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28.

 



 あの後、ヴィアはグレンと共に馬車で王城へと戻ったが、道中の馬車は沈黙していた。

 ヴィアは居た堪れなくて、何か喋ろうと思ったが言葉が出てくることはなかった。

 グレンはずっと馬車の窓から外を見ていて、ヴィアと視線を合わせなかった。

 馬車が王城の門をくぐると、いつも使う停まり場ではなく、さらに奥の停まり場で馬車は停まった。

 グレンが先に降り、ヴィアをエスコートするため手を差し出す。

 ヴィアは馬車の中での沈黙の名残りから、グレンの手に恐る恐る自身の手をのせて馬車から降りる。

 ヴィアの心情を理解したのかグレンは優しく微笑むと、手のつなぎかたを変えて歩き出す。

 エスコートとは違い、グレンにしっかりと手を繋がれヴィアは驚いたが、振りほどくことはしなかった。

 そのまま王城内を二人で歩いていく。

 グレンの部屋に着くまで、何人かの人とすれ違ったが、全員が必ず二人の繋いだ手に視線を落としていた。


 グレンの部屋は黒を基調とした家具ばかりで、シックで落ち着いた内装になっていた。

 ヴィアはグレンの部屋に初めて入ったので、部屋中をキョロキョロと見渡す。

 ヴィアの様子にグレンは微笑むとソファに座るよう促す。ヴィアは促されるまま黒のソファに座る。

 フレームの彫りは細かいとこまで繊細に彫られていて、布張りは黒地に銀糸で蓮が刺繍されていた。

 ヴィアのスノードロップのように、蓮はグレンの徽章として用いられている。

 王族は生まれた時にその身を象徴する花が決められ、徽章は王族の身の回りの品に用いられる。

 全ての品に徽章が使われるわけではないが、このソファには蓮が使われている。つまりグレンがそれを希望したと思われる。

 こだわりがあまりないグレンにとってこのソファは数少ないものだと確信する。


「何か気になるものでもあったか?」


「部屋の内装とこのソファですかね」


「あぁ、それは母上が十年ほど前に誂えてくれたものだ。傷んだりしてはいるが、その都度職人に綺麗に直してもらっている」


 グレンは慈しむようにソファを撫でる。

 グレンの母マノンはヴィアが生まれる前に亡くなった。

 このソファはマノンが息子であるグレンへ最後に贈ったものだったのかもしれない。

 ヴィアは座ってよかったのか不安になり視線を彷徨わせるが、グレンは気にするなといってヴィアの頭を撫でる。


「それよりも…これからドロテア公子と話をしてくるが、ヴィアは彼に要求するものはあるか?」


「でしたら、嗜好品のタバコの関税を下げてもらうのはどうですか?それか国内でも生産できる体制をつくっていくために、公国から人員を派遣してもらうのでもいいかもしれません」


「…国としてはそれで良いかもしれないな。タバコは貴族たちもそうだが、国民にも人気だから今よりも手に入りやすくなるのは願ってもみないことだ。ただ、健康に留意する必要があるが…」


 グレンはヴィアの提案に賛成のようで、既に頭の中で今後の国民へ広がった後のことまで考えていた。

 コンコンと扉がノックされると、ノエが姿を現した。


「グレン様、そろそろ…」


「あぁ、すぐに行く。ヴィアはここで待っててくれ。ヴィアの専属の者も呼んでおく」


 グレンはそう言うと部屋から出て行った。

 ヴィアとしては自室でない部屋でくつろげるわけもなく、クロエ達が来るまでどうするべきか悩んでいると、自身の前に紅茶が置かれた。

 

「ありがとう、ノエ」


 ヴィアはお礼を言いながらノエを見るが、彼の表情は固かった。

 それもそのはずだ。

 ノエはグレンからヴィアの護衛としてこの一ヶ月側にいた。しかし、一人で動こうとするヴィアを制止できず、結果ドロテアに連れて行かれてしまった。

 グレンに信頼されて与えられた使命だったが、最後まで役目を果たせなかった。主人であるグレンに面目が立たない、それが表情に表れていた。

 ヴィアはノエの表情を読み取り俯く。

 ドロテアに連れて行かれたのは自身の見通しの甘さが招いたことだが、それで周りに迷惑をかけるのは見当違いだ。


「あの…、ノエ迷惑かけてごめんね」


「ヴィア様が謝罪されることではございません」


「ううん、私の考えが甘かったの。だからノエは悪くない‼︎お兄様にもノエはちゃんと止めてくれてたって言うわ。それでもダメだったら…」


 ヴィアは気まずそうにノエをチラリと見ると、「一緒に怒られてくれる?」と尋ねる。

 ノエはその言葉に少し表情を緩めると、勿論ですと応える。

 ヴィアはその言葉にホッとしたような表情をして、ノエに礼を告げる。



 この数時間後、部屋に戻ったグレンに二人は怒られる覚悟でいたが、グレンは二人を怒ることなくドロテアとの交渉の結果を簡単に説明だけして、話しを終える。

 肩透かしをくらった二人は安堵するが、それは束の間だった。

 ヴィアがグレンの部屋から退出しようと、扉の前に向かう時、グイッと急にグレンに手を取られたかと思うと、気がついたらヴィアはグレンの腕の中にいた。


「お、お兄様⁉︎急にどうしたのですか?」


「ちょっと安心したくて」


 グレンは腕の中にいるヴィアをさらにキツく抱きしめる。

 ヴィアは男性に抱きしめらるという経験が少ないため、どうしていいか分からず手をバタバタさせる。

 ノエに助けを求めようと視線を向けるが、ノエは何も見ていないとでも言うのか、グレンとヴィアから視線を外していた。

 助けが期待できないヴィアはグレンに声をかける。


「お、お兄様、あの…」


「離してほしい?」


 グレンはヴィアに問いかける。

 ヴィアが頷いて応えると、グレンはさらに腕に力を入れると、低い声色で言葉が紡がれる。


「次はないから」


 たった一言。

 しかし、その一言で十分だった。

 ヴィアはブンブンと頭を上下に振る。

 満足したのか、グレンはヴィアを解放すると、ノエの方を向く。

 ノエもグレンの言葉の意味を理解しているため、ずっと頭を下げていた。

 二人の様子に満足したのか、グレンはにっこりと笑みを浮かべるが、ヴィアとノエにはその笑顔が怖かった。





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