…荒唐無稽な話です。私は……前世の記憶があるんです」


 ヴィアは前世の自分のこと、6年前に階段から落ちた時に記憶が戻ったこと、そして、この世界が前世の乙女ゲームの舞台であることなど、全て話した。



 話し終わると静寂が部屋を包み込む。

 目の前のグレンはヴィアの話を聞き終わると、何かを考え込んでいる。

 やっぱり信じてもらえないのだろう。そんな考えが頭を過ぎる。

 沈黙が重い。

 居た堪れなくなったヴィアは冗談だと言い、空気を変えようと思い、口を開こうとしたーー


「ヴィア」


 グレンの静かな声音にヴィアは体が強張るのを感じた。だが、すぐに温もりに包まれる。グレンがヴィアを抱きしめたからだ。


「辛かったな……こんな言葉で片付けられることではないが…」


「……お、お兄様」


「俺は君の家族の代わりにはならない。だけど、これからはずっと君の側にいる」


『ーー』


 久しぶりに呼ばれた名前。

 グレンの偽りのない言葉。それだけで、彼が真摯に受け止めてくれたのが分かる。

 ヴィアの瞳から自然と涙が流れ落ちる。もう流れる涙を止めることができない。

 ヴィアはグレンの肩に顔をうずめて思い切り泣いた。グレンはヴィアの頭を優しく撫でる。彼女が落ち着くまで。





(……この人となら)


 ヴィアはグレン・ヘーゼルダインの人柄と器の大きさを間近で感じ、惹かれる。ずっと側にいたいと思うほどーー


「…ありがとう………グレン」


 落ち着いてきたヴィアは涙が伝う顔をあげ、グレンに向かって微笑む。

 憂いも悩みも全て一人で背負わなくてもいい。彼が全て受け止めてくれる、それはヴィアには十分すぎるものだった。




 

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