23.
授業終了の鐘が鳴り生徒達は帰寮の準備を始める。
ヴィアもまた他の生徒達同様に準備をするが、今日はヴィアは寮ではなく王城へ戻ることになっている。
教材や筆記用具などは置いて帰ることにして、他に必要なものをバッグに詰めるとヴィアは教室から出ようと席を立つ。
「あ、あの、ヴィア様。今日お誕生日ですよね。よかったらこれ受け取ってください!」
今日はヴィアの誕生日。
属性別授業で仲良くなったクラスメイト、平民出身のジゼルとララがヴィアへ可愛くラッピングされて袋を差し出す。朝から二人がヴィアの方をチラチラと見ていたのは、いつ渡そうかとタイミングを伺っていたのだろう。
ヴィアはもらって良いの、と二人に確認すると、二人は頭が取れるのではないかというくらい上下に頭を振っていた。
友達から誕生日プレゼントを貰ったことのないヴィアはあまりにも嬉しくて、すぐに中を確認したかったが、ジゼルとララから後で見てほしいと言われたので、素直に従う。
ヴィアは二人にお礼を言うと袋をバッグに入れて、王城へと向かう。
今日はこれからヴィアの誕生日を祝う宴が王城で開かれる。そのため、授業が終わると貴族子息達は急いで教室を出ていた。何人かの子息達は休んでいたので、今日の宴で何かしらの成果を出したいのだろう。
王城へ着くと、クロエとルカが待機していて、ヴィアと共にすぐさま自室へと移動する。
部屋に入るとドレスや装飾品は既に準備してあり、数人の侍女が待機していた。宴の始まりまで時間がないため、手伝いとして呼んだのだろう。
今日の宴はヴィアが主役なので、クロエを筆頭に侍女達は念入りに、だが、急ぎめで準備していく。
クロエの終わりましたとの言葉で、ヴィアは姿見の前に立つ。
ドレスは丸みのある黒のレースと薄紫色で、その下に数色の薄紫色が重ねられている。胸元には大きな花とリボンがあしらわれている。髪も普段ならおろしているが、今回は編み込みをして高い位置で纏められている。髪留めはヴィアを象徴するスノードロップの模様をしている。
(髪型一つでこんなに違うんだ)
ヴィアは鏡で普段とは違う髪型を感心しながら何回も確認していたので、クロエ達侍女に生暖かい目で見られているのに気付かなかった。
宴が始まるといつものことながら、貴族達が王族、ヴィアの元に祝いの言葉を述べるために集う。毎度のことながらこの時間がヴィアには苦痛だった。
(誰かが代表して言ってサッと終わらせるようにならないかな)
そんなヴィアの考えとは裏腹に、貴族達は自身の子どもをどう王族と関係を持たせようかと画策しながら言葉を述べる。
未だ婚約者がいない三人の王位継承者にどう取り入ろうかという考えが、貴族達の笑顔と言葉の隅々から滲み出ていた。
ヴィアは顔が引き攣りそうなのを抑えて、貴族達に笑顔で対応していく。
ヴィアは毎年のことながら、貴族達の挨拶が終わった後、休憩のため庭園のベンチで一息ついていた。
宴は主役のヴィアが居なくても盛り上がっているので、暫くここで時間を潰してから会場に戻るつもりだ。
「ヴィア様、こちらにいらしたのですね」
「シルビア?どうしたの?」
ヴィアを探していたのか、少し息切れしたシルビアがヴィアの元へと近寄る。
シルビアはドレスのポケットから小包みを取り出して、ヴィアへ差し出す。
「大したものではありませんが、ヴィア様にどうしてもお渡ししたくて」
「シルビア、ありがとう!」
ヴィアはシルビアの了承を得て、小包みを開ける。中にはアンティークのブローチが入っていた。スノードロップの花を模したブローチは、金で縁取られて白い花弁の中には薄紫色の宝石があった。
モチーフになった花、宝石の色でヴィアのために作られたものだと誰もが分かるものだった。
ヴィアはすぐにブローチを手に取ると左胸に付けると、ルカに斜めになっていないか確認してもらう。
ヴィアはシルビアの方に向き直ると、シルビアの手を取る。
「シルビア、本当にありがとう!大事にするね!明日から毎日付けるね。でも、壊れたら嫌だから飾るほうがいいのか…」
シルビアに再度お礼を言った後、ヴィアはブローチを今後どうするか独り言のようにブツブツ言い始める。
シルビアはそこまでしなくていいとヴィアに告げるが、ヴィアの耳には入っていなかった。困りきったシルビアがルカへ視線を向けると、ルカは諦めてくださいといった表情でシルビアを見ていた。
結局、ヴィアの中でブローチは大切に保管することに決まった。
宴も終わり、ヴィアが自室へと戻り寝る支度をしていると、部屋のドアがノックされた。
クロエがドアを開けて、来訪者を確認するとすぐにヴィアの元に戻って教えてくれた。ヴィアは部屋に入れるようにクロエに指示する。
「急にごめんね。これを今日中に渡そうと思って」
グレンは袋をヴィアの前に出す。
今日だけでヴィアはプレゼントをたくさんもらった。貴族達の裏がある貢物ではなく、純粋なプレゼントを。
ヴィアはグレンから袋を受け取ると少しズッシリとした。袋を見つめた後、チラリとグレンを見る。
「シルビア嬢からのプレゼントの時みたいに喜んでもらえるといいな」
グレンの言葉は本心だろうが、若干揶揄いの色が含まれていたので、ヴィアは顔を真っ赤にしていた。
シルビアからのプレゼントが嬉しくて暴走していたことを何故グレンが知っているのだろうか。この短時間で知るには、あの場にいたルカかシルビアから話を聞いたとのだろう。
ヴィアは顔が熱いのをそのままに、グレンから受け取った袋を開ける。
中に入っていたのは缶で、紅茶の茶葉だろうかとヴィアは首を傾ける。
「最近、市井で流行っている紅茶の茶葉と隣国の茶葉だ。学院の友達と一緒にどうかと思ってな」
「…ありがとうございます」
「気に入らなかったか?」
「いえ、違います!嬉しいです」
ヴィアは茶葉の缶を見て自然と顔が綻ぶのがわかる。学院の友達という言葉でグレンがヴィアのことを考えて選んでくれたのだと理解したからだ。
ヴィアは茶葉缶を大事に抱えてもう一度グレンにお礼を言う。グレンはヴィアの頭を撫でると、おやすみと言ってヴィアの自室から出て行った。
ヴィアはグレンの背におやすみなさいと返し、茶葉缶をベッド横のサイドチェストの上に置く。そこにはシルビアからのブローチと、ジゼルからの刺繍入りハンカチ、ララからの刺繍入りリボンが置かれていた。
ヴィアは今日が今までで一番良い誕生日だと思う。こんなに嬉しいことばかりで、本当に良いのかとさえ思ってしまうほどに。
ヴィアは幸せな気持ちのまま、ベッドへと入り眠りについた。