30.
翌朝、寮の部屋で寝ていたヴィアはドアをノックされた音で目覚めた。
寝ぼけ眼をこすりながらベッドから起きると、部屋のドアを開ける。
ドアを開けると寮監が立っていた。寮監はヴィアの寝起き姿を物珍しそうな顔をする。
それもそうだ。いつもならこの時間のヴィアはすでに起きて身支度を整えている。しかし、最近は色んなことがあり、考え事をしていたら寝るのが遅くなってしまっていた。
寮監はヴィアに遅刻しないようにね、と言ってヴィアに持ってきた手紙を渡すと仕事に戻っていった。
ヴィアは寮監からの手紙を見るが、封蝋に見覚えがなかった。
誰だろうと、不思議に思い首を傾ける。
手紙を開き読んでみる。
「はー、行動早すぎでしょ…」
手紙はドロテアからだった。
内容を要約すると、ヴィアの提案にのると書かれていた。
昨日、ヴィアが退出した後の部屋でどんな会話がされたかは知らないが、ドロテアはビビアナのために覚悟を決めたのだろう。
ヴィアは目を閉じると、ドロテアとビビアナ、二人の姿を浮かべる。
同じように見えた赤い髪。しかし、ビビアナの方が濃く、瞳の色もドロテアが灰が混じった青瞳に対してビビアナは赤みのある黄瞳。遠目からの容姿は似ていたがよく見ると全然違っていた。だけど、お互いを思う気持ちは似ていたように感じた。そんな二人のために自分にできることはしたい。
強く決意して再度手紙に視線を落とす。
力強い筆跡から彼の決意が見えるようだった。それに応えれるように頑張ろうと、考えに区切りをつけたところで、ヴィアは伸びをする。
と、ドアが再度ノックされた。
また手紙かな、と思いドアを開けるとシルビアが立っていた。
「おはよう、シルビア。どうしたの?」
「おはようございます、ヴィア様。そろそろ寮を出ないと遅刻してしまいますので…」
「えっ⁉︎」
ヴィアは勢いよく自室の時計に目をやる。時計の針は正常に動いていて、あと30分もしたら授業が始まる時間を示していた。
確かにいつもより起きるのが遅く、寮監から一言言われていたが、まさかここまで時間がないとは思っていなかった。
「す、すぐ準備する!ノエにも伝えといて!」
ヴィアはシルビアにお願いと手を合わせると、ドロテアからの手紙を引き出しにしまい着替え始める。
シルビアはドアを閉めると苦笑する。
この国の王女のはずなのに、彼女の言動は普通の女の子となんら変わりはない。そこが彼女の良いところであり、好かれるところだろう。
そんなことを考えながらヴィアのお願いを叶えるべく、シルビアは寮の女子棟と共有棟の境目でヴィアを待っているノエの元へと向かいながら昔を思い出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇
幼い頃に父から聞いていた我が儘ヴィア王女の話。同い年だからと学院では一緒に行動するよう父には言われていた。
父の言葉には逆らえず不安に思いながら入学式の日、ヴィアに初めて話しかけた。どんな言葉を浴びせられるかビクビクしていたが、ヴィアから発せられたのはごく普通の言葉だった。
権威をかざすこともなく、ただ一人の女の子としての言葉にシルビアは内心戸惑ったのを覚えていた。
その後も、父から聞いていた『ヴィア王女』の言動は見られず、シルビアとヴィアは友達と呼ばれるものになっていった。
ジゼルとララの二人も加わって四人で過ごすことが増え、入学前に想像していた学院生活とは真逆なものになっていた。
この楽しい時間はいつまでも続くものではない。
ならば、その時までは自分の持てるもの全てを使い守り抜いていく。
あの時は、まさか臣下である自分が守られるとは思わなかったが。
シルビアは当時のことを思い出し、クスッと笑う。あの後は、父に懇願し裏から手を回して件の女生徒達に制裁してもらった。
このことはヴィアは知る由もないだろう。そして、生涯言うつもりもない。
ヴィアを主として決めた以上、彼女ためならこの手を汚しても構わない。たとえ自分の手が血塗れたとしても。
この決意は誰にも覆させることはできない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
シルビアは女子棟と共有棟の堺にノエの姿を見つけ、彼の元へ行きヴィアからの伝言を告げる。が、大きな音を立ててヴィアが姿を現す。
急いで準備したのだろう。髪は雑に纏められていた。
それに気付いたノエが、スッと懐から櫛を出し素早く髪を整える。そして、制服の乱れも直す。ヴィアはノエにお礼を言うと、シルビアの方を向き、行こうと告げる。
シルビアは、はいと頷きヴィアと共に学院へ向かう。