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12.




 翌日の朝食で、ヴィアは今日の自分の予定を正直に告げると、案の定、イルマが文句を言い始めた。ヴィアはイルマの文句を流して、国王の方へと視線を向けると、国王はヴィアが剣を覚えることに対して特に気にはしていなかった。

 朝食後、ヴィアは服を着替えに自室に戻っていると後ろからフィリップに声を掛けられた。


「ヴィア、母上がいつもごめんね…」


「どうしてお兄様が謝るのですか?私はもうお母様に嫌われていても気にしていません」


 記憶が戻る前、母親であるイルマの愛情は全てフィリップに注がれていて、ヴィアにはそれが羨ましかった。イルマに愛されたいヴィアは、フィリップに執着してそれを得ようとした。結局得たのは前世の記憶だけだったが。

 記憶が戻ってからはイルマの愛情を全て受け止めているフィリップが逆に可哀想に思えた。自分のしたい事は出来ず、ただ言われるままに動くフィリップはどこか傀儡のようだった。それを羨ましく思っていた以前の自分は相当おかしかったのだと今更ながらに思う。


「お兄様、私は今、毎日楽しいです。お母様から嫌われていても。だから、お兄様も気にしないでくださいね」


 ヴィアはそれだけ言うと、自室へと再び歩き出した。フィリップは呆然と立ちすくんでいた。




 ヴィアは着替えるとルカと共に騎士団訓練場へと向かう。訓練場には既にグレンが来ていた。


「お兄様、よろしくお願いします」


 ヴィアはグレンの方へ頭を下げ、その後に騎士達にも頭を下げる。騎士達は笑顔でヴィアを迎えてくれた。


「剣を覚えるのはいいが、体力が無いと覚えても扱う事は出来ない。午前中は体力作りで午後に剣を持たせての訓練とする」


「はい‼︎あっ、今更ですが…ここですると騎士達の迷惑になりません?」


 ヴィアは周りの騎士達を見ながら心配そうな表情を浮かべる。グレンはヴィアの頭を撫でると微笑んでいた。


「問題ない。騎士達にとっても体力作りは基礎だから。それに、今後新人が入ってきた時のために指導力を鍛えることも必要だからな」


 グレンの言葉の最後の方はヴィアには理解出来なかった。


「殿下、それって私を馬鹿にしてます?」


「そう聞こえたなら努力しろ」


 ヴィアの後ろにいた騎士がグレンの方へ近寄っていく。ヴィアは女性騎士の雰囲気に何事かと思っていたが、横にいたルカが耳打ちをしてくれた。


「彼女は私の先輩になりますが、未だ指導しきった後輩はおりません。一度教えてもらったのですが、私には彼女の指導が向いていなかったので…」


 ルカはその時の事を思い出したのか、困惑した表情をしていた。もっと詳しく聞こうと思ったが、女性騎士はグレンからルカに標的を変更した。


「ルカ、王女様に変なこと言わないで‼︎あんた達の能力が乏しいだけでしょ‼︎」


 彼女の言葉に周囲に居た男性騎士達は顔を見合わせ、全員で困った表情をしていた。ルカは未だ女性騎士から文句を言われていた。

 ヴィアはどうしたらいいか視線を彷徨わせていると、訓練場の奥から副団長が姿を現した。副団長は周囲の騎士達をすり抜け、未だルカに絡む女性騎士の背後に立つ。そして、右手を上に上げると女性騎士の頭に思い切り振り落とした。


(ひぇ〜⁉︎痛そ〜)


 ヴィアは頭を押さえて蹲る女性騎士に哀れみの視線を向ける。ずっと絡まれていたルカは、解放されて安堵の表情だった。


「お前は訓練前に何を後輩に絡んでいる。しかも殿下方の前で。そんな阿呆は罰として訓練場二十周‼︎」


「兄様、これには理由があります‼︎」


 女性騎士が弁明しようとするが、その前に副団長のゲンコツが再度落とされて、弁明は叶わなかった。副団長はグレンとヴィアの前に来ると、騒がせたことについて謝罪した。ヴィアは被害が無かったので、大丈夫と言い謝罪を拒否した。グレンも自分に非があるとして、ヴィア同様に謝罪を固辞した。


「副団長ではなく兄としても含んでいます。妹が迷惑掛けました…ルカもすまなかったな」


「いえ、私は慣れておりますので…」


 副団長とルカは顔を見合わせると、同時にため息を吐く。これが騎士団では日常だったのかとヴィアは思った。

 副団長は蹲る女性騎士を立たせて、謝罪をするよう促した。女性騎士は相当痛かったのか涙目で、グレンとヴィアを見ると頭を下げる。そして、ヴィアの方を見て笑顔を向ける。


「副騎士団長、アレックス・ケクランの妹で、サラ・ケクランと申します。王女殿下には変な所をお見せして申し訳ありません」


「えっと…気にしていないので、気軽にヴィアと呼んでください。これからよろしくお願いします」


 サラと同様にヴィアも笑顔で答える。そして、サラに向かって手を差し出すと、サラは一瞬躊躇ったが握手に応じてくれた。

 いい感じの雰囲気になったところで、副団長が訓練を始めると告げる。その言葉で騎士達はすぐさま動き始めるが、ヴィアはどうしたらいいか分からないので、ルカかグレンの横に移動しようとするが、腕を掴まれた。掴まれた先を見ると、サラがいい笑顔で腕を掴んでいた。


「じゃあヴィア様、一緒に走りましょうか」


 その笑顔にヴィアは一瞬で恐怖を覚え、ルカとグレンを探すが二人は既にヴィアから離れた場所にいた。ヴィアは二人に、いや騎士達にサラへの生贄にされていた。



 サラと訓練場を二十周走ったヴィアは屍と化していた。サラの走るスピードは速く、普通の人なら三周くらいでバテるものだが、ヴィアは根性で走りきった。走っている間も、少しでもスピードが落ちたらサラから叱咤されるので、ヴィアには二十周が苦痛でしょうがなかった。


(指導しきれた後輩が居ないのが分かった…エヴラールと一緒でスパルタ系なんだ……)


 ヴィアはサラとエヴラールは同類だと認識した。

 倒れ込んでいるヴィアの元に、ルカが飲み物を持ってやって来た。


「ヴィア様、水分補給しましょう」


 ヴィアはルカを軽く睨むと、裏切り者と呟いた。ルカは屍のヴィアに申し訳ありませんとしか言えなかった。

 ルカに支えられながら、水分補給しているヴィアの元に副団長が近付いてきた。


「殿下、大丈夫ですか?妹が申し訳ありません…」


「大丈夫…魔法を学んでいる時も少しは走ったりしてるから…」


 申し訳なさそうにする副団長が可哀想なので、ヴィアは少しでも明るく振る舞う。

 副団長の話だと、この後は筋力トレーニングになるため無理はしないように言われた。ヴィアは副団長の言葉に頷くと、ルカを見て笑顔でもう逃げないでねと告げる。ルカはヴィアの言葉に静かに頷いた。

 サラとルカの二人の元ヴィアは筋力トレーニングを行う。二人はヴィアの倍以上の数をこなしていた。時々、サラがヴィアにもっとできるなどと言ってヴィアにも数をこなさせようとしていたが、その度に頭にゲンコツを落とされていた。

 筋力トレーニングの後は模擬剣での素振りだった。模擬剣は手にすると意外と重かった。素振りに関しても、無理は禁物だと副団長から言われたので、できる範囲で頑張ることにした。


「ねぇ、ルカ。素振りをする時のアドバイスとかある?」


「そうですね、下まで振り切らない方がいいですね。上から下ろしてちょうど手が真っ直ぐになるとこで止める方がいいと思います」


 ルカは実際に素振りをしながら説明してくれた。ヴィアはルカのアドバイス通りに素振りをした後に、今度は下まで振り切ってみる。確かに下まで振り切るより、途中で止める方が腕にもいいように感じた。ルカのアドバイス通りに素振りも数をこなしていった。

 

 

 午前の訓練を終えて、騎士達と一緒に騎士団隊舎へと向かう。騎士団訓練場が王城から離れているため、騎士達は食事は騎士団隊舎の食堂でとっているので、ヴィアもそれに倣った。

 騎士団の食堂は王城の食堂と変わらない規模で、食事の内容も同じだった。違う事があれば一人分の量だった。騎士達は体を動かすためか、よく食べる。横にいるルカも今日は体を動かしたからか、量が昨日までと違っていた。ヴィアはルカを見ていると、ルカもヴィアの視線に気付いたのか不思議そうにしていた。


「ヴィア様、どうかしましたか?」


「ルカもそんなに食べるんだなぁと思って。普段食べる量抑えているの?」


 ヴィアはルカはちょっと照れくさそうにする。ルカが照れくさそうにする理由が分からないヴィアはキョトンとしていた。


「ヴィア様知らないのですか?ルカはこうみえて大食いなんですよ〜」


 ルカの横に座っていたサラがルカの肩を叩きながら言う。サラの言葉にヴィアは驚く。


「ルカ、食事の量が足りなかったらちゃんと言って‼︎今まで我慢してたんでしょ‼︎」


 ヴィアはルカを叱る。大食いなら普段食べる量が足りず、我慢させていたことになる。ヴィアはそれに気付けなかったことが悔しかった。


「ヴィア様…我慢していません。ヴィア様の専属になってから体を動かしていないので、そんなに食べなくても良かったんです。それにティータイムでお菓子も食べたりしていたので問題無かったんです」


 ルカは恥ずかしそうにヴィアへと告げるが、ヴィアはそれを信じきれなかった。涙目でルカを見ながらヴィアはルカの方へ小指を差し出す。


「これからはもっとちゃんと言って‼︎約束だからね‼︎」


 ヴィア同様言葉にルカは頷くと、ヴィアの小指に自分の小指を絡めて約束しますと告げる。ルカの言葉にヴィアは笑顔になった。

 話がひと段落するとヴィアとルカは食事を再開する。それをグレンは遠くから笑顔で見ていた。





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