8話 お菓子
「ねぇお母さん、お菓子買ってよ~!
買ってって!」
「もぉ~うるさいなぁ。
わかったから。
1個だけにしてよぉ~」
「やったぁ!」
などと言う会話後に店のお菓子コーナーへ駆けていく子どもと付いていく母親を見てから、5歳の女の子ミヨの母親は隣を歩く我が娘をチラリと見た。
(この子は全然、ああ言う駄々をこねたことがないのよね。
何だか寂しいような気持ちもする。
……と言うのも贅沢な悩みなんだろうな。
実際にスーパーでむくれて寝転がれたりしたら大変だと思うもの。
夫が居てくれたらまだ良いけど、子どもと1対1のときに寝転がれたらきっと焦っちゃうな)
母親は夫との会話を思い出す。
(あんまりミヨちゃんが5歳なのにまるで私に気を使っているように良い子だから、
『私ってもしかして子どもに対して高圧的な態度しているのかな』
と聞いたことがある。
そのとき夫は笑って
『君が高圧的だなんて思ったこと、一度もない』
と言ったわ。
『ミヨの性格は君に似たんだろ。
穏やかで優しい』
なんて言ってくれたけど……こっちのセリフよ。
夫は本当に優しい人だわ)
……なんて言うオノロケを心の中で考えてから母はミヨに言った。
「ミヨちゃん、好きなお菓子選んできて。
買ってあげる」
「うん!」
笑顔を見せ、お菓子を求めて歩き出すミヨの後を母は付いて行った。
ミヨは一つお菓子を取ると、母親に手の中にある物を見せた。
「コレ、いい……?」
とおずおずと手の平に乗ったお菓子を見せるミヨの照れたような恥ずかしそうな顔を見て、母はキュンとする。
(あまり駄々をこねたりワガママを言ったりしなくて逆に寂しい、なんて思ったりもするけど。
こう言うところ――はにかみ屋さんなところ――がミヨはとても可愛い。
『萌えキャラ』ってやつ?)
ミヨの手の平のお菓子を見て、さらにニヤけてしまう。
(選ぶのが『クリまんじゅう』なところも。
萌えキャラっぽいわ)
「いいわよ」
と答えると、ミヨは『えへへ』と言う顔でクリまんじゅうをレジカゴに入れた。
その後母は我が子に付いて行った結果辿り着いた和菓子コーナーの棚を見つめる。
クリまんじゅうにも色々あるな、と見つつ、
(ミヨちゃんってほんと……高い物を選ばないの。
言われなくとも150円までで選ぶのよ。
まあ偶然だろうけど)
と思っていると、ミヨが自分を見つめていることに気付いた。
母が不思議そうな顔を向けるとミヨは心配そうに言った。
「おかあさんも、おまんじゅうほしかった?」
(この子、自分だけがお菓子を買っていることを悪いと思っているみたい)
母親は笑顔を浮かべると、
「ミヨちゃんと同じなの、お母さんも食べてみようかな」
と言った。
ミヨは「うん!」と嬉しそうな顔をする。
その後母親とミヨは手を繫ぎながら家路に着いた。
「ミヨちゃんは和菓子が好きね~」
と母は言ってから、
(『和菓子』なんて言ってもミヨにはわからないわよね)
と思い、『日本のお菓子が好きね~』と言い直そうと思ったところで、
「うん!
わたし、おまんじゅうとかすきだよ」
とミヨは答えた。
母は少し驚いた後、ニヤけながら言う。
「ミヨちゃん、『和菓子』なんて言葉、わかるのね」
「えっ……」
「『和菓子』。
どこでそんな言葉習ったのかな」
と明るく笑う母にミヨは一生懸命と言った調子で言った。
「たぶんおじいちゃんちでおばあちゃんとおまんじゅうをたべたとき、きいたんだよ!」
「そうか」
と母は可笑しそうに言う。
「ミヨちゃんが『わがし』が好きなのもきっとおばあちゃんの影響だね」
「そうだよ!」
そこで母はふと心配になる。
ミヨが『人に気を使っている』ように見えるからこそだ。
「ミヨちゃん、無理していないよね?」
「えっ」
「ミヨちゃん、おばあちゃんちで和菓子を食べて、
『ミヨちゃんは和菓子が食べられるんだね、スゴいね』
とか言われて。
だから今も頑張って食べている、とかないよね?」
と言ってから母は
(子どもにこんなことを聞くなんて、逆に傷つけてしまうかもしれないわ)
と後悔したがミヨを見ると、ミヨは真剣な顔で、
「そんなんじゃないよ!」
と言った。
「わたし、わがしすきだよ!
がんばってたべてないよ!
だからおかあさん、あんしんして」
(ミヨちゃんってほんと不思議な子。
母親の私よりずっと心が広くて優しいと感じるときあるわ)
と母は思いつつ、心が洗われるような気持ちがした。
「ごめんね。
お母さん、ミヨちゃんにもおばあちゃんにも失礼だったね」
と言うとミヨは
「ぜんぜんしつれいじゃないよ!」
と一生懸命言ってくれた。
(ミヨは賢い子だわ。
ちゃんと大人の言うことのニュアンスを捉えるもの。
まあ、親バカも入っているだろうけど)
と母はじーんとしながら思った。
※※※
ミヨは母と手を繫ぎながら考えていた。
(お母さんに嘘を吐いてしまったわ)
ミヨが『和菓子』と言う言葉を知っているのは、祖母に教えてもらったからではないからだ。
前世の意味記憶があるから、普通に知っていただけである。
(こう言う無意識に出ちゃう『子どもらしくないところ』。
気を付けなきゃいけない。
きっと『お菓子を選んで』と言うときに和菓子ばかり選ぶ時点で普通の子どもらしくないのね……。
子どもの舌じゃなくて、おばあちゃんの舌なのよ)
ご機嫌な様子で歩く母をチラリと見上げ、
(お母さん、きっとガッカリするわ。
私の中身がこんなおばあちゃんだと知ったら……)
と思った後ミヨは慌てて言い訳をする。
(お母さんはもちろん私の中身を知っても、私のことを好きで居てくれると思う。
その点を心配しているんじゃないの。
でもガッカリはすると思うわ。
普通の子じゃなくても良いときっと言ってくれる。
でもガッカリはすると思うの。
誰も悪くない。
仕方がないと言うか)
ミヨは何回も考えてきたことを今日も考える。
(何故私は前世の記憶があるのかしら?
何故心がおばあちゃんなのかしら?
記憶も新鮮な状態でこの人生を始められた方が、私にも、家族にも良かったんじゃないかな……)
と思った後、母親をジッと見上げる。
(ごめんなさい。普通の子じゃなくて。
でもお母さんのことは大好きよ)
母がミヨの視線に気付き、見下ろしてきた。
「なぁに。ミヨちゃん?」
と言う母の笑顔に、ミヨは少しためらった後、
「わたしおかあさんだいすき」
と言ってみた。
心の中ではこんなことを言うのは恥ずかしいと思っていたが、母親のニヤけ顔を見て『言って良かったんだ』とミヨは嬉しくなった。




