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3話 桜

 季節は春である。


 5歳の男の子シュンは母親と手を繫ぎながら歩道を歩いていた。

 

 いつもシュンは母親と歩くとき同じことを思う。 


(男として女性に道路側を歩かせるのはどうも気にくわんなあ……)


 しかし母親としては小さい子どもに道路側を歩かせるわけにはいかないのだろう。

 仕方ない、とシュンはいつも結論付ける。


 そのうち2人は桜の木がたくさんそびえ立つ河川敷の桜並木の道を歩き始めた。

 ちょうど満開の桜が咲いている。


「綺麗ねぇ」


 と桜を見上げながら言う母親に「うん!」と返しつつ、シュンは一人思う。


(この桜をこれから何回見られるだろうか……)


 母親を見上げる。


(この母親(ひと)と一緒に見られる回数はさらに少なかろう。

もっとも子が親より先に死なぬと言う保証はないが……。

『親死に子死に孫死に』――そうありたいものだが、必ずそうなるとはこの時代でも言えまい)


 そして顔をしかめ、


(俺の前世ではどうだったのだろう?

俺は子どもより先に死ねたのだろうか)


 桜を見つつ物思いにふける。


(俺には前世の記憶がある。

『100歳のジジイ』であった記憶がある)


 表情を暗くする。


(しかし、それだけだ……。

ジジイだった記憶しかないのだ)


 自分がどこに住んでいたかも覚えていない。

 自分が何者だったかもわからない。


 『日本』に住む『日本人』だったことは確かだと思う。

 日本語が大体わかるし、日本の昔の有名人にも詳しいから。

 

 シュンは自分の前世の記憶について考えるといつも『記憶喪失に似ているんだな』と言う結論で終わる。


 前世についての『意味記憶』は覚えているが、『エピソード記憶』は覚えていないのである。


 唯一覚えているエピソード記憶が『100歳のジジイになるまで生きた』と言うことだ。


(これでは前世の記憶があっても、前世の家族の近況を知ることも出来ん)


 と思ってからしかしシュンは考え直す――もっとも今初めて考えたことではなく、何度も行き着いた考えだが。


(それでいいのやもしれん)


 100歳まで生きたなら前世には辛いことも多くあっただろう。

 子どもが先に死んだと言うことすらあり得るのだ、とまで考えるとシュンの小さな胸がチクリと痛んだ。

 

 すがるように顔を上げると、見えるのは桜とそれを見渡すご機嫌な母の顔。


 母親は自分へ向けられた視線に気付き、シュンと目を合わすとニッコリ笑顔で言った。


「ほんと綺麗ねぇ」


「うん!」


 シュンは母親に笑顔を返しつつ思う……


(この瞬間に生きる。

それしか結局できぬなら。

今、精一杯この桜を愛で……)


 母親を見る。


(この母親(ひと)を愛そう)


「ぼく、さくらだいすき」


 とシュンは言った。

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