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66.5話〈閑話〉 『昔』

 保育園で、

「このあいだ」

 5歳の女の子ミヨは

「うん」

 5歳の男の子シュンと話をしていた。


「おかあさんと、おかあさんのともだちと、おかあさんのともだちのこどもの3さいのおんなのこのナギちゃんと、『きっさてん』にいったの」

「うん」

 

「そこで、『なつかしいあじがします』とメニューにかいてある、ホットケーキをたべたんだ」

「うん」


「そうしたらね」

 ミヨは思い出し笑いで、ニコニコしながら、

「ナギちゃんがホットケーキをたべて、

『なつかしいあじだね!』

といったの!

3さいなのに『なつかしい』って……」


 ミヨは自分自身も『懐かしい味』と言ったことは割愛した。


 シュンにナギのことを話した後、『ふふふっ』とミヨは思い出し笑いをしてしまったが、しばらく経つと冷静になり、

(今の話、シュン君、意味分かったかな……)

 と心配になった。

(3歳の子が『懐かしい』と言うなんて、面白いよね。

と言う話なんだけど……)


 5歳のシュンに『懐かしい』と言う言葉の意味が理解できるだろうか?

 たとえ『懐かしい』と言う言葉は知っていても、

『3歳児が「懐かしい」と言うなんて可笑しいよね』

 と微笑ましい話として受け取ることが5歳のシュンにできるだろうか?


 話をしてしまった後に、

(この話題、あんまり良くなかったかな……)

 反省するミヨだった。

(シュンくんに

『ミヨちゃん、なにいってるかちょっとよくわからない』

と思われたかな……)


 しかし……


「ぼくね」

 シュンが話を始めるのに、

「うん」

 聞く体勢を取るミヨ。


「このあいだ、おじいちゃんちのちかくのちいさなかわで『カニ』をみつけたんだ」

(カニ!)

 ミヨは心を躍らせた。

(きっと『サワガニ』ね!)


 赤い小さな横歩きのカニをミヨが思い浮かべていると、

「それで」

 シュンが続けて、

「おじいちゃんとおばあちゃんといっしょに、カニをみていたら」


「うん」

 ミヨは相づちを打った。


「おばあちゃんが、

『シュンくん、カニ、はじめてみた?

それともいままでにみたことある?』

ってきくから。

ぼくは

『むかし、みたことある』

って、いったんだ」


(そうね。

サワガニ、私も昔、見たことあるわ……)

 ミヨがやはり赤い小さな横歩きの姿を思い浮かべていると、

「そしたら、おじいちゃんとおばあちゃんがわらって

『シュンくんの「むかし」っていつ?』

って、いうんだ。

『5さいの「むかし」ってなんさい?』

ってわらったんだよ」


(!)

 ミヨはシュンの話のオチに、

(シュンくん!)

 心が洗われるような感動を覚える。

(ちゃんと、私のナギちゃんの話のニュアンスをとらえて、自分の似たエピソードを話してくれたのね)


『ふふっ』

 ミヨはシュンに笑いかけて、

「カニ、かわいかった?」

 そんな他愛のない質問をした。

「うん。かわいかった」

 とシュンは答える。


『ふふっ』

 ミヨは再び小さな赤い横歩きの姿を頭に浮かべて、

(シュンくんのおかげで。

昔――前世で――見たカニのことも思い出せちゃった……)

 と言ってもカニを見たときの具体的な状況まで思い出せたのではなくて、ただカニが歩いているところがぼんやり思い出せるくらいだが、懐かしいような、微笑ましい気持ちになった。

 


 ※※※


 一方のシュンは……

 

 ミヨによる、ナギのエピソード話を思い浮かべ、

(そうか……)

 考える。

(『懐かしい』と言う言葉も容易に使っちゃ駄目なんだなあ……)


 他に使うとマズイ言葉はあるだろうか?

 考えてみる……


(う~ん。

『久しぶり』――は使っても良いか……

う~ん……

他の、5歳が使うとおかしい言葉は……)


 しばらく考えた後、

(まあ、いいか……)

 思い直すシュン。

(俺が『昔』と言ったときもおじいちゃんおばあちゃんは『笑い話』として終わったし。

ナギちゃんの『懐かしい』発言も、可愛い子どもの一幕じゃないか)


『言葉にはそんなに気を付けなくても多分大丈夫』

 と結論づけてから、

(俺は面倒くさがりだなあ……)

 とも思った。


 面倒くさくなって考えるのをやめたことを、シュンは自覚していた。

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