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5話 ミヨ

「シュンくん、お母さんちょっと着替えてくるわね」


 と言うと、母はリビングでテレビ――N○K教育――を見ているシュンにチラリと視線を走らせた。

 シュンは保育園へ行く身支度を済ませ、大人しくテレビ画面に集中している。


(5分ほどシュンくん一人にしても大丈夫そうね)


 母親はリビングを出て寝室へ向かった。


 母親が部屋を出たのを確認すると、シュンは素早くテレビ前からリビングに置いてあるパソコン前まで移動した。


 先程まで母親がニュースをチェックしていたので、画面にはYah○o! のホーム画面が表示されている。


 シュンはパソコン前に座ると、


(ええと、何て書けばいいんだ?)


 と考えた。


(『漬物が好きな5歳は変ですか』と調べれば良いのかな)


 シュンはインターネット検索自体は知っていたが、どうキーワードを入力するかわからなかった。


(こんなことなら、お父さんやお母さんが検索するのを観察しておけば良かった)


 シュンはとりあえず『T』を探した。アルファベットで入力することは知っていたから。

 漬物のT。


 見つけて押す。

 キーワード入力画面には『t』と表示された。


(次は『U』……どこだ?)


 母親が出かける用意を済ませリビングへ戻ってくると、シュンがパソコン画面前にいるのが目に入った。

 シュンは真剣な顔でキーボードを見ていたが、母親が自分を見ていることに気付くとハッとした顔をする。


 母親はニヤリとシュンに笑いかけると、画面を覗き込んだ。

 キーワードを入力する部分には『t』とある。


(シュンくん、何を調べようとしていたのかしら? ……なんてね)


 と1人で冗談を思い浮かべた後、


「あんまり乱暴には触らないでね。

壊れるから」


 と母親は注意した。

 シュンはうなづく。


「ぼく、そっとさわったよ」


(子どもらしい言い訳するじゃない)


 と母親はふっと笑みを漏らした。

 その後、思い直す。


(いけない。

普段あんまり良い子だから、少し外れたことをしていると嬉しくなっちゃうなんて、良くないわね。

ちゃんと叱らないと)


 しかし母親は結局


「シュンくん。

パソコンはお父さんやお母さんがいるときに使おうね」


 と優しく言うだけに(とど)めた。



※※※


 シュンは保育園で積み木をしながら考えていた。


(今朝はインターネットで5歳児が漬物が好きなのは変なのかどうか調べようとしたが)


 教室を見渡す。


(よく考えれば俺は5歳児の知り合いがたくさんいるのだ。

彼らに直接聞けば良いのだ――「漬物好きだろうか?」と。

「好きでも変じゃないよね?」と)


 そんなことを考えているとき、一人の女の子が近付いてくるのにシュンは気が付いた。


(ミヨちゃん……)


 とシュンはドキドキした。

 ミヨは切れ長の目をしたおかっぱ頭の、日本人形みたいな女の子である。

 シュンはミヨに一目会ったときから、彼女に心惹かれていた。

 何か『ピン!』と来るものがあったのだ。

 きっと一目惚れなのだろうと、シュンはその『ピン!』を思い返す度思う。


(ミヨちゃんほどお(しと)やかな女性(ひと)を俺はこれまでの人生――5年間――で見たことがない)


 とミヨを心の中で一人絶賛した後、シュンはそっと苦笑を漏らした。


(前世では100歳まで生きたジジイだと言うのに、今の俺は5歳の女の子に恋をしている。

きっと心はジジイでも身体は5歳だからだろう)


 ミヨをチラリと見ると目が合う。

 ニコッと微笑むミヨに、シュンも反射的に口元に笑みを浮かべた。


(しかし他の5歳児には不思議と惹かれないんだなあ)


 シュンはミヨと遊び始めた。


(他の女児に興味がないのは多分ミヨちゃんに恋をしているからだな。

俺は不器用な性質(たち)だから、きっと女性に対しても一途なのだろう)


 シュンはここで、ミヨが来る前に考えていたことを思い出した。

 5歳児に漬物について質問しようと思っていたのだ。

 ちょうど5歳の女の子――ミヨ――と今、遊んでいる。

 聞いてみよう、とシュンは切り出した。


「ミヨちゃん」


「なぁに」


 とミヨは愛らしく少し首を傾げた。


「ミヨちゃん、たくあんすき?」


 とシュンが単刀直入の質問をすると、


「すきだよ」


 とミヨは即答した。

 シュンはホッとした後、


「ぼくもすきだよ。

でもおかあさんは、あんまりたべちゃだめだよ、っていうんだ」


 と軽い愚痴をこぼす。

 すると


「しおがおおいもん」


 とミヨはシュンの母親と同じことを言った。


「いっぱいたべるとからだにわるいから、すこしにしないとだめだよ」


 と小言を言うような顔をするミヨに、シュンは


(何歳でも女は女らしい。

不思議なものだな)


 と心の中で笑みを浮かべ、


「わかった。

あんまりたべないことにする」


 としおらしく言った。

 ミヨはニッコリした。


 次にシュンは


「ミヨちゃん、たくあんがすきなら。

ほかのつけものもすき?」


 と少し質問の範囲をたくあんから広げてみた。


「わたし、つけもの、なんでもすきだよ」


 とミヨは笑顔で答えた。


「たくあんのほかにも、すきなのあるよ。

キュウリのおつけものとか、なら……」


 と言うところでミヨはハッとした顔をすると、慌てたように口を閉ざした。


「なら?」


 とシュンが首を傾げると、ミヨははにかんだような顔をして


「……とかなら、すきだよ」


 と言い直し、おずおず微笑んだ。


「そっか!

ぼくとおなじだね」


 と言うシュンの相槌後、2人は話をやめ元の遊びに戻った。


 積み木を立てつつ、シュンは考える。


(さっきは一瞬ミヨちゃんが『奈良漬け』と言うのではないかと驚いたな)


 苦笑する。


(今朝のお母さんの様子を見るに、今時5歳の子どもに奈良漬けを食べさせる親は居るまい。

塩どころかアルコールが入っているからな。

奈良漬けを食べて飲酒運転になった例もあると聞いたことがある。

それとも奈良漬けは発酵食品だから子どもも食べて良いのだろうか?

お母さんが居ないときにインターネット検索してみようか。

しかし身体に悪いかどうか以前に、子どもの舌に奈良漬けは早かろうと思うが)


 シュンは奈良漬けのビジュアルを思い浮かべた。


(奈良漬けか……久々に食いたいなぁ。

しかし、俺もこの5歳の身体に悪いことをしては罰が当たろうから、しばらくは食べられまい。

それとも子どもが食べても悪影響はないのだろうか?

まあ、その前に我が家の食卓に並ぶとは思えないが。

お祖父ちゃんちにならあるやもしれん)


 そんな物思いにふけりつつ、シュンはミヨと時々話をしながら、積み木を高く積み上げて行った。

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