2.
目を覚ましてからしばらくすると、侍女のクロエが様子を見に来た。
「ヴィア様、良かった。目を覚ましたのですね。お身体で痛いところはありませんか?医師はタンコブが出来ただけと仰っていましたが…」
矢継ぎ早に体の心配をされる。
クロエの顔が本当に心配した、と訴えていたので、大丈夫とだけ返す。
ふと、自分を助けた騎士にお礼を言わないといけないと思っていると、自室のドアが開いた。
「起きたのですね」
開いたドアから現れたのは、スラリとした金色の髪と碧の瞳の女性ーーリュシエール王国の王妃イルマである。
イルマは部屋に入ると、カツカツとヒールの音を鳴らしヴィアの側まで来る。
ヴィアは近づいてくるイルマの顔をジッと見つめる。何か言うかと思っている内にイルマの右手が動いた。
パァンと乾いた音が室内に響き渡る。
イルマの平手はヴィアの左頬が直ぐに真っ赤になるほどだった。
「お前は自分が何をしたか分かっているのですか。階段上ではしゃぐなどして、フィリップが落ちなかったから良かったものの」
イルマの言葉にはフィリップへの心配のみで、ヴィアへの心配は一切無かった。
それもそうかと、ヴィアは内心呟いた。
イルマはヴィアとフィリップが一緒に居るのを見かけた後、必ずヴィアを呼び出していた。その内容はフィリップに近づくな、危ない目に合わすなというものだ。フィリップに何かあれば、自分の思惑が全て崩れていくのを理解しているからだろう。
「ごめんなさい…お母様」
謝罪の言葉を口にする。
素直に謝ればイルマの気も晴れていく事を、ヴィアは五歳にして理解していた。
「以後、気を付けなさい」
イルマはヴィアを睨みながら言うと、直ぐに部屋を出て行った。
イルマが部屋を出て行くと、クロエが濡れた布を頬に当ててくれる。頬が熱を持っていたからか、布が触れた瞬間ひんやりしたが直ぐに温く感じた。
横にいるクロエの顔は、ヴィアが先程目を覚ました時より心配の色を浮かべていた。
ヴィアはイルマからの扱いには慣れていたので、何か違う事はないかと考えていた。
「あっ、クロエ。私を助けてくれた騎士に会えないかな。御礼がしたいの」
イルマが部屋に来る前にふと思ったことだ。
階段から落ちた自分がタンコブだけで済んだのも、あの騎士のおかけだった。
クロエはヴィアの言葉に気まずそうにする。その態度の意味が分からないヴィアは、頭を少し傾ける。
「ヴィア様を助けた騎士は現在謹慎となっております」
想像していなかった事に呆然とするも、ヴィアは直ぐ様ベッドから降りると走って部屋を出て行った。