9話 シュン
5歳の女の子ミヨは保育園で塗り絵をしていた。
がふと顔を上げると同じ5歳児クラスの男の子シュンと目が合う。
シュンは口の端をニッと少し上げると、ミヨのかけるテーブルに近付いてきた。
(シュンくん……)
とミヨはドキドキした。
(心がおばあちゃんの私が、5歳の男の子にときめいている)
なんて思いつつ。
ミヨは初めてシュンに会ったとき感じた感覚を再び思い出す。
シュンはサラサラの髪の、涼しげな目元をした利発そうな男の子だが、ミヨは彼を一目見た瞬間に『ピン!』と来たのだ。
そしてその『ピン!』は運命的な出会い故に感じたものなのではないか、とときどき思ったりする。
(こんなおばあちゃんなのに、運命を信じているなんてね。
でも、やっぱりちょっと思っちゃうの)
しかし『運命』の可能性以外にも考えている。
(あるいは、この5歳の身体故にシュンくんに惹かれたのかも知れないわ。
精神が年寄りだからって、全てが年寄りってわけじゃない。
私の中には確かに5歳の部分があって、それで同じく小さな男の子に惹かれたんでしょうね)
ミヨは『運命説』より『5歳児(の身体)による一目惚れ説』の方をどちらかと言うと信じていた。
(私の――5歳の身体の――感じた恋心。
尊重してあげたいけど。
シュンくんはイヤじゃないかな?
心がおばあちゃんの女の子に好かれるなんて……)
と思いつつ、隣のイスに座ったシュンに今まで塗った塗り絵作品を見せる。
シュンは
「ミヨちゃん、じょうずだね!」
と褒めてくれた。
ミヨは「えへへ」と照れながら、シュンに――5歳の子に――聞きたいことがあったことを思い出した。
早速、隣の席で同じく塗り絵を始めたシュンに尋ねる。
「ねえシュンくん」
「なぁに?」
とシュンは聡明そうな目でミヨをじっと見つめる。
ミヨは少しドキドキしながら聞く。
「シュンくんて、わがしってすきかな?」
と聞いた後『わがし、って言ってもきっとシュンくんには言葉の意味がわからないわ』と思い、言い直そうとしたがその前に
「すきだよ」
とシュンが答えて、ミヨはハッとシュンを見る。
「ようかんも、らくがんもすきだよ」
(『和菓子』どころか『落雁』と言う言葉も知っているわ)
とミヨはホッとした。
(昨日、お母さんに『何故「和菓子」と言う言葉を知っているの?』と聞かれて、不味いことを言ってしまったと思っていたけど。
シュンくんも知っている言葉なら、大した失言ではなかったのね)
と思った後、
「わたしも、わがしすきなんだ」
とミヨは言った。
「チョコレートより、あんこのほうがすきなくらいだよ」
と言ってから、ミヨは『しまった!』と後悔した。
(いくらなんでも『チョコより好き』は言い過ぎたわ。
『ミヨちゃんって変』と言われるかもしれない)
と『ミヨちゃんって変』みたいな反応を覚悟していたが、シュンはニコニコ言った。
「ぼくもプリンよりようかんのほうがすきだよ」
(シュンくん……!)
ミヨはシュンの言葉と笑顔にドキッとした。
それに嬉しかった――心が洗われるような。
状況は何も変わらないのに、自分と少し嗜好が似た5歳児がいることが嬉しかった。
(シュンくんもそんなに和菓子が好きなら。
私、今のままで――和菓子が好きな5歳児のままで――きっと大丈夫ね)
とミヨは胸をなで下ろした。
ミヨは再び塗り絵を始めたシュンの横顔を見つつ、考える。
(そう言えば私、シュンくんに『ミヨちゃんって変』みたいな顔をされたこと、ないわ)
ミヨはときどき他の園児に、不思議そうな顔で見られるのだ。
『ちょっと何言ってるかわからない』と言う顔。
(もちろんその反応は自然なものよ。
5歳の子と心がおばあちゃんの私が話が合わないのは仕方ないことだもの。
それに皆の反応を見て『また私、変なこと言っちゃったな』と勉強できるから、ありがたいの)
しかしシュン。
シュンもときどきミヨを不思議そうには見るのだが。
そんなときでもシュンのミヨを見る目には『ミヨちゃんが変なことを言っている』と言う感じがしないのだ。何となく。
(よくわからないけど。
シュンくんは私の話を真剣に聞いてくれているんだと思う。
私、シュンくんにも意味わからないことを言っているとき、あると思うけど……)
ミヨは胸がほっこりする。
(おばあちゃんでも、シュンくんのこと好きでもいいかな……)
と思ったとき、シュンがミヨの視線に気付き、顔を向けてくる。
ミヨは「えへっ」と照れ隠しで笑った後、
「シュンくん、じょうずだね」
と言った。
実際シュンの塗り絵は、他の5歳児より上手く思えた。
「そうかな……」
とシュンは答えたがその後シュンの持つ紙の上のクレヨンはいきなり枠からはみ出し始めた。
ミヨは思った。
(シュンくん褒められると、緊張しちゃう性質なのかな?
可愛いな)
ミヨはほのぼのしながら、シュンが塗り絵をするのを見守っていた。




