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21話 手紙

 今日はピアノ教室の日。

 ミヨは仲良くなった2つ年上の女の子リンネの家に遊びに行くことになっていた。


 レッスン後、ミヨは待合室でミヨの次にレッスンを受けるリンネを大人しく待つ。

 リンネレッスン終了時間辺りにリンネの母が2人を迎えに来た。

 そして3人――リンネの母、リンネ、ミヨ――でリンネ家に向かう。

 帰りは待ち合わせ場所――ピアノ教室のあるショッピングモール――までリンネの母がミヨを連れて行くことになっている。


 リンネの家に着いたのは3時頃だ。

 リンネはお姉さんらしくミヨを丁寧に持てなした。

 

 ケーキと紅茶で小腹を満たした後、リンネは小首を傾げる。

 ミヨを家に誘ったものの何をして遊ぼうか?


 リンネはチラリとミヨを見た。

 ミヨはリンネの母に


「とてもお行儀が良いのね」


 と褒められている。


(ミヨちゃんをおうちに誘ってみたものの。

私、わからないな。

ミヨちゃんくらいの女の子がどんな遊びが好きなのか……)


 おままごととかで良いのかな。

 しばらく考えた後、


「そうだ!」


 リンネは少しリビングルームから離れると、紙袋を提げて戻って来た。


 リビングのテーブルの上に中身を広げる。

 色々な種類のレターセットだった。


「可愛いでしょ?」


「かわいいね!」


「もらったんだ。

ミヨちゃん、字、書ける……よね!」


 ミヨが深く頷くのを見て、リンネはにんまりした。


「じゃあ。今からこれでお手紙書こう!」


 リンネはミヨに先に選ばせてあげた。

 ミヨは水色の小さな花が縁取るレターセットを選ぶ。


(ずいぶん地味なのを選ぶんだ)


「こっちのピンクのやつも可愛いよ」


 と勧めてみたが、ミヨはピンクを「かわいいね!」と言いつつやはり水色が良いようだ。


「おてがみ、おかあさんにかくから」


 とミヨは言った。


「おかあさん、こんなかんじのちいさなはながすきなの」


「そうなんだ」


 リンネは納得した。



※※※


 その後リンネとミヨは黙々と手紙を書くことに集中する。

 リンネはレターセットの他、色鉛筆、マジックなど手紙を書くのに使うものをテーブルの上に並べる。


「ミヨちゃん、このマジックの色可愛いよ」


 とリンネは時々ミヨにお世話を焼いた。

 リンネの母はそんな娘とその友達を微笑ましく見守った。


 そのうちミヨはリンネより先に手紙を書き終わる。

 リンネはジッとリンネの様子を見守るミヨに気付き、ミヨが作業を終えたことを知る。


「ミヨちゃんお手紙を書き終わったなら、封筒を書くと良いよ」


「うん!」


 ミヨは封筒に向かい始めた。


 しばらく後、


「ふうとうできたよ!」


 と言うミヨに、今度はリンネの母が動いた。


「じゃあミヨちゃん。

お手紙を折って封筒に入れようか」


「うん!」


 ミヨは丁寧に――しかし覚束ない手つきで――便せんを三つ折りし封筒に入れた。


「糊付けするね」


 リンネの母がミヨの封筒をしめる。


「好きなシール使ってね!」


 とリンネが自分の手元から目を離さずに言った。

 ミヨはテーブルの上にあるシール入れの袋の中から、レターセットに合うシールを選ぶ。


「ミヨちゃんはとっても趣味が良いわね。

シール、封筒に良く合っているわ」


 リンネの母が褒めると、リンネも顔を上げてミヨの手紙を見た。


「ほんと可愛いね!」


(ミヨちゃんって派手好みじゃないのね)


 とリンネの母は思った。


(小さい女の子って、自分の好きな物を選ぶとどうしても派手な、と言うと悪いけど、華やかなものになっちゃうイメージあるけど。

ミヨちゃんは違うのね)


 リンネの母はミヨの普段の格好――服装など――や、ミヨの母を思い出す。


(きっとミヨちゃんママの影響を受けているのね)

 

 子どもと言うものはどうしても親の影響を受けるんだな、とリンネの母は微笑ましく思った。


 ミヨはシールを貼り終わると、ニコニコしながら自分の前に封筒を置いて、リンネの様子を見ていたが。

 リンネは自分を見るミヨに気付くと、言った。


「ママ、切手ある?」


 リンネの母は娘に首を傾げて見せる。


「あら。実際に郵便に出すの?」


「そうだよ」


 即答する娘に苦笑しつつ、母はミヨの封筒をチラリと見た。

 郵便を出すこと自体は良いのだが。

 『届く』ほど、ちゃんと書けているのだろうか?


「ミヨちゃん、おばさんにミヨちゃんが書いたの見せてくれる?」


「うん!」


 リンネの母はミヨの封筒の表側を確認した。

 その後、


「ふふ」


 と思わず声を漏らす。


 リンネが顔を上げる。


「どうしたの、ママ?」


 リンネの母は娘とミヨが自分に注目しているのに気付くと、にこやかに言った。


「あ、ゴメンね。

ミヨちゃん、ちゃんと上手く書けているなあ、と思ったの。

これならちゃんと郵便屋さんもミヨちゃんママへ届けてくれるわ」


 リンネの母はミヨの封筒をテーブルの上に置くと、表部分を指差した。


「ちゃんと住所が書いてある」


「そりゃ普通書くでしょ」


 とリンネが当然のように言うと、リンネの母はニヤニヤした。


「それがね。

リンネちゃんは書いてなかったわよ」


「えっ?」


 リンネが母に丸い目を向ける。


「リンネちゃん、保育園の年長さんのときかな?

年賀状をお友達に書いたけど、表を見たら、住所を書く部分も使って大きくお友達のお名前を書いていたわ。

『リンネちゃん、これじゃあ郵便屋さん、お友達の住所がわからないから、お友達のところへ届けられないわ』

と言ったら、キョトンとしていたわよ」


「え~」


 リンネが恥ずかしそうな、不満げな声を出す。


「私、ミヨちゃんくらいの頃、『手紙には住所を書く』って知らなかったってこと?」


「そう」


(ああ。

子どもって、郵便屋さんは『名前』だけで皆がどこに住んでいるかわかると思っているんだ、と微笑ましく思ったものだわ)


 とリンネの母は娘の過去をほのぼの思い出しつつ、ミヨに笑顔を向けた。


「ミヨちゃんは、ちゃんと住所が書けてスゴいね。

ママのお名前もちゃんと書けているし」


 その後リンネの母はミヨを不思議そうに見た。

 褒めたつもりだが、ミヨはどこか不安げなおずおずとした笑顔を浮かべていたから。



※※※


 リンネが手紙を書いている横で、画用紙に落書きをしつつミヨは反省していた。

 

(子どもは『手紙に住所を書く』と言うことをそもそも知らないのね……)


 気付かれないようそっとため息を吐く。

 少しだけ首を横に振りながら、思う。


(そう言う『子どもらしさ』――『社会』を知らないが故の自然な思い込み――が私にはできないの)


 肩を落とす。


(お母さん、私のこと育てるとき寂しいんじゃないかな。

可愛い子どもらしい振る舞いができないから……)


 そんなことを思いつつ、ミヨは『これから』を心配した。

 『これから』――今日――起きるかも知れないこと。

 つまりリンネの母がミヨの母に『手紙の住所』の話をしないか、と言う心配をした。


 あまりミヨの『子どもらしくないところ』を母には知ってもらいたくなかった。

 普段の生活で十分気付いているだろうから。


 しかし。

 約束の時間に、リンネの母、お見送りしてくれるリンネ、ミヨで待ち合わせ場所でミヨの母と落ち合ったとき。

 結局家に切手がなかったので直接渡すことになった手紙を手渡しつつ、リンネの母はミヨの手紙がいかに上手いかを話した。 

 自分の子どものエピソードを交えつつ――リンネがむくれながら聞いている横で。


 もちろんリンネの母はミヨを褒めるために言ってくれたのだったが。

 ミヨはリンネの母の話を聞く、母の顔が見られなかった。



※※※


 ミヨとミヨの母は手を繋ぎながら家まで歩いた。


 途中、公園で一休みする。


 ベンチに座りながら母が持ってきた水筒のお茶を飲んでいると、隣に座る母がカバンから手紙を取り出しミヨに見せた。


「家まで待てなくて。

読んでも良いかな?」


「うん!」

 

 ミヨの母は手紙の住所と宛名書きを十分褒めた後、


「シールも可愛いわね」


 とそっとシールをめくり、封筒の糊付け部分をはがして行く。

 ミヨは母の丁寧な手つきにじーんとしながら見守る。


 母は封筒から便せんを取り出し広げると、長い間見つめた。

 『5歳児からの手紙』だ――長い文面ではない。

 だから母は何度も読み返しているんだとミヨは気付いた。


 母は便せんから顔を上げると、ミヨを見下ろした。


「ありがとう、ミヨちゃん。

とっても嬉しいわ」


 そう笑顔で言う母の目が潤んでいることに気付き、


「えへ……」


 と照れ笑いを返しつつ、ミヨもウルッとした。

 が、涙はこらえた。


 『子ども』はこう言うときにはきっと泣かない。

 きっと母の目に光る涙にすら気付かず、母の言葉をただ嬉しがるはず。

 だから、ただ嬉しそうにしなければ。


 ミヨは精一杯照れた笑顔をした。

 目に浮かんだ涙を母に気付かれないよう――母の前で涙が零れないよう――祈りながら。

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