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29.



「で、何故ここにいるのですか?」


 学院の図書室で自習をしていたヴィアは自身の対面に座るドロテアに問いかける。

 騒動から数日経ったが、ヴィアとしては極力関わりたくないのに未だ関わろうとしてくる相手は懲りてないのか、それとも嫌がらせなのかと考えてしまう。

 目の前にいるドロテアは吹っ切れたのか、以前のような含みのある笑みでヴィアを見ていた。

 ヴィアが外交面以外でドロテアと交友を持つと、ある人が黙っていないだろう。

 あまり怒らせたくないので、何としても関わりたくないが、ドロテアはそんなことはお構いなしと、ヴィアに話しかけてくる。


「国から叱られてなー、何かしら成果を持って帰ってこいって言われたんだけど何かない?」


「知りません!自業自得でしょう」


 ヴィアがキッパリと言い切るとドロテアは机に突っ伏して、チェッと口を尖らせる。

 この仕草だけ見ると随分子どもっぽいと思う。

 フィリップと同い年のドロテアは容姿は随分大人びているが、時折りする仕草が年上とは思えないものばかりだ。

 今も、口を尖らせて拗ねているのもそうだ。

 どうしたらいいかわからず、近くに控えているノエを見るが、彼も同様なのか戸惑いを見せている。

 誰か来てくれないかと祈っていると、ガラッと大きな音を立てて図書室のドアが開いた。


「ドロテア!やっと見つけた!」


 入ってきたのはドロテアの姉ビビアナだった。

 思いもしない人物の登場にヴィアだけでなく、ドロテアまでも驚いていた。

 ビビアナは怒気を隠さず、ヴィアとドロテアの方へ近づいてくると、机を思い切り叩いてドロテアへ詰め寄る。


「聞いたわよ、留学中なのに問題を起こすなんてどういうこと?ちゃんと自分の立場を理解しているの?」


「あー、分かってるから落ち着け。その件は謝罪してもう終わったから」


「落ち着けるわけないでしょ!他国の王女に対して無体を働いたなんて!一部の貴族から反発が起きてるのよ」


 声をあげてドロテアににじり寄っていたビビアナだが、その発言にビビアナ以外のメンツは表情を曇らせる。

 話が誇張されている気がするが、アルバ公国ではドロテアがヴィアに対してした行動が問題となっているようだった。

 自国で騒動のことを聞いたビビアナは、いてもたってもいられず飛んできたということだろう。

 ふと、ヴィアはビビアナに護衛がいないことに気付いた。


「公女、護衛の方はどうされたのですか?」


「置いてきました。国王陛下に謝罪した後、すぐにこちらへ来ましたので…」


 行動力のありすぎる公女だと思う。

 さすがに王城でビビアナの護衛たちが困惑している可能性があるので、ヴィアはノエに王城へ連絡を入れるよう頼もうと振り向くと、ノエはヴィアが頼む前にすでに伝達魔法で連絡を入れていた。

 

「王城で部屋を確保いたしますので、この後のお話は移動されたほうが宜しいかと」


 ノエの言葉にヴィアは頷く。

 一応、ここは学院の図書室なので他の生徒もいる。これ以上、周囲の生徒に迷惑をかける訳にはいかない。

 ましてや、司書の先生が遠目からこちらをずっと見ている。

 ヴィアは先生に謝罪をすると、ビビアナとドロテアに移動を促して図書室を後にする。

 面倒事が次から押し寄せてきて、ヴィアは内心溜息をついてしまう。


(お兄様と婚約したのも間違いだったかな)


 そんなことをふと考えてしまう。

 平穏な生活を目指していたはずなのに、何故こうなるのだろうか。

 どこから間違えたのかと誰かに聞きたくなるが、できるはずがない。

 ヴィアがこんなことを考えていると、グレンの耳に入ったら何言われるかたまったもんじゃない。

 ヴィアは頭を振って、意識を前を歩く二人に向ける。

 ビビアナの肩を抱きながら歩くドロテアの表情は今まで見た中で一番優しいものだった。

 

(そっか……ドロテア公子は…)


 ヴィアはドロテアの気持ちに気付いた。

 あの時ドロテアが吐き出した気持ちの相手がビビアナだと。

 ビビアナはドロテアの気持ちを知っているのだろうか。いや、ドロテアが伝えていないのなら知らないのだろう。

 これ以上は深く首を突っ込むことではないとヴィアは考えることをやめた。



 王城へ着き、用意された部屋に入ると既にグレンが席についていた。

 グレンの姿を目にしたヴィアとドロテアは顔を少し歪める。

 二人の様子にグレンは何か問題でも、と尋ねるが、ヴィアとドロテアは否と答えるしかなかった。


 話を始める前に、ビビアナにアルバ公国でどのように聞いたのかを尋ねる。

 図書室でのビビアナの言葉から、公国ではドロテアがヴィアに無体を働いたと認識されている。まずは、公国内での認識を確認してからだろう。


 ビビアナの話を聞き、ヴィアたちはすぐさま、その認識が間違いだと説明し、正しい情報をビビアナに伝える。

 ビビアナはほっと安堵した表情を見せた後、ヴィアへ頭を下げる。

 齟齬があったとしても、弟が迷惑をかけたのは変わりないと言って。

 ヴィアは、もう十分謝罪はしてもらった。もう気にしていない。と言って、ビビアナに頭をあげるようお願いする。

 ビビアナは頭をあげると、未だヴィアを申しわけなさそうに見ていた。



 一息つくように紅茶を飲んだグレンは、ふーっとため息を吐く。


「…何故そこまで事実が捻じ曲がるのかな」


「俺を廃嫡したいやつらの仕業だろう」


「廃嫡って、公子は公王の唯一の男子ですよね?その公子を廃すなんて…」


 ヴィアはアルバ公国の内情のことを知らないので、何故そうなっているのか不思議だった。


 現在のアルバ公王の子どもはビビアナとドロテアの二人。だが、ビビアナは正妃が産んだ子どもだが、ドロテアは違う。ドロテアは公王の妾の前夫との連れ子だった。

 本来なら公子と名乗れる立場ではないが、公王と正妃の子は女児であるビビアナしかいなかったため、公王がドロテアを養子にしたため公子となった。そして、今日までその立場にいる。

 それを快く思ってない者たちはドロテアをどうにかして廃したいということだった。


「俺を廃して、ビビアナと自分の息子をくっつけたい奴はいくらでもいる。そいつらにとって、今回の俺の行動は渡に船だろう」


 さも他人事のように言うドロテア。

 ヴィアはドロテアの気持ちに気付いた今、それが強がりではないかと思う。

 どうにかしてやりたいが、公国内でのことは他国の王女であるヴィアは干渉できない。が、二国間でのことならどうだ。

 ここでドロテアに恩を売っておけば、今後、最悪な展開になっても助けてもらえるかもしれない。と、ヴィアは頭の中で打算する。

 まずはドロテアの気持ちを確認しておく必要がある。


「公子の立場を守りたいですか?」


「別にそこまで執着心は無い。が、この立場のほうが随分と都合がいい」


 ドロテアはそう言い切るとビビアナに少し視線を向ける。それはほんの一瞬で、正面に座るヴィアとグレンしかわからないものだろう。


「公子でなくとも、臣下に降るという手もあるのではないですか?」


「貴族の血が入っていない俺を欲しがる者はいない」


「いえ、公子にも貴族の血が入っています。アルバ公国では魔法は貴族しか使えないはずですよね?それなら公子が魔法を使えるのは可笑しいと思いませんか?公子のご両親の家系を辿ればある貴族が浮上してくるはずです。それに…」


 ヴィアはそこで言葉をとぎると、ドロテアをしっかりと見つめる。


「公子自身が家を興すという手もあります。ただ、その場合何かしらの成果をあげなくてはなりませんが」


 ここまでは誰もが考えることだ。それはドロテア自身もだろう。

 それでも、今の立場に縋ったのはビビアナが関係している。

 公国内でドロテアへの反発が起きているのなら、これからの身の振り方は考えておかなければならない。ヴィアはそれを暗に告げる。

 ドロテアはヴィアの意を汲んだのか、視線を落とし考え始める。

 ビビアナはドロテアを心配そうに見つめている。果たして、その視線は弟へ向けるものだろうか。

 あとは二人の問題だろう。

 

「無理にとは言いません。ですが、公子はずっとそのままで本当に良いのですか?先日の私との会話を覚えていますか?」


 ヴィアはそう告げると席を立つ。

 そして、一週間後に答えを聞かせてくださいと言うと部屋から出て行く。



 ヴィアは歩きながら自分の言葉を思い出す。

 そう、前世の記憶を思い出してから、ずっと後悔ばかりが頭に浮かんで離れなかった。

 


ーもっと家族と過ごしたかった


ーもっと友達と遊びたかった


ーもっと恋をしたかった


ーもっと生きたかった

 


 こんな妄執のような思いをもうしたくない。そして他の人にもしてほしくない。だからドロテアにも発破をかける。

 ヴィアは自身が告げた言葉を再度、心の中でドロテアへと告げる。

 



『だって一度きりの人生を後悔しないようにしたいじゃないですか』




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