65話 海
『65話 言葉』と言うものを以前投稿しましたが作中季節と合っていないので(ただいまの作中季節は『夏』なのに『上着』が出てくる話でした)、一度削除しました。
また(作中季節)秋頃に再投稿しようと思います。
5歳の男の子シュンはテレビでニュース番組を見ていた。
海水浴に来た人たちが海で遊ぶ様子を映すテレビ画面を見ながら、
「……?」
シュンの身体が『ふわふわ』したような『ゆらゆら』したような『ざあざあ』したような、不思議な感覚に包まれる。
(何だろう……)
と一瞬思ってから、
「!」
シュンはひらめいた。
(これは、『海』の感覚!)
海水に浸り、波の動きに身体を預け、ゆらゆら……ゆらゆら……
海中から出て何時間経っても身体に残る、『ゆらゆら』の感覚。
その感覚を、今も感じている! ほんの少しだけれど。
(俺は海水浴に行ったことがある!)
シュンは母に聞いた。
「ねえ、おかあさん。
ぼく、うみ、いったことある?」
「えっ海?」
母はシュンの視線の先のテレビを見て、
「ああ、海水浴? 海水浴はないわよ。
ドライブの途中で海を見たことはあると思うけど……」
「そっか」
シュンは母の答えに満足した。
(俺はこの身体では海の中へ入ったことはない)
しかし何故か記憶がある、海中にいるときの感覚の!
つまりは……
(俺は『前世』に、海水浴をしたことがある!)
と言うことは……
(俺は海のある都道府県に生まれたのでは……!?)
『前世の暮らしのヒント』になるかもしれない記憶に、ちょっとワクワクしたシュンであったが、すぐに思い直す。
(日本とは島国だからなあ……)
海がないところの方が少ない……(8県)
(大して前世で暮らしていた場所のヒントにならなさそうだ)
それに……
シュンは海の感覚を身体に感じながら……
(この身体では海水浴をしたことがないはずなのに。
『海の感覚』を何となく覚えている、とは)
つまりは海の感覚とは、一度体験したら『長年』身体に残るものなのではないか?
(俺は前世で100歳まで生きたジジイだ)
100年間の長い間には、海へ行く機会が1度くらいはあった可能性が高いのではないか?
たとえ海から遠い場所に生まれたのであっても。
今より娯楽が少ない時代だろうから、なおさら海へ行ったことがあっても不思議じゃないと思う。どこに住んでいたとしても。もっとも交通面で不便はあったかもしれないが……
(結局何もわからんな)
いつもの結論にたどり着くシュンだった。




