19話 リンネ
5歳の女の子ミヨは一週間に一度のレッスンを受講しに、ショッピングモール内のピアノ教室を訪れていた。
レッスン後、待合室で母が迎えに来るのを大人しく待つ。
ミヨの母は娘をピアノ教室に預けると、いつも買い物に出かけるのだ。
(お母さんの気分転換も兼ねているのね。
ピアノ教室に通うことになって本当に良かったわ)
と思いながら、大人しく絵本を眺めている。
しばらく後、
「こんにちは」
と言う明るい声とともに、1人の女の子がピアノ教室へ入ってきた。
耳の後ろ辺りで2つに分けて結ぶ髪型――ツインテール――の、目がクリッと大きい可愛い女の子だ。
そんな女の子に、ピアノの先生が答える。
「こんにちは。
ちょっと待っていてね。
今、準備しているから」
先生に「は~い」と返事をしてから、女の子はミヨが座るソファに視線を走らせる。
そしてミヨのすぐ隣に座り、言う。
「こんにちは」
「こんにちは」
とミヨも答える。
「何歳?」
と女の子は聞いた。「5さい」とミヨは答える。
「5歳か~。
保育園児?」
と言う女の子にミヨが「うん」と頷くと、女の子はニッコリした。
「私は小学二年生――7歳――だけど。
私も5歳のときピアノ始めたんだよ」
「そっか」
「どこまで進んだ?」
と聞いてくる女の子に、ミヨはピアノ教本のあるページを見せた。
「それか~。
なつかし~」
と言った後、女の子は可笑しそうに言う。
「まだ、つまんないよね?」
ミヨは曖昧な微笑みを返した。
女の子はそれを肯定と受け取ったようで、
「でもね、あと2年もすれば普通の曲もときどき弾かせてもらえるようになるよ。
そしたら楽しくなるよ!」
「うん」
とミヨは答えた。
女の子はふと「あっ」と言うと、
「まだ、名前も聞いてないね?
何て名前?」
と聞いてきた。
ミヨは自分のピアノ教本の裏の名前のところを指しつつ「ミヨ」と言う。
「ミヨちゃんか~。可愛い名前だね!」
と女の子は褒めると、自己紹介した。
「私は『リンネ』だよ」
『リンネ』と言う名前を聞き、ミヨは目を丸くし
「りんねてんしょう……」
と思わずつぶやいてしまった。
つぶやいた後、ハッとした顔をする。
(私ったら、名前に対して『輪廻転生』と連想するなんて。
もしかして不快に思われるかもしれないわ。
生まれ変わる、と言う意味として考えるなら縁起の良い言葉だと思うけど。
死を想起させる、とその連想を不快に思う人もいるかも知れないわ)
ミヨは自分が子どもに対し思わず言ってしまった言葉を反省した。
※※※
しかしミヨの「りんねてんしょう」と言う言葉に、リンネは気を悪くした様子は見せず、むしろ楽しそうな顔をした。
「ミヨちゃん、難しい言葉よく知っているね」
「うん……」
とミヨは不安げな顔をする。
「たまに言われることあるよ。
でも子どもに言われたのはミヨちゃんが初めてだよ!」
とリンネが言うとミヨはモジモジした。
リンネはミヨが急に落ち着かない様子になったことを訝しく思いながらも話を続ける。
「でも私の名前、『輪廻転生』とは漢字が全然違うんだよ」
と言うとピアノの教本の裏表紙をミヨに見せる。
そこにはリンネの名前が漢字で記してあった。
「『凛音』って書くんだよ」
(漢字を見せてもミヨちゃんにはよくわからないだろうけど)
と思ったがミヨはマジマジと名前を見た後、顔を上げ、
「とってもきれいななまえだね!」
と笑顔で言った。
リンネはビックリしながら
(ミヨちゃん、漢字を見て『綺麗な名前』と言ったのかな。
そうじゃなくて『りんね』と言う音の響きで言ったのかな。
それとも漢字の雰囲気が、漢字自体は読めなくても何となくわかるのかな。
絵を見る感覚で漢字を見たりするのかな)
と考えてみたが、『きっと適当におべっかを言ったんだろう』と結論付けた。
名前の話題を続ける――リンネのいつもの『初対面時のネタ』だった――。
「ねぇミヨちゃん。
『良い名前』ってどんな名前か知ってる?」
とドヤ顔で尋ねるリンネに対し。ミヨはきょとんと言う表情を返した後、おずおずと言った。
「みんな、よいなまえだよ」
リンネは
(ふふ。ミヨちゃんって良い子)
と微笑ましく思ったが、自分の話を続けた。
「良い名前って、おばあちゃんになっても可愛い名前のことだよ」
と言うとまず自分を指差し、
「私は『リンネおばあちゃん』になる。
可愛いでしょ?」
そしてミヨを指差し、
「ミヨちゃんは『ミヨおばあちゃん』になる。
可愛い」
と言った後リンネの言葉を聞き目を丸くしているミヨを見て、
(まだミヨちゃんには、自分が将来おばあちゃんになること、わからないかな)
とお姉さんらしい暖かな視線を送っていたが、しばらく後ミヨはニコッと笑い
「ほんとだね、リンネちゃん」
と言った。
「わたしのほいくえんのおともだち、みんなかわいいおばあちゃんになるよ。
おとこのこもかっこいいおじいちゃんになる。
『シュンおじいちゃん』とか」
と言って楽しそうに話すミヨをリンネは横目で見つつ少しすねた。
(ミヨちゃんってスゴい。
ぼんやりしているように見えて。
私、5歳のとき、こんなこと言えなかったと思うもん)
自分が5歳だったら、と想像してみる。
(『リンネおばあちゃんなんてヤダ!』と怒ったんじゃないかな)
リンネはミヨを怒らせようと言うつもりはなかったが、少しお姉さんとしてからかってみようと言う気持ちはあったのかもしれない。
自分が年上の姉によくからかわれているから。
(私、何だかイヤな子だったかもしれない……)
とリンネは反省した――ミヨの態度が大人っぽく見えたからこそ。
家庭内で一番年下だからか、同級生や年下の前では『お姉さん』らしく振る舞いたいと言う欲求がきっとリンネにはあったのだ。
ちょっと罪悪感を感じつつミヨをチラリと見ると、ミヨはただニコニコしている。
(何だ。
やっぱり、ただの普通の可愛い5歳の女の子じゃない)
とリンネは少しホッとした。
(でも。
何だか不思議な子。
こんな子初めて、かもしれない)
とも思った。
※※※
「リンネちゃん。お待たせ」
と言うピアノの先生の声に、リンネは立ち上がった。
ミヨを振り返って言う。
「またね、ミヨちゃん。
また一緒におしゃべりしようね」
「うん!」
とミヨは言った。
「リンネちゃんとおしゃべり、たのしいよ」
リンネは「私も楽しかったよ」と笑うと、先生の後へ付いていった。
その小さな背中を見送りつつ、ミヨは思った。
(今の子ってホントすごいわ。
とても大人っぽいことを言うのね。
小さなお姉さんと言う感じで可愛いわ)
『輪廻転生』と言ってしまったことについて思い出す。
(リンネちゃん『輪廻転生』と言う言葉も知っているのね。
きっと自分の名前と音が同じだから、その言葉に興味を持ったのね。
たまに『輪廻転生?』と言われると言っていたものね。
小学二年生で『輪廻転生』の意味がわかるなんてスゴいわ)
ミヨは考えてみる。
(記憶がないから考えたところでわからないけど。
前世の私が小学二年生のときに『輪廻転生』を知っていたとは思えないわ。
『人が死ぬこと』がやっと理解できた頃じゃないかしら……)
最後に改めて思う。
(リンネちゃんって本当スゴいわ)




