4話 漬物
5歳の男の子シュンはリビングで朝食を食べていた。
隣では父親がときどきあくびをしながら、のろのろご飯を食べている。
シュンも黙々と食べものを口に運ぶ。
(美味い。
コレはなかなかの物だ)
自分の考えにふける。
(それにしても今の野菜は見た目も綺麗な物じゃないと売れんと聞くが。
俺は野菜は少し歪な形をしていた方が逆に嬉しくなるのだ。
今ではあまり見かけないからかなぁ……)
シュンは母親がときどきその両親――シュンにとっては母方の祖父母――からもらってくる家庭菜園の野菜を思い浮かべた。
(素人の作る野菜はもちろんプロより色々美味しくない。
形が歪なのは良いとして、味もだいぶ落ちる。
皮の部分がぶ厚かったり、味が薄かったり。
しかし俺はそう言う野菜も好きなのだ。
もちろんプロが作る野菜は言うまでもなく素晴らしいが、素人の作る物もまた……)
シュンはそこで器用に箸で食べ物をつまむと口に入れ十分咀嚼した。
母親がお茶を持ってテーブルに近付いたとき、食卓には『ポリポリポリ……』と言う音が響いていた。
妻は夫に顔を向ける。
「たくあん美味しい?」
「えっ?」
と夫はボーッとした顔を妻に向ける。
妻はたくあんが盛り付けてある皿を指差す。
「お母さんが漬けたたくあん、美味しい?
お母さんに『感想を聞かせて』と言われているんだけど」
夫は「ああ……」と意味を了解したと言う相槌を打った後、気のない調子で言う。
「まだ食べてない」
「えっ」
妻は訝しがる。
たくあんの乗った皿を見ると、確かに量は減っているのだが。
それに……
『ポリポリポリ……』
そんな音が先程食卓に響いていたではないか?
と言うか、今も聞こえる――『ポリポリポリ』。
(この人が食べたのではないなら誰が食べ……)
と思った後、母親はハッと我が子を見た。
シュンは『ポリポリポリ』と何かを咀嚼している。
「シュンくん!?」
(えっ、子どもってたくあん食べるの?)
と思いつつ、母親はシュンを見る。
シュンは『?』と言う顔で不思議そうに母親を見上げている。
「シュンくん、コレ食べた?」
と母親が真剣な顔でシュンに尋ねると、シュンもビックリ顔をし、少し自信なげな様子で
「うん……」
と認めた。
「ぼく、きいろいだいこん、たべた……」
(よくたくあんが大根だとわかったわね)
と言う考えが一瞬脳裏をよぎったがすぐに忘れて、母親はたくあんが入った皿を見た。
盛り付けたときより、だいぶ減っている。
妻は夫に聞いた。
「子どもって漬物食べて大丈夫かしら?」
「大丈夫なんじゃね?」
と夫は気の抜けた返事を返す。
「あんまり気にするな」
「でも結構食べたのよ」
と妻は再びたくあんの乗った皿を指差す。
皿には4切れのたくあんが残っていた。
「もとはこの倍あったんだから」
「マジか」
と言うと父親はシュンを可笑しそうに見た。
「俺でもそんなに食べないぞ。
食べて2切れだな。
シュン、お前渋すぎるだろ」
妻は夫の呑気な様子に頬を膨らせた後、少し離れた棚へ行き置いてあるスマホを取り操作した。
しばらく後、
「子どもも漬物を食べて大丈夫みたいね」
と母親はホッとした顔をした。
その後まだ心配そうな表情をしているシュンを見ると、
「でも、ちょっと、食べ過ぎね。
いや。シュンくんじゃなくて、何も考えずにテーブルに置いたお母さんが悪いのよ?
だから怒っているわけじゃないの。
もちろん、たくさんご飯を食べることは良いことよ。
でもコレは塩が多いの。
だからあまりたくさん食べちゃ駄目なのよ」
と言うと微笑んで、
「でも。シュンくん。
美味しかったんだ、コレ?」
たくあんを指差しつつ聞くと、
「うん!」
とシュンもまた笑顔になって答える。
「おいしかった!」
「そう。
コレおばあちゃんが作ったの。
おばあちゃんに言っとくね。
『シュンくんが美味しいって食べていたよ~』って」
「うん!」
とシュンは言った。
「ぼく、たくあんだいすき」
母親はシュンに笑い返しながら
(この子よく『たくあん』と言う言葉を知っていたわね)
とふと思ったが、夫に向かってたくあんの話をしたことを思い出した。
親の会話をちゃんと聞いているんだな、と母親はほのぼの思い、
(本当に賢い子。
まあ親バカも入っているだろうけど)
と一人微笑んだ。




