2話 朝
5歳の男の子シュンはちょうど日の出の頃に目を覚ました。
(今日も、無事に目を覚ますことができた)
とシュンは布団から起き上がると、窓辺へ行き太陽に手を合わす。
(今日もお天道様を拝むことができました。
ありがとうございます……)
ちらりと時計を見て5時半頃と確認する。
(昨晩カーテンを開けて寝たことが良かったのだろう。
早くに起きられたぞ)
そして敷き布団の下に隠して置いた司馬遼太郎の小説を取り出し、開く。
(昨晩はもう少しでお母さんに小説を読んでいることがバレるところだった。
眠れないからと言って、油断して電気を点けて小説を読むなどしてしまったせいだ。
俺は横着者だ。
これからは朝、まだお母さんが起きていない頃に起きて、太陽の光の下、本を読むことにしよう。
早く起きれば、早く寝ることもできよう)
ページを繰る。
(今、ちょうど面白いところだからなあ。
つい夢中になって読んでしまうから、夜読むのはなおさら不味い。
夜はテレビの音など常に物音がするから、お母さんが部屋に近付いてきても気付かない場合がある。
こっそり読むのに適さない。
その点朝は静かだから、お母さんがこの部屋に向かって来ようものなら足音で気付くだろう)
そしてシュンは小説を読みふけり始めた。
しばらく後、隣の寝室で母親が目を覚ます。
夫を起こさないようそっと寝室から出ると、
(シュンはよく寝ているかしら?)
と子ども部屋に足を向けるとドアを開けた。
寝ているものと思い込みつつ母親はドアを開けたが。
見るとシュンは布団の中でうつ伏せになり、本を広げて覗き込んでいた。
母親はビックリして
「シュン?」
と声を掛ける。
するとシュンはビクッとして、本から母親に視線を移すと、
「おかあさん……」
とおびえた声を出した。
母親は子どもを驚かせたと思い、「ビックリした? ごめん」と言うと
「早起きねぇ」
と笑った。
そして布団の上に置かれている本をチラリと見る。
ぎっしり文章が綴られている本だ。
大人が読む本。
「シュンくん、その本……」
と言うと、シュンは顔を俯け「ごめんなさい……コレおとうさんの……」と言う。
母親はシュンの様子に、先程のシュンの『おびえ』の理由を悟る。
(ははぁ~。
お父さんの本を勝手に持ち出したから怒られると思って、さっきはあんなにビックリしていたんだ)
母親は『怒ってないわよ』と言外に伝えようと明るく笑いながら、
「シュンくんにはまだその本は早いわね」
「う、うん……」
「大方、お父さんの真似をしたんだろうけど……」
と言うと母親は本を布団の上から取り上げた。
「お父さんの本棚に返して置くわね。
大丈夫、お父さんも怒ったりしないから」
「うん……。
ごめんなさい、おかあさん……」
とシュンはもう一度謝った。
※※※
その夜――シュン就寝後――、母親は父親に今朝の出来事を話した。
「シュン、司馬遼太郎の本を枕元に置いて、ページを広げて読むフリをしていたのよ~」
と可笑しそうに笑いながら言う妻に夫は目を丸くした後
「何でまた司馬遼太郎」
とやはり笑った。
「多分。あなたが読んでいたの見て、真似したんじゃないの?」
「俺アイツの前で司馬遼太郎の本なんか読んだことないよ」
「え~?」
と妻は笑いながら相槌を打つ。
夫の言葉を信じていないようだ。
「いや、ホント。
だって俺、あの本読んだことないもん」
「えっ。
ホントに?」
「うん。
うちの母親が『面白いから読め』ってくれたんだけどさ。
読みそびれて長い。
積ん読状態だね」
「じゃあ」
と妻はニヤニヤ言った。
「あなたも読んだことない本を。
シュンくんは読んでいたわけだ」
夫は真面目な顔で
「シュンならあり得る」
と妻に答える。
そして夫婦は顔を見合わせ笑いあった。
※※※
シュンは眠りに落ちる前、布団の中で考えた。
(小説の続きが気になる……)
しかし司馬遼太郎の本は母親に認識されてしまった。
父親の本棚は両親の寝室にあるが、また寝室からその本が消えればシュンが疑われるだろう。
今度こそ、『コイツ本当に司馬遼太郎の本を読んでいる』とバレるかもしれない。
(こうなれば保育園から帰った後、寝室で遊んでいるフリをしつつ、本棚の本をこっそり取って読むしかあるまい)
そう結論付けると、シュンは目を閉じた。
今朝は早く起きたから、まだ8時ではあるがすぐ眠れそうである。
(しかし、明日から早起きする理由がなくなってしまったなあ……)
とシュンは眠りに落ちる前に思った。
(早く目が覚めたらラジオ体操でもするか?)
音楽無しでできるだろうか? 多分できる、と思ったのが最後。
シュンは入眠した。




